第十四章 始末の行方 ⑤

 咲夜の言う「草」とは、安針の前世でいうところの「忍び」である。前世の歴史では、公儀隠密が各藩に潜り込み、さまざまな諜報活動をしていた。湯女に関わる「始末」の際も、「くの一」が入り込んでいたことは記憶に新しい。こうした活動を阻止するため、藩によっては方言の特殊化を進め、「よそ者」が入りにくくしているところもあった。伊納藩も、地域ごとに特殊な言い回しがあって、その言い回しができない者を「よそ者」として報告することになっている。黒田屋の行商は、こうした言い回しの違いに詳しかった。咲夜の「声」によれば、三年前から山の中腹に住み着いた男がいるということらしい。


 里の畑仕事の合間に、入り込んできたそうだ。いつの間にか山の斜面を使って登り窯を作り、碗や皿を焼き始めた。近くの農家に持ち込んで物々交換を重ねながら、あちらこちらで話をしている。茂平と名乗っている。月に一度、尾根伝いに隣藩との境まで「走る」姿を山の民が見かけたため、忍びではないかという話になったそうだ。手練れの忍びなら、山の民もかなわない。獣道を見回っていた手長が偶然見かけ、咲夜の透視で追跡して確かめたという。

「どこの忍びか分からぬが、すぐには動かぬであろう。里に住み着く忍びは、里にとけ込んで時期を待つものらしいからの」

安針の透視で得た知識もあって、こうした場合の対応でも慌てない清右衛門である。


 十二月の始め、太郎が帰ってきた。山ではいろいろと習ってきたらしい。用途はよく分からないが、山で過ごすための道具をいくつか持ってきていた。暖かくなってきたら、狩りで使うのだという。清右衛門の勧めもあって、利右衛門は、太郎に茂平との接触を命じた。狩りで知られた太郎なら、自然な形で茂平に会うことができる。茂平に「始末屋」の実態がどこまで知られているのか、探りを入れるのが目的だ。幸い、茂平が居ついてからの黒田屋は、汚れ仕事としての「始末」をしていない。


 太郎は、冬物の古着を抱えて茂平のもとを訪れた。

「ごめんくださいまし。『黒田屋』でございます」

茂平の住む小屋には、誰もいなかった。太郎の背中から

「何の用だ」

と低い声が答える。気配が感じられなかった驚きを隠して、ひょいと振り返った太郎は深々と頭を下げた。

「へえ、古着がご入用ではないかと思い、参りました」

茂平の足下は素足に草鞋。手足は短く手首がやや華奢な感じだ。膝丈の着物に猪の皮を羽織ってい姿は、中型の獣が後ろ足で立ち上がっているように見えた。顔は茫洋としていて考えが読めないが、眉が濃く切れ長の目に、少しだけ剣呑な雰囲気も感じる。年は四十前くらいだろうか。


 足下から頭まで一瞬で見て取った太郎は、もう一度頭を下げた。

「村の百姓衆にうかがって参りました。このあたりの冬は、風が冷たくなります。もしよろしければ・・・・・・」

「要らん」

「へえ、かしこまりました。時折顔を出しますので、何かご入用のものがございましたらお申しつけくださいまし」

ふと茂平の手元を見ると、皿の欠片を手にしている。太郎の視線に気づいた茂平は、

「これか、これはダメなやつだ」

「ダメでないものなら、手前どもに扱わせていただけませぬか」

「古着屋ではなかったのか」

「古着屋でございます。ですが、他のお店(たな)に紹介するくらいなら、たやすいことでござりますれば・・・・・・」

「気が向けば、な」

太郎の脇を通り小屋に入った茂平は、それきり口を利かなくなった。太郎は腰を折るお辞儀をして、黒田屋へと戻った。

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