第十四章 始末の行方 ④

 稲刈りが終わり、豊作を祝う祭りが終わったころ、黒田屋の主が替わることになった。三代目・清右衛門が還暦を迎え足腰が弱くなったのを機に、黒田屋の身代を譲ったのである。清右衛門の右腕として働いてきた利之助が、四代目・利右衛門を名乗ることになった。利右衛門は、始末屋としての手駒を若い者に任せる体制を固め、鳶から黒田屋の手代になった佐吉が、番頭・佐之助として「元締め」となった。陰で安針が支えるのは、これまで通りである。


 隠居した清右衛門は、黒田屋の蔵の裏手にある竹林を切り開いた一角に建てた別宅に移り住んだ。同じ屋根の下に住んでいては、利右衛門がやりにくかろうという配慮らしい。別宅から、表の通りまで細い小道が造ってある。黒田屋はずいぶん儲けているらしい。身の回りの世話は、名主さんたちのつてで、古紙問屋に奉公していた娘を世話してもらっていた。親子ほども年の離れた娘に、鼻の下を伸ばしているのが少々気にかかる。


 安針の跡継ぎと目されていた太郎は、始末屋というより、狩人として周りから一目置かれていた。山に入れば、必ず何か仕留めてくる。田畑を荒らされずに済み、安心して作業が出来るようになったのは、太郎の力によるところが大きい。農村部の情報収集を受け持つこともあってか、他の若い衆とは別格扱いで、太助は専ら山に入っている。猪だけでなく、ときには熊を仕留めることがあって、最近ますます人間離れしてきた。


 その太郎が、山に入ったまま帰ってこない。山の民の長・咲夜に尋ねたいところだが、「心の声」をやり取りする際、咲夜の「力」に頼らざるをえない安針は、自分から「心の声」を届けることができない。太郎が山に入って五日後、ようやく「声」が届いた。

(私どもの村に、人が増えました)

(太郎のことではないかな)

(はい、兄の手長と共に狩りをするうち、他の者とも気安く話すようになりました。先代の婆さまのときと違って、今は特に『結界』を張っておりませぬ。いざというときのみの『結界』でございますゆえ、今は来る者を拒んでおらぬのでございます)

(以前の『うっすらと見えていた縁』は、太郎のことであったようだの)

(ええ、太郎さんは、『石の拳』の持ち主でございました。素手で熊を倒せるのは、私の祖父以来でございますゆえ)

(なんと素手で仕留めておったか。まさしく『石鬼』じゃな)

だが太郎は里の者。安針は念を押すように

(太郎には里に家族がおるぞ。咲夜の言う『縁』とは、どの程度のものなのだ?)

(寒くなる前には、里に戻せると思うております。私の『観』た『縁』は、どうやら一度きりのようでございます。『石の拳』を山に迎えることができぬ代わりに、『石の拳』に子種をいただくのでございます)

どうやら、信じて待つしかなさそうだ。

(それより安針先生、里に災いの気配がございます)

(災いとな。何が起きる?)

(山の麓で、人が死にまする。死ぬ者も生き残る者も、人とは思えぬような素早い動きをしておりました。『草』という言葉が、私の『観』た『絵』に添えられておりました)

(その『人死に』には、誰がどこまで関わるのか分からぬか)

(太郎さんが、大きく関わります。あとお年を召したお侍の姿も・・・・・・。でも太郎さんの関わりを支えるのは、安針先生でございます)

どうやら、忙しくなりそうだ。


 翌日、黒田屋に顔を出すと、いきなり佐之助につかまった。

「太郎が帰ってきませぬが、安針先生は何かご存知ではありませぬか」

女房にせっつかれていることも手伝ってか、常になく落ち着かない。

「山のな、ほれ、咲夜のところにおるらしい。昨日、咲夜の心の『声』が届いた」

とりあえず無事だということだけを伝え、利右衛門にも伝えるべく奥座敷に通してもらう。座敷には、利右衛門だけでなく、床に伏した兄・清右衛門の姿もあった。

「太郎は山の民のところにいるそうです。じきに戻ってくるでしょう。それより、藩に『草』がいるそうです。咲夜の『観』たところでは、太郎が関わるらしい。人も死ぬということでした」

細い声で、清右衛門は尋ねた。

「太郎はどうなる?」

「分かりませぬ。分かりませぬが、太郎を死なすつもりもありませぬ」

黒田屋の行商は、藩のあちらこちらで「話」を拾い始めた。

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