補助魔法がなくても斧一つあれば戦える~斧を振るしか能がない奴は追放だと言ったのに、今さら戻ってこいと言われても困る~
三条ツバメ
本編
この状況で魔法防御力を上げられてもな。
バルトはため息をつきたくなったが、そんな暇はない。
ワイバーンの強靭な尻尾を受け止めるのに集中しなくてはならなかった。
愛用の戦斧でもって、振り回されるワイバーンの尻尾を防御する。
当然、さっきリーダーのサヴィルがかけた補助魔法などなんの足しにもならない。
いまものをいうのは、今日まで鍛え上げてきた己の肉体と、技だけだ。
バルトの大きな体が巧みな動きでワイバーンの猛攻を凌ぐ。
強敵だ、とバルトは思った。こいつはただの怪物じゃない。知恵がある。
ワイバーンはこちらの動きに合わせて戦術を変えてきてた。
初めのうちは巨体を生かして闇雲に突っ込んできたいたのだが、簡単には倒せないと悟ると、尻尾の長さを活かしてこちらの間合いの外から一方的に攻撃できる位置にとどまり続けた。
こういう時こそ魔法や弓で援護して欲しいものだが……。
パーティメンバーを見やる。
リーダーの魔法使い、サヴィルは同じく魔法使いのヘリックスから、先ほど受けたかすり傷の回復をしてもらっていた。細面のサヴィルの顔には、一仕事終えた充実感のようなものが浮かんでいる。
このパーティにはヘリックスの弟で弓使いのエロールもいるのだが、まるまると太った兄とは対照的に小柄で痩せているエロールは弓を構えたまま右往左往している。
俺とワイバーンの攻防に全くついて行けていないらしい。
あれだったら矢は射たないでもらったほうがいいな。
ここは山中にある森の奥。
となれば、俺が頼りにできるのは——バルトがそこまで考えたとき、地面を蹴る軽やかな音が聞こえた。
「ハイハイ、お待たせ! ヴィオラちゃんキーック!」
軽い感じの掛け声とともに重い飛び蹴りが炸裂した。
パーティ唯一の女性メンバーにして、徒手空拳での格闘が専門のヴィオラだ。
結えた金色の長い髪が特徴の派手な女性なのだが、腕前は間違いなく一流、というかバルトは彼女以上の武闘家を見たことがなかった。
頭に蹴りを食らったワイバーンが叫びながら大きく後退する。
助かった。
間合いの外から一方的に攻撃されるのではどうにもならないからな。
礼を言っている暇はないが、ヴィオラには感謝の意を込めて頷きかけておいた。
それに気づいたヴィオラはにっこり笑ってVサインを返した。
……余裕だな。
苦笑しつつもバルトはワイバーンに向き直る。
派手な一撃ではあったが、痛手ではないらしい。だが……
「いいぞ、ヴィオラ! 僕の補助魔法を五回も重ねがけした甲斐があった! さあ、僕たち二人の力を見せてやれ!」
後方からサヴィルが叫んだ。
ヴィオラが遅れたのはサヴィルが何度も補助魔法をかけていたからだ。
攻撃力の強化はもちろん、防御力の強化に敏捷性の強化、視力の強化に聴力の強化までしている。
正直なところバルトにはこれら全てが必要だとは思えないし、どうもサヴィルはヴィオラへの個人的なアピールのためにやっているようだった。
好意を持つのは別にいいが、出来れば別のやり方でアピールしてほしいとバルトは思う。
「さあ、ここから先はずっとヴィオラちゃんたちのターンだよ!」
パンと拳を手のひらに打ちつけ、ヴィオラがワイバーンに向かって言う。
なんにしても、彼女は頼りになる。
今回もなんとかなるだろう、とバルトは思った。
ワイバーンは唸っているが、動かない。
やはり強敵だな。彼女が簡単には倒せない相手だと瞬時に理解したようだ。
となれば、早めに終わらせたほうがいい。
「ヴィオラ、俺が仕掛ける。援護してくれ」
「いいけど、珍しく積極的だね」
ヴィオラはワイバーンから目を離さずに言った。
「いや、積極的というか……」
バルトは理由を説明しようとしたが、サヴィルの声が割って入った。
