被験者No.700万飛んで666のフルダイブ型オンラインゲーム体験記

ももちく

ノブレスオブリージュ・オンライン

 宇宙歴3年。西暦で言えば、2042年となる。この3年前に天才と呼ばれた男がニンゲンの意識をゲーム内に完全に移動させる技術を確立させたと発表が為された。


 そして、そのフルダイブシステムを搭載したゲームが発表される。そのゲームの名前はノブレスオブリージュ・オンライン。中性西洋の世界観を模した異世界ファンタジーが舞台である。


 天才と呼ばれた男は、そのオンラインゲームの参加者たちにこう告げる。


「あなたたちは今宵、セックスよりも気持ち良い快感を味わうであろう!」と。


 そして、その言葉通り、天才と呼ばれた男の被験者たちはセックスの3000倍の快楽を与えられる。その結果、第1次参加者たちの99.9999%が廃人となる。


 だが、世の中の人々は誰もその天才と呼ばれた男を責めることはなかった……。


 ノブレスオブリージュ・オンラインが発表されてから、早くも2年の月日が経ち、開発もいよいよ大詰めの段階までやってくる。宇宙歴3年の4月9日。この日は第8次先遣隊がノブレスオブリージュ・オンラインの世界に飛び込む日である。


「いよいよこの日がやってきたか……。しっかし、1台1億円と言われている機材を個人宛てに送ってくるとは、さすがに思いもしなかったな……」


 ひとりの青年が自室に設置したフルダイブ用のカプセル型ベッドを眼を細めながら眺める。強化ガラスがカプセルの周囲を覆い尽くしている理由は、もしもの場合に家族がゲーム参加者を強制的にゲームの外へ出すためだ。しかしながら、ノブレスオブリージュ・オンラインの体験者で廃人になる者たちの数が0.1%までに低下しているため、実際のところ、心臓や脳に持病の無い健康な若者には、独身であっても、ノブレスオブリージュ・オンラインの参加権を認められるようになっていた。


「よし。説明を受けた通り、依り代をセットしてと……」


 青年はフルダイブ用のカプセル型ベッドの付属品としてついてきた、高さ1メートル、横幅80センチメートルのガラス張りの円筒内に、美少女フィギュアを設置する。この青年がガラスの円筒内に入れた美少女フィギュアの名は神有月マリー。某深夜アニメのヒロイン枠のひとりである。


「いくらゲーム内のモデルを自由に選べるからといって、ベースを作る技術は俺には無いからなぁ。でも、俺自身がマリーちゃんになれるなら、それはそれでいいかもしれん。いや、別に女になって、マリーちゃんの豊満なおっぱいを揉みしだこうとかそんなやましい気持ちは全くなくてだな……」


 彼女いない歴=年齢である高山・慶次たかやま・けいじは誰もそんなことを聞いてもいないのに、何かに向かって言い訳めいたことを言い出す。もちろん、自室には彼しかいないので、彼の独白にツッコミを入れる者も当然いない。


 現在、夜の20時30分。あと30分後には第8次クローズドベータが開始となる。高山・慶次たかやま・けいじは急いで服を脱ぎ、産まれたままの姿となり、フルダイブ用のカプセル型ベッドの中へと入る。そして、内側から扉を閉じると、催眠ガスがカプセル内に充満し、高山・慶次たかやま・けいじは深い眠りへ誘われる。


 深い眠りについた高山・慶次たかやま・けいじの身体を、今度は桃色の液体が包み込む。その液体は彼の身体の穴という穴に侵入し、高山・慶次たかやま・けいじにとっての母なる海と化す。フルダイブ用のカプセル型ベッドの内側が桃色に染まりきると同時に、パソコンラックに乗せてあるディスプレイに高山・慶次たかやま・けいじのバイタルサインが示されているウインドゥが立ち並ぶ。脈拍、体温はもちろんのこと、脳から発せられるα波、β波などもモニタリングできる。


 しかしながら、徐々にではあるが、高山・慶次たかやま・けいじの脈拍数は減り、心音は弱まっていく。彼の身体は所謂、『仮死状態』へと向かっていく。そして、30分間という長いようで短い時間が過ぎ、高山・慶次たかやま・けいじの意識は完全にノブレスオブリージュ・オンラインの世界に入り込む……。


「おお……! ここが異世界ってやつなのか……。大空を飛ぶ蒼き竜ブルー・ドラゴン。天から滝のように降ってくる水柱。そして、その水柱を作っているのがグレートブリテン島ってかっ!!」


