第十四章 始末の行方 ⑦

 茂平は、窯の火を落とした。火を強め過ぎたため、中の椀や皿はすべてだめになってしまった。追っ手の死体もいっしょに入れて置いたが、骨も残っていない。返り討ちにした場所から遠回りして痕跡を消し、川伝いに戻ってきたのだ。一眠りしようとしたところで、

「ごめんくださいまし」

という声が聞こえた。黒田屋の太郎である。

「黒田屋の太郎でございます。何かご入り用のものはございませぬか」

前回、愛想のない対応をしたことは自覚しているため、茂平は少しだけ和らいだ声で答える。

「うむ。特にはない」

「『ダメでない』椀や皿はございませぬか」

前回のやり取りを、律儀に繰り返す太郎である。

「窯の火が強すぎてな、中が全部だめになってしもうた」

「なかなか難しゅうございますね。難しいのは、火の加減だけでございますか」

「土の選び方や捏ねる力加減も工夫がいる。素焼きの器にかける釉薬もいろいろあるのだ」

職人としての姿を強調するためにも、このあたりの話題で多弁になっておく必要がある。茂平は意識して声の調子を上げた。

「手前にも、できましょうか?」

すばらしいという賛辞を予想していた茂平は、一瞬だけ虚をつかれた。

「実は手前、古着を売るより猪狩りを頼まれることが多いのでございます。山を歩く分、器にできる土も探せるのではないかと思いまして・・・・・・。いや、これは余計なことを申し上げました」

また参りますと言葉を残して、太郎は帰って行った。十日後に来ると言った太郎のために、茂平は、土を用意してやることにした。


 太郎の弟子入りは、なかば安針の意思も入っていた。よそから入り込んだ忍びの動静は、黒田屋としてもつかんでおきたい。一方、茂平にとっても、自分を狙う追っ手の気配を探るつてとして太郎を利用できる点で、定期的に通う弟子の存在はありがたい。安針の「透視」によれば、茂平はどうやら抜け忍らしい。三月に入って、茂平はみずからの作品を黒田屋を通じ里に売るようになった。


 安針の透視により、茂平が伊賀の出であることと、抜けて十五年であることは分かっていた。諜報のプロである忍びの技は、黒田屋にとってぜひとも欲しい。茂平への追っ手の問題が解決し、それを茂平がきちんと理解できれば、黒田屋に取り込むこともできるだろう。とある昼下がり、安針は太郎とともに茂平を訪ねていた。晩酌用の「ぐい飲み」が欲しいのである。

「湯飲みより小さめでな、厚手のが欲しいんですよ」

太郎の紹介を経て話し始めた安針を、茂平はじっと見ている。

「私の顔に、何かついておりますかな?」

「古着屋と鍼の先生という組み合わせ、珍しゅうございますな」

年長の安針相手だと、茂平の言い方も丁寧になる。

「黒田屋の先代はの、私の兄でございますよ。次男は商売を手伝いもせず、気ままなものです」

世間話を続ける安針は、冷酷な忍びとしての茂平の中に、逃亡生活への疲れも感じ取っていた。


 猪上のご隠居が使っていた割り符を使って、茂平が住む場所の噂を流したのは、安針が訪ねた日の翌日。それから一月と少したった四月一日、夜明け前の薄暗い中、三人の追っ手のうち二人が、茂平の小屋に迫った。夜通し窯の火を見守っていた太郎は、眠りかかっている。茂平は音もなく立ち上がり、柄に縄をつけた鉈を手にした。縄の先には分銅が結わえてある。


 窯の火に向かった太郎は、背を向けたまま眠りこけている。茂平は小屋を背にして、追っ手と向き合った。その刹那、茂平は屋根に跳び上がる。足下にたたき落とされた苦無が三本。二人の追っ手が大きく左右に分かれて茂平に迫る。屋根に跳び上がろうとする左側の追っ手に分銅を飛ばし、茂平は右手の追っ手に鉈を構えた。跳び上がったばかりで避けようのない左側の追っ手の眉間に分銅が突き刺さる。右側の追っ手が、手甲につけた鈎をすくい上げる。身を投げ出しながら追っ手の頭上を越える茂平は、後頭部に鉈を打ちつけた勢いで屋根から飛び降りる。争う音に太郎も気づいたはずだ。茂平は窯に目を向けた。

「おらぬ」

眠りこけていたはずの太郎の姿は、どこにもない。


 裏の山から足音がした。太郎だ。肩に一人背負っている。首筋に刺さっている矢は手長のものである。もちろん茂平には分からない。

「こいつも焼いたほうがいいですよ。窯の火は、もう少し強くしましょう」

後詰めで控えていた追っ手らしい。茂平は迷わず鉈を振るった。だが太郎の左腕に受け止められる。生身の腕を切れない現実に驚きながら、茂平は低く呟いた。

「いつから知ってる?」

自分の正体に気づかれていたことを悟った茂平は、構えを解こうとしない。

「安針先生に聞いておりました。あの方は黒田屋の『相談役』でございます。まずは後始末とまいりましょう。こいつらのたどった跡は、すでに消してあります」

茂平は、とりあえず鉈を下ろすことにした。


 その後、追っ手の持ち物を使い、山に道しるべをつけたのは茂平である。山を越え、西にある隣藩との境まで追ったように見せかけて、茂平は黒田屋に身を寄せた。一年も我慢すれば、追っ手の目はここから逸れていくだろう。毎日少しずつ眉を抜き、背を丸めながら過ごした茂平は、安針より老けて見えるようになっていた。黒田屋で薪割り等の力仕事を請け負う下男として、茂平の新しい生活が始まる。

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