「さあ、この僕が魔法を付与してやったぞ! 射て、エロール! 絶対に外すなよ!」
「は、はいっ!」
バルトとヴィオラはサッと後ろを見た。
エロールが弓を構えている。
そして、つがえられた矢がものすごい光を放っていた。
魔法によるものなのだろうが、あれだけ光っていてはまともに狙いがつけられないだろう。
事実、エロールは半ば目を閉じてしまっているし、弓を持つ手も安定していない。
どこに飛んでもおかしくないな。
そう思ったバルトはスッと動いた。
「……ご親切にどうも」
ヴィオラが少し意外そうに言った。
「どういたしまして……と言わずに済むといいんだが」
バルトは矢からヴィオラを守れる位置に陣取って斧を構えていた。
「エロール! さっさと射て!」
サヴィルがエロールの背中を叩いた。
驚いたエロールはとっさに矢を射ってしまった。サヴィルの魔法を付与された光り輝く矢が放たれる。
もちろんワイバーンには当たらなかった。
そして幸いなことにバルトとヴィオラの方にも飛んでこなかった。
矢はワイバーンの遥か上に飛んでいき、空中で爆発した。
「ハハハ! どうだ、僕の魔法は!」
サヴィルは爆発に興奮しているが、ワイバーンは傷一つ負っていない。
そして、ワイバーンはこれを好機と捉えた。
「まずい……!」
バルトは即座に駆け出し、斧を振り下ろしたが、戦斧は虚しく空を切った。
ワイバーンはすでに飛び上がっていた。もはやどうにもならない。
いや、手立てはあるのだが、それも間に合わない。
「あっちゃー」
ヴィオラがうめく。
「ば、馬鹿な! 僕の魔法を付与した矢を喰らって……!」
サヴィルは勘違いしているが、バルトには説明している余裕がなかった。
あのワイバーンは逃げる隙を伺っていたんだ。
バルトは歯噛みしたが、もう手遅れだった。
「お前には失望したよ、バルト」
ワイバーン討伐に失敗したことをギルドに報告した後、サヴィルは酒場でそう言った。
円形のテーブルにはバルトとサヴィル、ヴィオラ、そしてヘリックスとエロールが座っている。
サヴィルの言葉に、酒場はしんと静まり返った。客は皆、バルトに注目していた。
ちなみにテーブルはバルトの席にだけ料理が置かれていなかった。
「結論から言おう。お前にはこのパーティを抜けてもらう!」
サヴィルが声を張り上げる。
酒場にどよめきが広がった。
客たちは無遠慮にささやきあい、酔った奴の中には立ち上がって拍手する輩までいた。
無反応でいろとまでは言わないが、流石に拍手するのはどうかと思うぞ、とバルトは内心で呆れるがそれを表情には出さない。
サヴィルの追放宣言は続く。
「バルト、僕たちはこれまでずっとお前を支えてきてやったつもりだ。補助魔法が使えないお前には僕たちの苦労はわからないだろうが……いや、こんな言い方をすべきじゃなかったな。誰にだって、できることとできないことがあるのだから」
バルトを見るサヴィルの目は優しげですらあった。
もっとも、しきりにヴィオラの方に視線を送ってはいたが。
ちなみにそのヴィオラはというと「ごはんごはんー」と明るく口ずさみながらパクパク料理を食べていた。
常に自分のペースを崩さない彼女だが、それは自信の表れだとバルトは思っていた。
自信のある奴は嫌いじゃない。実力が伴ってさえいれば。
そして、常に自信たっぷりのサヴィルが続ける。
「いいかい、バルト。戦闘の要は補助魔法なんだよ。斧で持って直接ぶつかるお前は自分が主役だと思っているんだろう。その勘違いは仕方のないことだ。今まで僕がしっかり言ってこなかったのも悪かったとは思う。だがね、バルト、僕は君自身で気づいて欲しかったんだよ。仲間を育てるのもリーダーの務めだからね。だろう? ヘリックス、エロール」
同意を求められた兄弟はしきりに頷いた。その顔には怯えがある。
バルトはこの二人がサヴィルに金を借りているのを知っている。
この二人も筋は悪くないとバルトは思っている。