 高山・慶次たかやま・けいじが次に眼を覚ました時、彼の眼には信じがたい光景が映っていた。大小さまざまな蒼き竜ブルー・ドラゴンが大空を優雅に飛び、群れをなしている。その蒼き竜ブルー・ドラゴンの群れが向かっている先が海上から上空に1000メートル地点で浮いているグレートブリテン島であった。


 高山・慶次たかやま・けいじは元の世界ではドーバー海峡に面するカレー地方と呼ばれる土地にある漁港に降り立っていた。彼はまず、自分の姿がどうなっているのかを確認する。


「アバターが依り代を基本とするってのは、本当だったんだな。いやあ、このおっぱい。そして、股間がスースーしやがる!」


 高山・慶次たかやま・けいじは神有月マリーの身体になってしまったことに驚きつつ、とりあえず、現実世界にはなかったGカップの胸を両手で持ち上げてみる。


「意外と重いんだな……。もっと風船のように軽いかと思ったんだが……」


 さすがは彼女いない歴=年齢の高山・慶次たかやま・けいじである。このサイズにもなれば、それ相応の重さであることをまったくもって知らない男なのだ。彼はひとしきり、おっぱいを揉んだ後、お次は股間部分に右手を持っていく。


「やめておけ。いくら安全になったからといって、快感を伴う行為はお勧めできない」


「ふぇ!? って、野郎じゃねえか……。何で好き好んで男のアバターなんかにしてんだ? ここはゲームの中だぞ?」


「ああ、普通のゲームならば自分も女性キャラにしていただろう。だが、自分は念には念を入れて、男の姿を選んだ。だからこそ、俺は災厄を免れた」


 いかにも冒険者ですと自己主張している恰好をした男が、高山・慶次たかやま・けいじの前に現れる。彼は高山・慶次たかやま・けいじの生まれ変わった姿を舐めるように見た後、高山・慶次たかやま・けいじに向かって質問を開始する。


「お前は何期生なんだ?」


「何期生? まあ、第8次試験者だから、8期生ってことになるのか?」


「なるほど……な。月日が経つほどに、このゲームの危険性が薄らいでいる奴らばかりになったが、ついに第8回目のテストがおこなわれたのか。現実世界では『男』なのか?」


「ああ、男だよ。男が女のアバターを選んだら気持ち悪いってか?」


「いや、それはひとそれぞれの性的指向だから、変にはツッコむ気は無い。しかしだ。大先輩として、ひとつ忠告しておこう。穴に突っ込みたいという欲望を持っているのは男だけじゃない」


 高山・慶次たかやま・けいじに忠告をした男が次に取った行動は、背中に背負っていた大剣クレイモアを右手で取り、身体の前でその大剣クレイモアの柄をしっかりと両手で握り込むことであった。高山・慶次たかやま・けいじは自分に向かって、剣を構えられたと思い、その場で尻餅をつく。明らかな殺意を眼の前の男から感じて、腰が抜けてしまう形となったのだ。


 だが、その男の殺意は高山・慶次たかやま・けいじの背中の向こう側に向けられることとなる。


「オンナ! 俺様ガ犯ス! 豚ニンゲンオークになったこの醜悪な身体で穴という穴を犯ス!!」


 犯す! と豪語してやまない生物の見た目は、ニンゲンと同じように二足歩行でありながら、顔は豚そのもの。口から生える鋭い牙を伝い、よだれがダラダラと口の外へと零れだしていた。腹は相撲取りの中でも重量級と言わんばかりに出っ張っており、その腹肉を押しのけるように、股間から男根が棍棒のようにそそり立っていた。


「お、俺は男だぞ!? 俺を犯したところで面白味もなんともねえだろ!?」


「ぶひっぶひっ! それはますます好都合ダ! つっこまれる側の快感をお前の身体に刻んでヤルッ!」


 高山・慶次たかやま・けいじ豚ニンゲンオークの吐いた台詞に違和感を覚えるが、それと同時に大剣クレイモアを構えている男がさっき言っていた言葉の真意を知ることとなる。高山・慶次たかやま・けいじの脳裏にはっきりと、豚ニンゲンオークの中身である『女性像』が焼き付くことになる。


