悪役令嬢のままでいなさい！~Revised~

☆１３ 自然体の悪行ほど恐ろしいものはない

やっぱり、あれは嵐の予兆でしたか。

翌日早朝、教室にて栗村官兵衛は私たちの前で仁王立ちになった。

突然、作戦会議よ！と宣言した友人に、戸羽君は机に項垂れ、白波さんは居住まいを正した。Ｂ組オカ研メンバーは、もうこのパターンに慣れてきているのだ。

舵をとることに病みつきになった栗村希未は、いつになく自信満々になっており、私たちに明るい声で言った。

「やっぱさ、文芸部の申請が済んでから会長や黒桐先輩に入ってもらおーと遠慮してたのがよくなかったと思うんだよね。あの二人が居たら、なんか八百長で設立したっぽくて心証に悪いなーと思ったんだけど」

「え、生徒会長はともかくなんで黒桐先輩が八百長になるのよ？」

私は希未の発言に疑問を抱いた。

たしかにキツネが生徒会業務に関わることで、白波さんを甘やかすのは余りよろしくないことは察しがつく。たとえ規則が許しても、少しうやむやになりかけてきた傾国の白波さん悪女説が再炎上するだけだろう。

「だって、あの先輩、ヤバイ業界の跡取りってもっぱらの噂だもん」

希未が肩を竦めると、戸羽君の肩がびく、と動いた。

……こいつ、恐らく黒桐三年生の正体が鬼だって感づいてやがる。人間ごときの裏業界に怯えるような奴じゃないもの。ポーカーフェイスで誤魔化せると思うなよ。

「えっ何でそんな噂になっちゃってるの！？　黒桐先輩って、すごく生真面目な人じゃない！」

人を見た目で判断しない白波さんは、文部科学省に道徳の教科書に採用してもらえばいーんじゃないの。たまに、この子が清らか過ぎてムカついてくんのは、私が悪役令嬢だからかしらね。

「そりゃ、だってあんたはバカだもん」

希未はさらりと酷い発言を白波さんに送った。今のイントネーション、本音であることは流石に彼女にも伝わったろうに。

「ばっ…………、」

予期せぬ暴言。白波さんは絶句した。しばらく、酸欠の魚のごとくパクパクお口を動かしていたが、「バカな私でも先輩がいい人だってのは分かるんだよ！」と己を貶めてまで健気にも反論した。

……まあ、正体は鬼なんだけどね。不毛なのでどちらの味方も私はしない。戸羽君も、彼の先輩の話には介入したくはないようだ。

「はいはい。もう、話が逸れかけたじゃん。でー、そのいい人かもしれない黒桐先輩か会長をしゃーないし禁じ手だけど勧誘しちゃおうって話よ。白波さん、よく二人と話してたんでしょ？」

こいつ、色々めんどくさくなったな。

話していた、と過去形になっているのは、ここのとこ、白波さんの空き時間が勧誘活動で埋まっていたからだ。

元々の性格として、黒桐先輩は積極的に会いにくるタイプでもなさそうだが。私を白波さん係に任命したまま、姿を見せない会長は何やら不気味なものがある。狐が不干渉を貫くのならこちらとしては万々歳なのだけど……。

あの謎めいた雰囲気は、かなり苦手だ。

「先輩たちとは、廊下であったときに会話するくらいだったけど……？」

そう戸惑う白波さんに、私は呆れ交じりに「充分すぎるわよ」と声を掛けた。

……白波さん、あなたは知らないのね。あの二人、基本的に自分に群れる女子はスルーして生活してんのよ。もしかして、聞かれる度に無邪気にそれ喋っちゃってたの？

「よし、生餌確保。休み時間になったら、白波ちゃんを連れて三学年棟に行くよ」

こう言って希未は、白波さんの返答に両手を打った。

「え、生餌！？」叫ぶヒロイン。ようやく自分の立場に気づいたらしい。

「戸羽、あんたは今回要らないから。可愛い後輩女子が、勇気がでないから友達誘って勧誘に行くって設定でいくからね」

「そういうのって萌えるでしょ」自信満々に希未は鳥羽君へ言った。白波さんの可愛さを認めてはいたらしい。

「……じゃー、なんで俺まで参加させたんだよ。この会議」

戸羽君が頬杖をつきながら、むすっと言った。

「――大好きな白波ちゃんを、戸羽のライバルのとこに連れてくからよ。私にも情けはなくはないからさあ」

にやあ、と横目に笑った希未の言葉を、彼はクールに聞かなかったことにしたようだった。

必死に抵抗したにも関わらず、「可愛くするんだから、ちょっとは大胆にしなさい！」といつもより希未によってスカートを短くさせられた白波さんは、視線を躍らせながらも三学年棟への階段を上らされていた。両手のひらで、恥ずかしそうにスカートの裾を押さえながら、である。