ただ、サヴィルに萎縮しているせいで、本来の力が発揮できていないのだ。
しかし、バルトがそれを指摘してしまったら、サヴィルを怒らせることになるのは確実だ。
そして、そうなってしまったらヘリックスとエロールの立場は余計に悪くなる。
幸い、今のところは上手くやれている。
なのでバルトは口を出さずにいたのだった。
一方、仲間の同意を得たサヴィルは勢いづいた。
「ありがとう、二人とも。バルト、僕はお前のことも仲間だと思っている。でも、仲間であってもけじめはつけなければならないんだ。今日の戦いぶりは褒められたものではなかったな。僕が補助魔法を使ったにも関わらず、お前はワイバーンに傷を負わせることもできなかった。僕はお前を信じていたんだよ。お前ならあいつを止めてくれると思っていた。だから、ヴィオラに補助魔法を重ねがけする間の時間稼ぎを頼んだんだ」
サヴィルがやたらと大きな声で喋るものだから、他の客にもはっきりと会話が聞こえてしまっている。
冒険者たちがひそひそと話すのはバルトの耳にも聞こえた。
「ワイバーン? ワイバーンってあの、森の主か?」
「あの男、あれとサシでやり合ったのかよ……」
「それでほぼ無傷って……あいつ、生身の人間なのか?」
酒場の冒険者たちの視線が背中に突き刺さるのを感じて、バルトはどうにも落ち着かなかった。
不意に、ヴィオラと目があった。なぜかVサインされた。
なんなんだ、これは。
ヴィオラの反応はよくわからなかったが、サヴィルの演説はいよいよ佳境に入っていた。
「準備も作戦も完璧だったんだよ、バルト。それでも、僕たちは失敗した。あのワイバーンは極めて危険な個体だ。お前を支えながら戦うことは、できない。だからバルト、このパーティを、抜けてくれ」
俯きながらサヴィルがいった。
仕方ない、とバルトは思う。
リーダーにはメンバーを選ぶ権利がある。
それに、そもそも自分はサヴィルに誘われてこのパーティに加わったのだ。彼が不要だと判断したのなら、従うしかないだろう。
ただ……彼女とともに戦えなくなるのは、少し残念だった。
「わかった。今まで世話になった。元気でな」
「バルト、悪いことは言わない。この仕事はやめたほうがいい。お前にはもっと、活躍できる場所があるはずだよ」
サヴィルは申し訳なさそうに言ったが、その目は笑っていた。
嫌われているのはわかっているので今さら気にはしないが、バルトはパーティに勧誘された時からサヴィルがずっとこうなのが不思議ではあった。
最後なのだからなぜ嫌っている相手をわざわざ誘ったのか聞いてみたかったが、まあ、聞くほどのことでもないだろう。
バルトは立ち上がった。
「では、俺はこれで……」
「んじゃ、ヴィオラちゃんも抜けるね」
いつも通りの軽い調子で、ヴィオラが言った。
バルトもサヴィルたちも、店の客も、ぽかんと口を開けてヴィオラを見た。
「抜けるから」
ヴィオラははっきりとそう言った。
「…………」
バルトは夜の街を歩いていた。一応は一人で。
宿はメンバー全員で同じところをとっていたので変えておくことにした。
支払いは済ませたのでどこか別の宿を探しているところなのだが……
後ろを振り返る。
ヴィオラがいた。
キョトンとした顔でバルトを見ている。
「どうかした?」
「いや、どうもこうも……」
首をかしげられてバルトは逆に戸惑った。
あのあと、バルトは酒場を出たのだが、なぜかヴィオラもついてきたのだった。
いや、別についていくとは言われていないから、ついてきたと言うのは正しくないのかもしれないが、店を出てからずっと後ろにはヴィオラがいる。
別に話しかけてくるわけでもなく、ただ単に後ろからついてくるだけだ。
バルトも初めのうちは進む方角が同じなだけだろうと思っていたのだが、ここまで来てそれはないだろう。
しかし、いざ振り返ってみたらこうだった。
ついてくるなと言うべきなのかとも思うが、そもそも彼女は自分をつけているのか?