「助けてくれっ! 俺はまだ突っ込んだ経験が無いのに、突っ込まれるのは嫌だ!!」


 それは高山・慶次たかやま・けいじの心からの言葉であった。その言葉を受けた男は、さも可笑しそうにカハッ! と笑う。そして、青碧玉ブルー・サファイアの双眸をギラギラと輝かせ、両手で持っていた大剣クレイモアを横に薙ぎ払う。


「さがってもらおうか。こいつの初めてをもらうのは自分が担当させてもらおう」


「ぶひっぶひっ! そうはいかんヨ。初めては美しい湖畔の岸辺にあるコテージで済ませたいと思っている夢見がちな聖女おとめを嬲ってやりたいじゃないノォ!」


「それは激しく同感だ。だが、こいつは自分が先に見つけたんだ。退く気が無いのであれば、この剣の錆になるが良い……」


 男はそう言うと、大剣クレイモアを構え直し、上段構えとする。豚ニンゲンオークは一瞬、たじろぐが、右手に持っている折れた釘がデコレーションされている棍棒を紫色の舌でべロリと舐める。そして、右手でそれをを振りかぶり、いつでもかかってこいという臨戦態勢を取る。


 高山・慶次たかやま・けいじは腰が抜けた状態であったが、手足をばたつかせ、男と豚ニンゲンオークに挟まれている位置から抜け出そうともがく。しかし、高山・慶次たかやま・けいじが、その場から脱出する前に、大剣クレイモアを構えた男が、大きく一歩を踏み出し、分厚い鉄の塊を豚ニンゲンオークの脳天に向かって振り下ろす。


 豚ニンゲンオークはすかさず、右手に持っていた棍棒を斜めに持ち直し、頭上へと振り下ろされてくる大剣クレイモアを棍棒の腹で受け止める。いや、受け止めた気になっていたのは豚ニンゲンオーク側なだけであった。とてつもない重量が棍棒にのしかかる。豚ニンゲンオークは片手で受け止められると思っていたが、急いで左手を棍棒の先に添える。


 だが、それでも振り下ろされる大剣クレイモアの速度を若干鈍らせるだけに終わる。分厚い鉄の塊が棍棒を両断し、次の瞬間には豚ニンゲンオークの頭頂部にぶち当たる。豚ニンゲンオークの醜い豚顔が潰れていき、言葉に出来ない程の醜い顔となる。頭に出来た亀裂から血と脳漿のうしょうが噴き出したことで、豚ニンゲンオークは白目を剥く。


「ふんっ。豚ニンゲンオーク如きが自分にかなうと思うこと自体が間違いだ」


 豚ニンゲンオークは脳天に重すぎる一撃を喰らい、棍棒を両手で支えたままの恰好で、背中から倒れていく。乾いた地面を豚ニンゲンオークの血が潤していく。高山・慶次たかやま・けいじは、いくらフルダイブ型のゲームと言えども、ここまで残酷表現がいきすぎているのかと、胃の中から黄色い液体を逆流せざるをえなくなってしまう。


「うえっ! げほっがはっ!」


 豚ニンゲンオークの頭から流れ出した血は腐臭であった。それが高山・慶次たかやま・けいじの鼻の穴を通り、鼻腔に到達する。ますます気持ち悪さを感じた高山・慶次たかやま・けいじは、ついには口から胃液を吐き出してしまう。


「気持ち悪い……。ダメだ……。気が遠くなる……」


 高山・慶次たかやま・けいじにとって、ノブレスオブリージュ・オンラインの世界は過酷すぎた。脳が与えられた情報を処理しきれずに、彼の視界は急激に暗くなる。そして、次に目覚めた時、彼はあの場で倒れたことを死ぬほど後悔することになる……。


「気持ち良かったぞ? 気絶してた割りにはしっかり自分のおちんこさんを締め付けてきやがった」


「なん……だと」


「ああ、せっかく女の身体に生まれ変わったんだから、女言葉を使え。機能から設定で、自動翻訳ってのがあるから、そこをいじれ」


 高山・慶次たかやま・けいじは、自分の横で全裸になりつつも葉タバコを吸っている男に対して、眼を丸くしながら驚くしかなかった。自分はまがりなりにも男だと主張していた。しかし、眼の前で満足そうに微笑みながら、葉タバコから発する煙を肺に入れ、それを口からふぅ……と出している男が信じられなかった。


「お前がどう思っているかは知らんが、お前は心の中では男に抱かれたいという願望があったんだろう。そうじゃなきゃ、聖女おとめが気を失いながらも、濡れるなんてことは早々無い」


