☆12 少年少女、大志を抱け


「――魔王か、けっこういいな」


放課後の第二資料室で、そのセリフが発された。

どうやったのかは知らないが、校内に飛ぶ無線LANに違法接続されたノートパソコンはコンセントにつながれていて。そこからは、ずっとループされた夕霧氏の気に入りらしい人工音声の古めなボーカルソングが延々とスピーカーを震わせている。


戸羽同級生などは、好みに合わないらしく余りいい顔をしなかったが、最早この不定期に流れるバックミュージックに関しては諦めたようだ。希未はけっこう気に入ったようだったし、白波さんが先日、こっそり覚えたての曲をハミングしていた姿を私は目撃した。

私も、あと一か月くらい経てばカラオケで歌えるようになってしまうんじゃなかろうか。夕霧君による布教活動は確実に進行している。


部員の勧誘が進まない原因を説明したところ、部長(仮)はその噂をかなり気に入ったらしい。パソコンをブラインドタッチしながら、いつも通りの無表情ではあったが声がやや明るかったからだ。


戸羽君が、パイプ椅子にもたれ、魔王の称号を得た彼のセリフに脱力している。


「……そりゃ、お前はいーだろーよ。俺たちはゾンビ扱いだぞ、今をときめくアンテッドだ」彼は棚に並んでいた少年漫画雑誌のページをめくりながら、半ば死にかけの目になっていた。白波さんはというと、小テストの結果を憂いた先生から、こないだプレゼントされたプリントの束を消化しながら……何かを閃いたような顔をして。


「……あ、魔王さまに仕える四天王ならカッコよくなるんじゃないかな」


私は、席替えした当初の戸羽君による彼女に対する評価は、実はかなり妥当だったのではないかと思い始めている。お狐さんが『白波さんを愛でる会』と発言した要因も、だ。

多分その頭には『おバカな』という言葉が隠されていた。

彼女は、言い方を選ばなくていいのならひじょーなる天然さんなのだった。男子からの熱視線を集め、逆に同性から嫌われている所以もその辺りに基づくものなのだろう。


「探してるもう一人の部員の存在はどこいっちゃったのよ」


思わず呆れて口を出した。ヒロインと、私がなるべく喋らないという作戦はとっくに灰燼に帰してしまっている。

私が白波さんに関わらないという野望は潰えているし(闇鍋に彼女を残して逃亡したら、一緒に残された戸羽君は確実にキレることになるだろう)、思えば、初対面に猫を被ってしまった時点で最悪の選択肢を引いていた。

アヤカシを刺激しないように、と八方美人に過ごした結果、私は彼女と一緒に鍋奉行にぐつぐつ煮込まれているのである。

いい湯かな。


しかし被害者面ばかりもしていられない。

どー考えてもこりゃ、狐の脅しに動揺した我が身が可愛い自分が、うっかり白波さんを巻き添えにした形だ。


彼女の運命を乙女ゲームのレールから大幅に脱線させてしまったのは、私と会長と希未のミラクル連携プレーの結果であり、現在列車は線路のない荒野を走り続けているのだ。


いつ爆弾のスイッチが入るかも分からなくなった自業自得な私は、ひいひい暴走列車の第二車両となって引きずられている――どうやって脱出したらいいかも、どこに向かっているのかも分からないまんま。

……もうこれ、白波さんが死んでも、私が死んでも。交流のあった天狗が爆発してしまう可能性が一番高くなった気がする。私のお葬式で白波さんが泣いちゃう自信って、あっていいのかしら。

ハッピーエンドとは程遠い月之宮八重、友人ルート……白波さんとずぶずぶの仲になってアヤカシと闘って死ぬその展開だけはご免被らせてもらいたい。


「そうだよ、白波ちゃん。私たちは部活を立ち上げるために頑張ってんじゃん」半目になった希未に、白波さんはあー、と頭を抱えて言う。


「なんか、もう活動してる気分になっちゃって。毎日ここに集まって、楽しく過ごしてるから」


空き教室に連日たむろし、勝手に根城にしている生徒たち。……やってることは、どちらかというと、素行の悪し不良に近い。


「この、好き勝手に暇つぶしして遊んでる状態が、か?」


戸羽君が、皮肉った。彼はヒロインを決して甘やかさず、プリントの片付けには基本、手を貸さない。聞かれれば要点は答えるものの、公式がなんだったかを教えるくらいだ。

夕霧君は毎日パソコンを弄っているし、希未は駄菓子片手にひたすらお喋りしているし、私と白波さんは宿題をやり、戸羽君は山積みになった漫画の読破に挑戦している。間違いなく、活動内容は文芸部でもオカ研でもないわね。


