第2話 準備と根回し
「では改めて、本年度の学園祭に於ける、我が生徒会の担当行事について計画を進めていくぞ」
「は~い」「…はい」
「李、元気がないな」
「いや、別にと言うか、何故に社交ダンスなんですか?」
「…何故って、逆に聞くが、何故社交ダンスじゃダメなんだ?」
「え、だって、確か去年は仮装コンテストでしたよね?私も見に来たし、お二人も生徒会として裏方をやっていましたし」
「その通りだ。あれはあれで趣のある愉快な催しだったな。たんぼ、とか、錆びついた自動販売機とか、田舎の哀愁が存分に詰まった仮装の数々は、笑いよりも涙を誘ったな」
「まぁ、自虐ネタが多かったのは事実ですけど、で、資料では数年前まではミスコンとかミスターコンとかやってたみたいですよね。まあ天候を考慮して体育館を使う以上やれることは限られてるとは思いますが、類似の系統の出し物でも良かったのかな、と」
「愚問だな。李、お前、オレの案が職員室で蹴られると思って真剣に聞いていなかったな?オレはむしろこれを開催するために会長に立候補したと言っても過言ではないのだ」
「それはわたしも初耳なんだけどなぁ」
「涼香は黙ってなさい!」
「問題じゃありませんか?生徒会執行部の1/3の意見だけで突っ走っちゃうのって」
「李、涼香も、オレが申請することは同意したじゃねえですか」今更何言っちゃってんの状態だわ。もっとも出し物の話をしたのも今日、ついさっきの出来事だけどな。
「…何、てへ、みたいな顔して舌を出してるんですか…」
「わたしは社交ダンスでいいよ~」
「涼香さんはやったことあるんですか?社交ダンス」
「バレエの経験はあるんだけどね~本格的な社交ダンスはやったことないよ」
「先輩、涼香さんほどのお嬢様でも社交ダンスの経験がないんですよ?そもそもこのド田舎のどこにそんな需要があるんですか?」
「あのな李、誰だって初めてってのは存在して、最初は辛くても、慣れてくればそれはやがて快楽に変わっていってだな」
「社交ダンスの話をしているんですが」
「社交ダンスの話をしてるんだよ」
「わたしお嬢様じゃないよ?」テンポ遅っ。
「涼香、あのな、お茶、着付け、生け花、ピアノ、スイミング、で最新情報でバレエと来たもんだ。李くん?今言った中に馴染みのあるフレーズがあったかね?」
「ぴ、ピアノだけは、近所のお姉ちゃんに教わったもん!」
「と言うわけだ。まあ涼香がお嬢であることは疑いもないが、別にオレは上流階級が嗜むようなしきたりと文化を重んじた格調高い社交ダンスをしようって訳じゃない。なぁに、年若い思春期の男女共が、うっすらと汗ばむ手のひら同士をこすりつけて、息のかかる距離でそれこそ体温や心音さえも共有してしまうほどの緊張感と昂揚感を味わいながらほんのちょっと体の一部が触れ合っちゃって、はぅん、なんて色っぽい声なんか出しちゃったり、ということを一番の目的としているだけだ」
「…変態の自覚があるんですね?自分の欲求の為に手段を選ばない、なんて破廉恥な…」ずいぶんな言いようだな、李さん。
「うわぁ、まさに”桃色生徒会”の生徒会長としての真価だね!」なんで嬉しそうなんだ?、涼香さん。
「何を勘違いしているか知らんが、我々は参加しないぞ?裏方に徹する」
「今年一番の驚愕です」
「何が目的なの~?」
「いや、お前らオレのことなんだと思ってるんだよ…オレはな、尊敬する前会長の前島さんたちが築いた我が校の生徒会の歴史を失墜させる訳にもいかないし、その上で我々も歴史を紡いで行かねばならんのだ。その為には新しい切り口、新しい息吹、新しいエポックメイキングが必要なんだ」
「いやですから、百歩譲って社交ダンスをやるってのも、それを選ぶのもよく分かんないですけど、それはまあいいです。でもそれに先輩が参加しない理由ってのが分かりません」
「そうねぇ。別に参加したところで誰に文句言われるとも思わないけど」
「…あ~ま~、そこは、そうだな…あれだ、感極まって、燃え上がっちゃって、盛っちゃって貼りついちゃった男女を引き剥がす役目が必要だろ?」
「急に思いついたみたいな理由ですけど、衆人環視の中で貼りついちゃうカップルなんてたぶん出ませんからね?」
「でも、まあ春ちゃんにも思うところがあるのだろうし、具体的な活動方法を詰めて行きましょうか」
涼香がそんな風にまとめてくれて、ひとまずこの話はそれでお終いになった。
オレが騒動を引き起こし、李が根気よく突っ込みを入れてくれて、涼香がなんとなくまとめてくれる。
オレたちは中学のころからの変わらないやり取りを、高校になっても変わらず続けている。
ド田舎の、全校生徒総数が150人ほどの小さな高校だ。
のんびりと時間が流れているからだろうか、妬みや嫉みを感じる必要もないからだろうか、いじめや差別といったネガティブな事件は、ネットや物語の中だけではないのかと誤解したまま生きている人がほとんどだ。
なので、たまに悪意のようなものを感じると、とても嫌な気持ちになるし、何もそれが一生懸命準備した学祭当日に訪れなくてもと、その時は思いもしなかった。
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