いや、どう考えたってそうなのだが、ここまであからさまに、さも当然のようにつけられるとなんと言えばいいのかわからなかった。
「あ、宿だったらあっちにいいところがあるよ。値段はそこそこだけど、料理がめちゃくちゃ美味しいの!」
ヴィオラは明るく笑っている。
「そうか……」
「そうそう。んじゃ、いきましょー!」
「そうだな……」
歩き出すヴィオラについていく。
俺はつけられていたんじゃなかったか? という疑問がバルトの頭に浮かんだが、体は自然と揺れる金色の髪を追いかけていた。
たしかに宿の料理は一級品だった。恰幅のいい女主人はヴィオラの知り合いらしく、遅い時間にも関わらず快く料理を作ってくれた。
食堂のテーブルには皿が並んでいる。二人分だ。
「…………」
「ヴィオラちゃんって食べても太らないんだよねー」
ヴィオラはニコニコ笑ってパクパク食べていた。
まあ、戦闘であれだけ動けばそうだろうな、とバルトは思う。
「そういえばちゃんと礼を言っていなかった。ワイバーンとの戦いの時は助かった」
「いーのいーの、パーティメンバーじゃない。改まってのお礼とかは無しでいこう!」
「パーティメンバー……なのか?」
どうにも今の状況がよくわからないバルトは少し首をかしげた。
「え、違うの?」
「いや、目を丸くされても困るんだが……」
「じゃあ、握手」
ヴィオラがスッと手を伸ばす。
これはお誘いなのだ。それくらいはバルトにもわかる。
迷いはしなかった。
「よろしく頼む」
バルトも手を伸ばした。
「よろしくね、バルっち!」
ヴィオラはニッコリ笑ってバルトの手を握った。
あだ名で呼ばれるのなんて初めてだが、悪い気はしなかった。
翌日、早速バルトはヴィオラと組んで依頼を受けた。
内容は、あのワイバーンを取り逃した森でのレイジングベアの群れの退治だ。
「必殺、ヴィオラちゃん三回転カカト落としッ!」
ヴィオラは絶好調だった。
赤い体毛の巨大なクマの怪物、レイジングベアに空中で三回転してのかかと落としを決めている。
バルトは別のレイジングベアを戦斧で切り倒しながら、ある疑問を抱いていた。
「ヴィオラ」
「なーに?」
「変なことを言うが、動きが良すぎないか?」
「ほほう、流石はバルっち。よく見てるねー。照れちゃうなー」
たははと笑いながらもヴィオラは迫ってきた赤い怪物の爪を華麗にかわす。
そして流れるような動きで肘を相手に叩き込んでいた。
また一体、レイジングベアが倒れた。
「動きがいいのはサヴィルの補助魔法がないからだねー。あいつの魔法って、実は結構ムラがあってさ、日によって強化のされ具合がだいぶ違うんだ。そのせいで逆に調子が狂っちゃったりするんだよねー。おまけに余計な魔法もいっぱいかけたがるし……目や耳を強化されるとかえってやりにくいのに……」
ヴィオラはそう言って肩をすくめた。
なるほど、とバルトは思う。
ヴィオラは素の状態で上手く戦えるように鍛えているから、サヴィルの中途半端な強化は逆効果だったというわけだ。
腕の良い補助系の魔法使いならその辺りも上手く調整してくれるのだろうが、サヴィルはまるで自分の力を見せびらかすように魔法を使っていた。ヴィオラの状態なんてお構いなしだったのだ。
「苦労していたんだな」
バルトは少しヴィオラに申し訳なくなった。
「なに言ってんの。これはヴィオラちゃんの問題なんだから、バルっちは気にしなくていーの。こっちこそ、ごめんね。バルっちにはだいぶ助けられてた」
「時間稼ぎは俺の仕事だ。気にすることはない」
バルトは苦笑いした。
前はバルトが敵を押さえている間にサヴィルがヴィオラに補助魔法を使い、強化が済んだらヴィオラが敵にとどめを刺すという戦法をとっていた。
バルトとしても最初からヴィオラと二人で攻撃して、サヴィルたちにそれを援護してもらう形の方がいいだろうと思っていたのだが、一応なんとかなっていたのでそれを口に出すことはなかった。
「あのさ、ほんと、ありがとね。今までやってこれたのはバルっちのおかげだよ」
珍しくヴィオラが真面目な顔をしていた。
「そう言ってもらえるとこっちもありがたい」
バルトは自然と笑っていた。
割り切ってはいたが、サヴィルの扱いに理不尽さを感じていなかったと言えば嘘になる。
こうしてちゃんと見てくれている人がいたのはやはり嬉しかった。
「どうしたしまして! じゃ、ヴィオラちゃんとバルっちの仲良しパーティの、華々しい門出といきましょうか!」
ヴィオラは嬉しそうに笑うと、残るレイジングベアに向き直った。
バルトも戦斧を構える。
パーティ名だけは変えてもらわないといけないな、と思いながら。
十日あまりが過ぎた。
バルトはヴィオラと共に困難な依頼を次々とこなして高い評価を勝ち取っていた。