流石に彼女一人では気の毒なので、同行している私もわずかばかり、普段より短くしている。現在、白波さんを振り回している友人は、元からそーいう制服の着方だ。

……そういえば、オカ研女子三人で行動しているというのは、非常にレアな光景かもしれないな、とふと思った。

階段を上り終え、やや緊張しながらその場へと足を踏み入れると――見覚えのある白っぽい金髪の男子生徒が、廊下で誰かと話しているのが視界に映った。

「……あれ？こんなところで珍しい。どうしたのですか？」

三年生。東雲椿が、上級生の縄張りにやってきた私たち二年女子を見つけて意外そうに言った。

朗らかなスマイルに私は吐き気がした。

「知り合いだったんですか？　会長」

ファイルを抱えていた男子生徒が目を丸くしている。

「ああ、親睦を深めている後輩たちですよ。……じゃあ、副会長。前年度のデータはそのファイルにまとめてありますから、役員会までにできるだけ目を通しておいてください」

東雲先輩の丁寧な指示に、「あ、はい！ありがとうございました」と会釈をした、どうやら副会長だったらしい男子生徒は、訝し気な顔をしながらも私たちが使った階段へと姿を消した。

それを見送った後に、東雲先輩はこちらへと声を掛けた。

「やあ月之宮さん。白波さんと、随分仲良くなったみたいですね。自分が勧めたとはいえ、親しさには少し妬けてしまいそうだ」

……若干イラッときた。

そういえば、この狐と顔を合わせるのはあの校門事件以来である。まんまと思い通りに爆弾地帯で踊っていた私たちに大爆笑していたんだろう。そうに違いない。

腹黒狐を前にした私の泥水のような気持ちなんか露知らず、白波さんはちょっと嬉しそうにお礼を言う。

「あ、あの先輩。心配してもらったみたいでありがとうございました」

……彼女の中で東雲先輩への好感度が上がってる！ちょっと！

「いえいえ、僕が余計な気をまわしただけですから」

ぬけぬけと、白波さんの感謝を受け取った先輩は笑顔を浮かべる。そんなほのぼの青春エピソードを希未の声がぶった切った。

「東雲先輩、オカ……文芸部に入ってくれませんか！」

直球勝負。

「設立できた後ならいいですよ」

「　　　　　」

笑顔でそう言った生徒会長に、希未は言葉がでない。

「第二資料室の不正占拠の件を、僕は知らなかったことにできますから」

彼のセリフに白波さんの身体がびくっと跳ねた。私は、腹黒狐さんに言った。

「やっぱり、知ってたんですか」

東雲先輩はニヤッと笑う。意味深に人差し指を口元に立てた。ようやく、復活した希未が叫ぶ。

「んもーっいいです！ほら、八手先輩のとこ行くわよっ」

ありがとーございました！とやけくそのように言い捨て、栗村希未は会長という名の獲物をいさぎよく諦めた。次の標的を狙うことにしたらしく、ずんずん歩いていき、近くの三年生に「黒桐先輩、どこにいるか知りませんか？」と、積極的に話しかけている。

白波さんは、ぺこりとお辞儀をして希未を追いかける。私はそちらに向かう前に、一つ東雲先輩に気になっていた質問をした。

「……私と白波さんを仲良くさせて、一体何がやりたかったんですか？彼女、戸羽君と過ごす時間まで増えちゃってますよ」

ざまあみろ、って気分もあるけど。

「僕は健気な男なんですよ」

東雲先輩は皮肉気にそう吐き捨てた。

一体、そのセリフが彼ほど似合わない人物があるだろうかと思いながら。私はしずかに踵を返して立ち去った。

希未に合流すると、三年の教室のベランダにいたらしい黒桐先輩が丁度ドアから出て来たところだった。……少し眠そうにしている。

赤毛の彼が入口に立ち、口を開きそうになったその時。見知らぬ男子生徒がおもむろに黒桐先輩の首を絞めた。

「……おーい、いっつの間に抜け駆けしちゃってんですかねえー、黒桐君」

おもむろにその男子生徒は黒桐先輩の肩を組んだ。

私は血の気が引いた。無知ほど恐ろしいものはない。あなたが今対面しているのは鬼ですよっ！

「……何の話だ」

困惑したような黒桐先輩に、彼の三年生は言った。

「オレたち独り者同盟だったじゃん！なんなの！？　どーいうえげつない手段を使えば下級生の女子が、はるばる告白にくんだよっ」

羨ましいっ妬ましい！とシャウトしながら、がっくんがっくん揺さぶっている。目の前で繰り広げられている光景に、白波さんは恐る恐る発言した。

「あの、八手先輩に新設の部活の勧誘をさせてもらいたくって来たんですけど……」

ぴたり。男子生徒の動きが止まった。ぎぎぎ……とゆっくりこちらに顔を向ける。

「……何部？」

「ぶ、文芸部です！」

　白波さんがそう言うと、「……魔王のゾンビ？」と男子生徒の口が思い当たったように動く。

……ああ、噂がしっかり根付いてしまっている。しばらく、虚をつかれて固まっていた彼だったが、

「魔王って、こんなに可愛い女子を洗脳してはべらしてんの？」と、ぽろっと呟いた。

「ゾンビじゃないです！！　普通に新入部員さんを探してるんですっ」

白波さんは、力いっぱい否定した。ため息をついた希未が、その初対面の三年生にオカ研は魔王城ではないことを説明している。しばらく懇切丁寧なそれを、強張った顔で聞いていた彼であったが

