第十四章 始末の行方 ⑥

 一月も終わろうかというころ、隠居していた猪上馬之助が亡くなった。藩の黒鍬組を率いて、伊納杉を運ぶ運河を造った立役者だ。朝、日課の散歩を終えて、疲れたから二度寝をすると言い残し横になったそうだが、そのまま息を引き取ったらしい。大往生である。葬儀には、黒田屋から主の利右衛門と番頭の佐之助、そして兄の代理として安針が顔を出した。清右衛門はすっかり老け込んで、床に就くことが多くなってきている。猪上家の葬儀は、奥方が早くに亡くなったため、喪主は息子の徳治郎。線香を上げての帰り道、利右衛門が声をかけた。

「安針様、お帰りになる前に、店にお立ち寄りくださいませぬか」

 何となく疲れた気がして、晩飯を作るのもおっくうだった安針は、黒田屋で食わせてもらうつもりで同道した。店で清右衛門に挨拶して茶をもらい、くつろいでいると、利右衛門が小さな箱を持ってきた。

「実は、猪上のご隠居の持ち物から、気になるものが見つかりました」

箱から利右衛門が取り出したのは、割り符のようだった。本人が捨てるつもりでまとめていたらしい荷物に紛れ込んでいたという。以前、息子がやらかしているだけに、猪上家自体の監視は続けていたらしい。

「『日野』と読めるな」

「ええ、おそらくはあの『日野国屋』でございましょう」

黒鍬組の役目を継いだ徳治郎が、城の営繕に使う材木を注文した店だ。安い材木だったが結局は使えず、ご隠居が「尻ぬぐい」して地元の伊納杉を使ったはずだ。だが息子ではなく父親が持っていることに違和感がある。


 息子の徳治郎が持っていた割り符は「日野国屋」と書かれていたそうだ。黒田屋の手の者が確かめたことに間違いはあるまい。隣藩の材木商と隠居のつながりが何だったのか。息子も気づいてはいないらしい。清右衛門から、

「ここは『失せ物探し』のお前の出番じゃないのか」

と言われた。


 子どものころから、安針は「透視」ができる。兄が置き忘れたものを見つけるのは、いつも弟の役割だった。いつもは鍼の効果を確かめるために使っているが、黒田屋の「始末」に使うことも少なくない。早速、別室を用意してもらった。一通り「観」てしまうまでは、晩飯にありつけそうにない。まずは、葬式の時に見たご隠居の様子を思い出し、その姿を少しずつ「引」く。ご隠居が「割り符」を手にするまで「引」いてみたが、少しばかり時間がかかった。日野国屋の材木の件で息子が動き回る影に隠れるように、ご隠居も「割り符」を使って人に会っている。


 ご隠居の相手は、隣藩の商人というわけではなさそうだ。今度はその相手に目を向け、少しずつ「押」した。この「相手」、ずいぶんと足が速い。山道を平地以上の速さで駆け抜けている。どうも「忍び」のようだ。この「忍び」が「割り符」とともに託された文(ふみ)は、日野国屋の千石船を経由して江戸まで届けられていた。明らかに、公儀の隠密である。


 本当の意味での「草」は、猪上のご隠居だったらしい。ご隠居の文(ふみ)には、運河に使われた石材や費用、運河の幅や深さなどが、克明に記されていた。杉の弁甲材を運ぶという報告は上がっていたが、幕府は武力に転用することを警戒して探りを入れたのだろう。むろん、伊納藩の財政では武力に転用できる規模の運河は造れない。


 ご隠居の「割り符」について分かったことを黒田屋で共有し、利右衛門を通じて藩にも報告させた。ご隠居亡き後、おそらくは息子が引き継ぐのだろう。これからも、幕府の監視がなくなることはあるまい。黒田屋の「始末」については、殺しを含む汚れ仕事を除いた形で、無難な伝え方をされていた。ご隠居にとっての黒田屋は、あくまで情報屋だったようだ。そうなると分からないのが、山に住み着いた茂平である。


 翌朝、太郎に命じて茂平の様子を見に行かせることにした。前回持って行った古着には目もくれなかったため、猪肉を焼き干しにしたものを土産に持たせ、里で使われている茶碗類の見本を見せるよう指示した。茂平さえよければ、日頃使える食器を頼んでつながりを持つほうがよかろうというわけだ。例によって無愛想だったようだが、来月また来るよう言われたそうだ。焼き干しの肉は、もっとしっかり燻すよう言われたらしい。肉食がほとんどないこの時代、燻製を求めるのは珍しい。亡くなったご隠居との関わりも疑っていたが、どうやら違う筋らしい。こちらも、安針の「透視」で確かめる必要がありそうである。

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