「いやー、あんたたち二人と組めてよかったよ」
「こちらこそー。またよろしくね!」
「おかげで助かった。機会があればまた頼む」
ヴィオラとバルトは、依頼のために一時協力した冒険者パーティのリーダーと、街の入り口のところで握手を交わした。
今回の依頼は彼らが持ち込んだものだ。魔法に関しては自信があるが、直接戦闘は苦手なので手伝って欲しい、というのが彼らの話だった。
バルトとヴィオラは快く承諾し、標的であるクリスタルゴーレムを見事に倒した。
「ヴィオラちゃんたちは魔法が使えないけど」
「必要なら他のパーティを頼れば良いわけだ」
協力した冒険者たちを見送った後、ヴィオラとバルトは街を歩きながらそんな話をしていた。
「んで、ヴィオラちゃんたち仲良しパーティの力を借りたい人には協力しても良いわけだね」
「そういうことだな」
バルトは頷いた。
ヴィオラはそんなバルトをまじまじと見た。
「ほっほーう、仲良しって部分は否定しないんだー」
「する必要もないだろう。上手くやれているのは事実だ」
バルトはあっさり言った。
パーティ名にされるのは困るが、事実自体を否定する気はなかった。
「え、あ、そう、だね……もう、これじゃこっちがバカみたいじゃん……」
ヴィオラの声が小さくなる。
その反応にバルトが首をかしげていると、言い争う声が聞こえた。
「お前のせいだぞ、エロール! お前が急所を射抜いていれば失敗したりしなかったんだ!」
声の主はサヴィルだった。
怒鳴られたエロールは小柄な体をさらに小さくしていた。
「無茶言わないでくださいよ……いくら補助があったって、あんな豆粒みたいにしか見えない距離じゃ当てるのが精一杯です……」
エロールは必死に訴えているが、サヴィルは聞く耳持たなかった。
「うるさい! お前のような無能は追放だ! ヘリックス共々僕のパーティを抜けてもらう!」
「お、落ち着いてくださいよ、サヴィルさん。俺たち二人が抜けたんじゃあんた一人しか残らないでしょう」
ヘリックスが慌てて言った。
それに対して、サヴィルはにやりと笑った。
「心配するな。僕にはな、とっておきの戦術があるんだよ……さあ、とっとと失せろ!」
そう言うと、サヴィルは二人に背を向けて去っていった。
「……なんだか、やな感じだね」
サヴィルたちのやりとりを見ていたヴィオラがいった。
その表情は険しい。
バルトとしても見ていて気持ちの良いものではなかった。
ヘリックスたちと目が合った。
兄弟は気まずそうに見えたが、無視するのもよくないと思ったのか、こちらに近づいてきた。
「ど、どうも……」
ヘリックスが躊躇いがちに言った。
なんだか少し痩せたように見えた。
「久しぶり……ではないか」
バルトがいうと、二人は少しだけ笑った。
「二人とも、すごい活躍ぶりですね」
エロールがいった。
素直に称賛してくれているようだ。
「まあね。こっちは絶好調だよ! ……でも、そっちは大変そうだね……」
ヴィオラの表情が険しくなる。
「サヴィルさん、前にも増して無茶なことを言うようになって、こっちは失敗続きでした……で、でも、バルトさんたちのせいじゃないですよ! 俺たち兄弟としては、前に組んでた人たちがすごい活躍をしてるのを聞くと興奮するっていうか、嬉しくなります!」
ヘリックスの言葉にエロールがしきりに頷く。
二人は本心からバルトたちの活躍を喜んでくれていた。
前々からバルトはこの二人はサヴィルを恐れているせいで本来の力が発揮できていないと思っていた。
「なあ、もしよかったら俺たちと組まないか?」
「ありがたいお誘いですけど、俺たちは農園をやろうと思うんです」
バルトが尋ねるとヘリックスは首を横に振ってそう言った。
「農園! なに作るの!」
ヴィオラが目を輝かせる。
「ええと、オレンジと、できればオリーブも作りたいなって思ってます。実は冒険者やってたのはそのための資金稼ぎだったんすよ。小さい頃からの夢だったんですが、俺たち金がなくて……」
エロールがたどたどしく答える。
「そうだったのか」
バルトも初めて聞く話だった。
この二人は生真面目な性格だし、結構農家には向いているんじゃないかと思った。
「サヴィルさんへの借金もつい先日返し終わりましたしね。良い機会だと思います」
ヘリックスが言う。
「そういうことなら誘うわけにはいかないな」
バルトは笑って言った。
「そういうことですね」
ヘリックスも笑った。
「それに、俺たちが入ってしまうのはヴィオラさんに悪いですよ」
エロールがそんなことを言った。
「なんだそれは?」
バルトは首をかしげた。
魔法使いと弓手がいてくれれば助かるはずだ。
ヴィオラに悪いというのはどういうことだ?