「なんでオレは、剣道部なんだ……！」誤解が解けた頃には絶望の顔になった。

「魔王は美少女と毎日いちゃいちゃできんのに……剣道と受験に、更にもう一つなんてできるわけねえ……っ」

そう言い残し、勝手にショックを受けてうなだれて教室の奥へと去っていった。机に突っ伏している。

……気を取り直して私は、思慮深げな顔をしてその場に残った、黒桐先輩に話しかけた。

「えっと、黒桐先輩」

鬼の先輩はこちらを見た。私は、続けていう。

「あの。文芸部の立ち上げにあと一人の部員が必要なんですけど……よかったら入部をお願いできませんか？」

いつぞやの、恩返しをちょっぴり期待しての言葉である。妖怪と接すれば、身の危険があることは分かってはいるのだが、戸羽君や柳原先生と穏やかに日々を過ごすうちに少しばかり警戒しすぎだったのではないかと思いがよぎることがあるのだ。あの悪夢は、もしかしたら何かの間違いとか……。

「……困っているのか」

低い声で、黒桐先輩がそう言った。私は、肯定の意味で頷く。

「――――相分かった、お前の為に魔王とやらの首を打ち取ってやる。

……ゾンビの術とは聞いたことがないが、大抵の呪術師の場合はそれでどうにかなるから安心しろ。月之宮」

そう云った彼は、背筋に戦慄が走るほどの凄みのある表情になった。

――冗談抜きでヤバイ。

……眠たげにまどろんでいた妖鬼の瞳孔が開き。腕組みしている隙間から覗く手先の異様な気配に視線を走らせると、指先の爪が銀の煙をまとい、鉤のように変化しかけているのを私は霊視してしまった。

ちょっと遊びに行くかのような気軽さで、夕霧君の命が刈りとられようとしている。異様に義理堅い鬼は、噂を信じて魔王陛下の抹殺を大真面目に提案しており、うっかり頷いたらすぐさま行動に移すつもりなのだろう。

彼の、今の発言の危険さに慄いたのは陰陽師の私だけではない。三年生、黒桐鋼が本気で言っているのを二人も物騒な気配だけで悟ってしまったからだ――。

――白波さんの顔色は真っ青になり、希未は私の腕を掴んでいつでも逃走できる姿勢になっていた。

「もしかして、先輩本当に……」

そうね、白波さん。裏業界が出動するのと似たような恐ろしさであることは間違いないわね！

とんだ恩返しをされそうになった私は、慌てて鬼の説得にかかった。

「いーや、困ってないですっ、むしろ毎日が楽しくてしょうがないんです！」

彼は渋面を浮かべる。

「そういえば、近ごろ洗脳だなんだと周りが言っていたのはもしや……」

「……洗脳ではないです、喜んで私から仕えさせてもらってるんです」

もう奴隷宣言でもいい。夕霧君が生き延びられる以外に望むことなどない。

「知ってるか。洗脳とは、自分で気づかないからそういうのであって……」

「だとしたら、洗脳された今の方が幸せですからほっといて下さい」

「…………それで、お前はいいのか」

重々しく、彼は言う。

「はい。……、くれぐれも、私たちの魔王陛下には手を出さないで下さい」

「先ほど、仲間の勧誘と云っていたが、お前さえよければしばらく、その魔王のところに潜伏し「ほんっとうに迷惑なんで陛下には近づかないでくださいっ！」」

「…………では、また困ったら云え」

そう呟き、教室に戻っていく黒桐先輩。ぶるぶる震えていた希未が、私と白波さんを掴んで階段の近くまで早足で連れ出した。

白波さんは、指先まで真っ白になっており「……先輩、こわかった……」とうわ言のように呟く。希未は私の腕を掴んだまま「先輩は性根がいいから大丈夫だと思ったのに……、なんで八重を近づけちゃったんだろう……」とぐしぐし泣き出してしまった。

ごめんなさい、爺様。教えを粗雑に扱おうとした私が悪かったです。

私が冷えた指さきを擦りあわせていると、ついに恐怖が臨界点を超えていたらしい白波さんが、脳貧血を起こして床に失神した。

――間もなく、知らせを受けて保健室に走って飛び込んできた戸羽君が、青ざめてベッドに眠る白波さんを見て、私と希未にキレながら説教を浴びせることとなった。