「そーいえば、夕霧君、いつも一生懸命パソコンで何やってるの?」

白波さんが魔王に訊ねた。本当だ、まだ聞いたことがなかった。


「そういえば、そうだね。何やってんのよ、夕霧」

希未も興味があったのか、白波さんに同調する。

PCの液晶から顔を上げた夕霧氏は、ちょっと高そうな無線マウスから手を離し、ずれた眼鏡を直しながら答えた。


「……今日は調べ物をしてるが、普段はJavaScriptの勉強をやっている」

彼は、少々乾いた瞳をしてそう言った。パソコンの使い過ぎだ。


「……じゃわすく?」

白波さんは目を瞬かせた。

読んでいた漫画から、戸羽君は夕霧君の方に意外そうな顔を向けた。え? あんたはこの単語、分かんの? 妖怪のくせに。よーかいのくせにっ


「なんだ?そのジャヴァってのは。ヒンドゥー教の神様か?」


いやいや、それはシヴァ神。

……良かった、天狗もコンピューターに関しては私たちと同じレベルだった。わりと博識なこいつにしては珍しいけれど。夕霧君は実にめんどくさそうに、ため息をついた。


「プログラム言語の一種だ。やってんのはスクリプトだからJavaとは全然別物なんだが……」

「何に役立つの?」


白波さん、ありがとう。


「あー、ホームページ製作に役立つと親戚に聞いて始めたんだ。普通にブログで立ち上げられると思って調べてたんだが、動機はともかく今後損はないから勉強しとけと言われたんだよ」

本日も夕霧家の親族さんは、昴陛下を人間界に戻そうと頑張っているようである。

……ああ、天狗が分かんなかったのは、プログラミングの知識だったからか。スマホはよく操作してるけど、作る方面にはまだ手を出していなかったわけね。恐らくこのメンバーは、そういう方面に疎い。

そういえば、戸羽君って一体どうやって育ってきたのだろう。アヤカシなのに、どことなく人間らしさを持った少年のことを思い、私は浅く息をついた。


そんなことに関心を持つこと自体が負けたような気分になった。

ま、彼にどんな過去があったところで私なんかが考えるようなことじゃないわね。


気だるげな説明を受けて、戸羽君が言った。


「じゃあ、そこで広げてたのは魔導書じゃなかったのか」


漆黒のブックカバーで包まれた分厚い本をいつも傍らにパソコン弄ってたのは、そういった訳だったのね。無駄に禍々しく見えたけど、狙ってやってない? 魔王さん。


「ある意味魔法の本だからな」

陛下からはどや顔で返される。


「なんか、夕霧君がすごいことやってるのは、分かったかも」

ほわほわした雰囲気の白波さんが尊敬の言葉を述べた。


「……なんとなく予想はつくけれど、何のサイトやりたいの?」

私は、分かり切った質問を一応問いかける。希未は、この話題に対しては参加しないことに決め込んだらしく、ぽりぽりプレッツェルチョコを咥えていた。

深々とパイプ椅子に沈み込んだ夕霧君は、腕組みをして応えた。


「呪法やオカルト関係に使えそうなアイテムをまとめたアフィリエイトサイトを……」

「……夕霧君が俗物だということは分かったわ」

予想の斜めをいった彼の野望に、私はコメントを返して脱力した。戸羽君はやっぱりろくでもねえ。という目つきになり、白波さんは困惑の表情でプリントに戻り、希未は菓子の空き箱をスポーツバッグに突っ込んでいた。

その禍々しい広告紹介料が儲からない世界でいてほしい。けっこう切実に。




 希未は、ぽつりと。

「そろそろ、先輩を釣りにいこっかなぁ」

できれば、創部してからにしたかったんだけど。そう、私にとっては不穏な言葉を呟いた。




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