第3話 混乱の学園祭
それからの学祭までの一か月は多忙を極めた。
我が校の学園祭は、二学期期末テストの後、十二月の中旬に行われる。
準備期間が少ないって言えば少ないかも知れないが、逆にその期限の中で最大限の結果を生む準備をするって気持ちが、全校生徒の背中を押す。
不思議と、少しばかりヤンチャな生徒でも、いざ準備が始まると真剣に役割をこなしていき、クラスや部活の親睦と結束が更に高まっていく。
もっとも、各クラス25人ほどの小さな学校だから、さぼっているととてもよく目立つってのもある。
オレは、学園祭実行委員との最終打ち合わせを終えて、生徒会室に向かう。
翌日に控えた学祭当日に向けて、やるべきことと、やってきたことを思い浮かべる。
生徒会主催行事を「社交ダンス」と発表した直後は、多くの否定的な意見(主にオレへの罵詈雑言)があったが、涼香の男女問わず骨抜きにする雰囲気攻撃と、李による、健康とリズムと調和が奏でる新たな気付きへの挑戦、などという怪しげなキャッチフレーズに騙され、もとい、感化された生徒は、お昼休みに教室で流す社交ダンス動画を眺め、女子などは同性同士で色々なステップの練習に励んでいた。
そして、男子もこっそりと練習しているのをオレは知っているのだ。
いずれにせよ、涼香と李の人徳によるものだ。
「おう、春樹!明日は頑張れよ」「おうサンキュ!」
「春坊、お姉ちゃんとも踊ってね!」「お姉さんの手が空きますかね?」
「春さん、すももももさんは踊れる時間がありますかね?」「おお、あるぞ!」
歩きながら、同じクラスの男子、三年生の女子、後輩の男子それぞれの声掛けに挨拶を返す。
それと後輩君、すももももなんて人物はいないので返事は適当だ!
生徒会室が見えてきたとき、そこから一人の男子が出てくる。前生徒会長だ。
「前島さん、どうしたんですか?」
「…ああ、春樹、いや激励に寄ってみたんだ」
「受験前の忙しい中で、気にしなくていいのに」
「それを言えば、こんな時期に学祭するウチの学校も大概なんだけどな」前島さんは苦笑してそんな風に言うが、正直、ウチからの進路で大学を目指すって方が少数派で、すでにほとんどの三年生の進路は決まっている。
前島さんは数少ない進学派だ。
「みんな就職や跡継ぎですからねぇ、会長は大丈夫ですか?」
「もう、お前が会長だろ?まあいい息抜きにはなるよ、楽しみにしてる、じゃあな」
と足早に去っていってしまった。ま、勉強しなきゃだもんな。
「帰ったぞ~」と生徒会室の扉を開く。
「お、お帰りなさいませ」
「ご、ごきげんよう…」
涼香も李もおかしな返答を返してくる。…まさか!
「まさかとは思うが…前島さんにオレの性癖を聞いたりしてないだろうな?べ、別にメイドさんが好きだからって他意はないんだからな!」
「…6クラス、8部活しかないのに、メイド喫茶が7箇所もあるのは、そういう理由だったんですね?」
「春ちゃん、わたしのクラスもメイド喫茶、しかも和風だからね」
氷点下の視線と踊るような表情、入室した時の違和感は一瞬だった。ふう、なんだ、前島さんに入れ知恵された訳じゃないのか。
思えばあの人と交わしたボーイズトークは、とても文章に残したりできるレベルじゃないからな。パソコンのハードディスクや秘密の詩集と共に、墓場への持参品の一つだ。
「と、ところで加藤先生がさっき来て、明日の早朝、教育委員会の人が来るから、開会式前に挨拶しろって言ってましたよ」
と、李が思いついたように話してくる。
「…令和の時代にも存在してるんだ、教育委員会」
「平成にあったのとは別だと思うよ~」何歳だ?君は。
「こんなド田舎の学祭なんか見て楽しいのかな?で、何時ごろだって?」
「来られたら呼ぶそうです」
「了解。それでは二人とも、体育館の会場準備と音響のリハーサル、ビデオとカメラの準備等々、最後の準備に取り掛かるぞ!」
全ては明日の学祭の成功の為に。
翌、学園祭当日は、冬独特の突き抜けるような青空。実に爽快だった。
こうして教育委員会のお偉方と相対するまでの印象ですが。
「君が生徒会長かね。で、このパンフレットにある「社交ダンス」というのは、君たちの主催と聞いたが、どんな意図があるのかね」
開口一番、オレたちが名乗る前にそんな質問をされる。
「…意図と言われましても、このコミュニケーション不足の昨今、生徒同士の親睦をですね…」
「君は社交ダンスの何を知っているというのかな?紳士淑女のまさに社交の場での語り合い、年若い君たちが理解出来て簡単に行えるような”おままごと”とは訳が違う」
なるほど、自分が信奉しているフィールドにずかずかと入り込んだ小動物ということか、校長も社交ダンスの経験者で「これがきっかけで裾野が広がってくれると嬉しいわ」と言ってくれたから、大人ってのはそういうもんだと勝手に勘違いしたオレの想像力不足だな。
「お言葉ですが、別に社交ダンスを蔑ろにしている訳でも、軽視している訳でもありません」
「その通りです。私たちは今日この日まで、皆への啓蒙も含め一生懸命向き合ってきました」
涼香と李が止める間もなく反論してくれるが、それは悪手だ。
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