「なんだもなにも、サヴィルさんがヴィオラさんをパーティに誘った時、バルトさんを仲間に入れるのが条件だって言ってたんですから、そりゃ俺たちが入るわけにはいかないでしょ」
エロールはけらけらと笑って言った。
「…………」
バルトはゆっくりとヴィオラの方を向いた。
「まあ、そういうこと、なのよね……」
いつになくしおららしい態度でヴィオラが言った。
バルトはなぜサヴィルが自分を誘ったのかをずっと疑問に思っていたが、ようやく答えがわかったのだった。
「そういうことなのか……」
バルトはそんなことしか言えなかった。
エロールとヘリックスを追放したサヴィルは一人で夕暮れの森に入っていた。
ひたすら奥を目指す。目的はあのワイバーンだった。
「あいつだ。あいつさえ仕留めればいい。そうすれば、他の連中も目を覚ます。僕こそが、最強だと気づくんだ……」
目を血走らせ、ぶつぶつと独り言を言いながら、サヴィルは草を踏みしめて森を進む。
ワイバーンの目撃情報があるのは知っていた。
あいつは戻ってきているんだ。僕が一人で倒してやる。
そうすれば、ヴィオラの奴も戻ってくる。
「あのバカ女め、この僕がせっかく気にかけてやったのに、抜けるから、だと……ふざけやがって! だが、見てくれだけは良いからな。戻ってきたらせいぜい活用させてもらうさ……いや、ただ戻ってきたのを受け入れるんじゃダメだな。あいつが戻りたいと言ったら、まずは今更もう遅いと言ってやろう。そして、泣いて僕にすがりついてきたところで、救いの手を差し伸べてやるんだ。そうだ、あのバカにはきちんと道理というものを教えてやらないとな……」
待ち受ける明るい未来を想像しながらサヴィルは森を進んだ。
そしてついに、最奥まで辿り着いた。
予想通り、そこにはあのワイバーンがいた。
「さあ、僕のとっておきを見せてやるぞ。補助魔法による、僕自身の強化だ。お前なんて、ゴミクズのように蹴散らしてやる!」
サヴィルが自分に攻撃力強化の魔法をかけるのを、ワイバーンはじっと見ていた。
「くくく、これで終わりだああああ!」
サヴィルが拳を振り上げてワイバーンに走っていく。
ワイバーンはひょいと尻尾を振って、貧弱な体に中途半端な強化をかけたサヴィルの体を吹っ飛ばした。
ゴミクズのように。
バルトはヴィオラと組んで初めて気まずい思いをしていた。
あのあと、ヘリックスとエロールは何度も謝ってから去っていった。
本当のことを言って申し訳ないと謝る二人をなだめるのも気まずかったが、ヴィオラと二人っきりになった今はそれ以上に気まずかった。
一応、二人で並んで夕暮れの街を歩いているわけなのだが、バルトは自分がどこに向かっているのかよくわからなかった。
多分宿への道ではないところを歩いているのだと思うが、ヴィオラもなにも言わない。
嫌われているわけではないことくらいはバルトもわかっていた。
それでも、まさかサヴィルがバルトを誘った理由がそういうことだったとは思わなかった。
「そういうこと、か……」
「あのさ……何度も口に出さないでもらえないかな……流石のヴィオラちゃんも、ちょっと恥ずかしいっていうか……」
不意にそう言われてバルトはぎょっとした。
気づかないうちに何度も口に出してしまっていたらしい。
「す、すまない。悪かった」
「いや、謝られると、余計に……あー、もう! やってらんない!」
突然ヴィオラが両手でパンと自分の頬を叩いた。
同時に、悲鳴が轟いた。
「ヴィオラちゃんのせいじゃないよ!」
「わかっている」
慌てるヴィオラにバルトは落ち着いて言った。
悲鳴の方に目を向けると、空にワイバーンの姿が見えた。
「嘘でしょ! 街まで来ちゃったの!」
「そうらしい。だがどうして……」