「そういうことじゃねえ! 俺がこの身体を楽しんでいいのは、俺だけの特権だっ!」


「ああ? そのアバターはお前の想い人のソレだったのか? そりゃあすまんな。俺が寝取った形になっちまったか?」


 高山・慶次たかやま・けいじは、自分の純潔を奪っておきながら、平然とし続ける男に対して、怒りが芽生えそうであった。しかし、これはゲームの中に過ぎない行為だと割り切る方向へと吹っ切る。まずはメニュー画面を開き、男が言っている通りに機能コマンドを選び、設定をいじり始める。


 そして、あーあーあーとマイクテストのように声を出し、自分の声色を『神有月マリー』に近づける。


「んんっ! わたしは神有月マリー。わたしが寝ている間に、わたしの身体を好きなようにしたことに関して、謝罪と賠償を求めるわっ!」


「やるじゃねえか。俺の可愛いマリ―ちゃん。謝罪と賠償代わりにこの世界の掟ってのを教えておこう」


 男は未だに葉タバコを吸い続け、咥えタバコのままで、さらにはマリーに視線を合わせずに。言いたいことを言いのける。自分の純潔を奪った男の名はコッシロー=ネヅ。現実世界の名前をもじったモノだと言う。彼は吸い終わったタバコを灰皿の底に押し付け、火を消すや否や、続けて2本目のタバコを吸い始める。


 そんなふてぶてしいコッシロー=ネヅが続けて言うのは、この世界での痛みや快楽についてのことであった。


「現実世界では決して味わえない感覚。いや、感じたくないと思っている快感を安全に得られるのがこの世界だ。こうやって現実世界のようにセックスするってのも悪くはない。だが、この世界で本当に危険なのは、『死の味』を知ることだ」


「『死の味』? それってどういう意味なの?」


「現実世界じゃ、法的に麻薬や覚せい剤を個人が勝手に使用することはまかりならねえ。だから、ドラックを使ったセックスをこの世界では、誰も咎めることなく出来る。だが、ニンゲンてえのは、よくよく業が深い。ニンゲン、生きてりゃ、一度や二度くらい、普通に死にてえって思うことがあんだろ?」


 神有月マリーは自分はどうだったかと思い込む。死にたいと口に出すことは稀にはあるが、それを本気で考えたことは一度たりとてない。しかし、コッシロー=ネヅが言っている『死にてえ』という言葉には、はかり知れぬ重みがあった。


「あなたにはあったの? 死にたいくらいに辛い出来事が」


「ああん? おめえには無いのかよ! このノブレスオブリージュ・オンラインの被験者に選ばれる理由の大半は、自殺願望者だからだぞ? 俺が知らない間に現実世界は誰にとっても住みよい世界に変わったのか?」


 神有月マリーは眉根をひそめるしかなかった。自分に届いたクローズドベータ―参加用テスト用のマークシートをただ呑気に黒く潰していっただけである。200項目以上にものぼるその質問内容を改めて振り返れば、そういった傾向を調べるためだったのだろうと、今更ながらに思えてしょうがない。


 だが、神有月マリーは、決して現実世界から眼を背けたいから、フルダイブ型のノブレスオブリージュ・オンラインの世界に飛び込んだのではない。ゲームは趣味であり、きつい仕事や辛い現実を一時でも忘れるためにプレイするという点においては同意はするが、決して、そこから逃げ出すためにやってきたのではないのだ。


「わたしは違う。逃げるためにこの世界にやってきたんじゃない。わたしは楽しむためにやってきたの」


「ほほぅ。楽しむためねぇ。おもしれえ。自分も同行させてもらえやしねえか?」


「嫌よ。あんたなんかと一緒にいたら、他に楽しむために来ているかもしれない人たちと、打ち解けれないじゃないのよっ!」


「そんな奴がいりゃあいいけどなぁ。この世界には死への誘惑が山のように積み上げられているんだ。政府のお偉いさんたちも、いっそ、ゲームの中から出てこれなくても良いって思っての人選だぜ?」


「それなら、わたしがそのひとたちの横っ面をひっぱたいて、どれほど現実が残酷であろうとも、そうでありながらも恐ろしいほど美しいのか教えてやろうってのっ! わたしは絶対に楽しんで、楽しんで、楽しみきって、月曜からの仕事を頑張るのっ!!」

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被験者No.700万飛んで666のフルダイブ型オンラインゲーム体験記 ももちく @momochi-chikuwa

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