★間章――東雲椿




「――九尾、お前はなにを企んでいるんだ」






時刻は丑三つ時を過ぎた。ヒトは寝静まり、草花も息を潜める深夜に、話したいことがあると彼を呼び出した一人の妖鬼は、がらんどうの校内――とある教室で静かに相手へと詰問した。

言葉はしばらく返って来ない。座して問われたアヤカシは、その質問に口端をゆるりと上げた。



鬼からの呼び出しを受け、一冊の本のページをゆるりめくっていた彼、東雲椿は黒板の前の教卓に座り脚を組んで鬼を待っていた。その光景は、人外の端整な容貌も相まって一枚の幻想的な名画のようになっていた。


鬼が訪れるまで約束の時間からは大分過ぎていたが、気に留めた様子もない。この密会を受けたのも、ただ断る理由がなかったという、それだけで承知しただけなのだから。




「僕の次に長命なお前なら、正体は言わなくても気づくとは思っていたけどね。黒桐。少々、予想よりも遅かったかな」


まあ、獣の本能だけで避けている瀬川や鳥羽よりはマシだがね。と鬼の問いかけに答えた狐は、未だ澄まして本を読んでいる。アヤカシとしての同胞への誠意の欠片もない。



「……なぜ、月之宮の運命に介入した。彼女は俺の恩人でな。白波とつるんでいるというから調べてみたのだが、二人が親しくなるきっかけとなった席替えの件はお前の仕業だろう」


不信感を持った低い声で云った鬼に、東雲椿は「さて、ね」とあっさり返す。彼が早々に魂胆を自白するような男ではないと知っている黒桐鋼は、更に言葉を続ける。




「俺たちにも似たような細工はできるが、お前と違って相応の代償を払っていることだ」

「だから?」


狐はまたしても、涼しく返した。




「柳原や戸羽、瀬川なんぞは、学校に潜り込むのに半分は妖力が削がれている。俺は無駄に長生きしているから負荷が軽くなっているだけだ。ヒトを殺すのは楽だが、人界の未来軸や記憶操作は上書きするほど難易度が上昇し、加えてアヤカシの残留意識核に消滅のリスクを伴う」


黒桐鋼は、東雲椿を睨み据え、携えていた木刀を構えて断言をした。






「――だがお前だけは労を要しても、消えることだけはないのだろうな」



理の『例外』。

狐は、口端を愉快そうにつりあげる。その反応を見て、八手は自分の推測が正しかったことを悟った。




「……神堕ちが、白波と月之宮に何の用だ」


九つの尾は、神性を得た妖狐の証。

黒桐の言葉に、東雲は笑い声を上げた。


「はは、実に酷い言いぐさだ! ……僕ほど愛にあふれた男はいないってのに」


私立慶水高校生徒会長の言葉に、妖鬼は渋面を浮かべる。




「お前の些細な悪戯のせいで、少なくとも五人の運命が滅茶苦茶になってるってのに、か」


「おいおい、僕を愉快犯扱いするなよ」


それ以外になにがあるというんだ。

八手が言うと、東雲はようやく本を閉じた。


今宵の月は、やけに冴え冴えと白い輪郭を空に映している。それを教室からの窓硝子ごしに見やり、狐は鬼と、暗がりの中にようやく対峙した。



「お前は何が欲しくて、こんなところに居座ってるんだ」


恐らく、答えは返ってこないに違いない。彼らは同じ匂いに惹かれて集い、異なる目的でこの学校にいるのだ。……だが、妖鬼は瞠目する。狐がいつにない表情を見せたからだ。

一つだけ開け放たれた窓から、夜風が室内に吹き込む。東雲椿の金の髪が風に舞い、さらさらと真珠のように光が散った。

開いていたはずの本のページは勝手に捲れていく……それは彼らの運命を示しているかのように。

静かな笑みを浮かべた狐のどこか疲れて虚ろなブルーの瞳は、そっと細められた。


そうして一言を、口にした彼は。その横顔は黒桐の錯覚だったのだろうか。



 ――――僕は、ね。奪われたものを返して欲しいだけさ、と。




そう云った東雲椿が、どうしようもなく寂しそうに見えたのだ。








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