もう気まずいなどとは言っていられなくなった。
「とにかく行くぞ」
「うん!」
バルトとヴィオラは二人で駆け出した。
ワイバーンから逃げようとする人々をかき分けて進む。
近づいてみると、上空のワイバーンがなにかを咥えているのが見えた。
「あれって……」
「サヴィルだな……」
ヴィオラとバルトが言った。
ワイバーンはサヴィルを咥えたままゆっくりと街の上を旋回していた。
サヴィルは生きているようで、必死に「助けてくれー!」と叫んでいた。
「……落っことしてくれないかな」
ヴィオラが顔をしかめた。
「気持ちはわかるが、俺はあいつを助けたい。恩があるんだ」
バルトは戦斧を構えた。
この技は撃つのに時間がかかるが、いまなら問題ない。
「な、なんでこんなとこで斧構えてるの! それにあいつに恩なんてあったの?」
「ある。あいつは、君と出会うきっかけをくれた」
バルトは力一杯斧を振り抜いた。
かつて修行に明け暮れた頃に体得した切り札。
溜めに時間がかかるせいで使う機会はほとんどないが、バルトが全力を込めて斧を振れば、その刃は、飛ぶ。
不可視の斬撃が、上空のワイバーンを両断した。
血の雨とともに巨体が落下する。
ちゃんと誰もいないところに落ちた。
バルトの計算通りだった。そして、サヴィルも無事だった。
「ぼ、僕は、生きてるのか……」
ワイバーンの血とよだれにまみれたサヴィルがふらつきながらも起き上がった。
街の人々からは歓声が上がった。
「すげえ!」
「なんだ今のは! 斬撃が飛んだぞ!」
「あれが暴れてたらとんでもないことになってた。あの兄さんはヒーローだな!」
バルトは人々から口々に賞賛されたが、ヴィオラの言葉こそが最高の賛辞だった。
「流石、このヴィオラちゃんが惚れた男は違うねっ!」
「光栄だ」
バルトは笑ってヴィオラにいった。
「は、ははっ、よくやった。よくやったぞ、バルト」
血まみれ、よだれまみれのまま近づいてくるサヴィルを見て、街の人たちはスッと離れた。
「やはりパーティには直接攻撃する役も必要だな……その、なんだったら、戻ってきてくれてもいいぞ? どうしてもというのなら、僕が頼んでやってもいい。どうだ?」
「サヴィル、今更戻ってこいと言われても困る。もう組む相手ができたんだ」
バルトは引き攣った笑みを浮かべるサヴィルに首を振った。
「あのねえ! 今まで散々バルトをないがしろにしておいて、そんなの通るわけないでしょ!」
ヴィオラはバルトが今までに見たことがないくらい本気で怒っていた。
「う、うるさい! ちょっと顔がいいだけのバカ女は黙っていろ! これは男同士の大切な話なんだ! なあ、バルト、さっきの答えは取り消してくれるよな? もし戻ってきくれたら、そのバカ女とは違う、ちゃんとした女を紹介してやるぞ?」
「ああ、そうだな。さっきの言葉は取り消そう。サヴィル、これが俺の答えだ」
ヴィオラのようににっこり笑って、バルトはサヴィルを殴り飛ばした。
「俺のことはどう言ってくれても構わないが、ヴィオラのことを悪くいうのは許さない。よく覚えておけ」
それだけ言って、バルトは地面に這いつくばるサヴィルに背を向けた。
「行くぞ、ヴィオラ」
「はいはーい! ヴィオラちゃんはちゃんとついていきますよー!」
元気よく言うと、ヴィオラはたたっとかけてきた。
そしてバルトの腕を取り、体を寄せて耳元で囁いた。
「……どこまでもね」
悪い気はしないな。
バルトは、そう思った。
補助魔法がなくても斧一つあれば戦える~斧を振るしか能がない奴は追放だと言ったのに、今さら戻ってこいと言われても困る~ 三条ツバメ @sanjotsubame
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