第十二章 始末の変化 ③

 黒田屋に顔を出した安針は、兄の清右衛門へ面会を求めた。手土産に、患者から分けてもらった新茶を一包み持ってきている。煎ったばかりで、香りのいいやつだ。

「兄さん、いきなりの話で申し訳ないんですが、商売で『お茶』を使ってみる気はありませんか」

開口一番、安針はこう切り出した。

「ほう、お前がそんな言い方をするときは、売れる見込みがあるか、新しい『始末』に関わりがあるかのどちらかだね。何を企んでるんだね」

「企むだなんて人聞きの悪い・・・・・・。事は太郎にも関わってるんですよ」

「太郎の『始末』の手だてかい?」

「ええ、太郎の『得物』として考えているのを、日頃から目につくような道具にしたいと思いましてね」

「その『得物』と『お茶』と、どう関係があるんだい?」

「そこですよ兄さん」

安針の提案は、煎茶として売られている茶葉の高級化だった。名主たちの生活が潤い、商家の奉公人にもゆとりが生まれてきている。今まで以上に香りのいい「お茶」を作り出して、新しい特産品にしてはどうかというのだ。安針が土産で持ち込んだのは、煎りたての煎茶。香りを楽しませながら説明する安針は、さらに続けた。

「作り方は簡単です。煎茶に抹茶を混ぜるだけですから・・・・・・」

幸川上流で伊納杉を育てる潮村。蜜柑と棚田の坂上村の東側に位置する。隼人族の祖・海幸彦が祀られる唯一の神社があり、海岸に着いた海幸彦が、山をいくつも超えてようやく見つけたことからこの名前がある。育つのに時間がかかる杉だけでは食べていけないため、潮村では茶作りも盛んだった。

「抹茶を混ぜると香りが良くなります。茶の湯にまで手が出せないでいる者でも、ちょっとした贅沢は欲しいんじゃないでしょうか」

「抹茶となると石臼、いや『茶臼』が要るよな」

「その通り。名主の皆さんに茶臼を一緒に買ってもらいましょう。挽きたての抹茶を煎茶に混ぜて楽しむんです。どのくらい混ぜるのかはおのおの楽しんでいただくとして、また『月見や』あたりでお披露目してもらえれば・・・・・・。後は、お分かりでしょう?」

かつて、「鰹の炙り重」を売り出したとき、安針は同じ方法で広めている。

「潤うのは、茶葉と茶臼を扱う店か。待てよ、それだけじゃないよな」

安針は、にやりと笑った。

「お察しの通りです。石臼だろうと茶臼だろうと、それを回すのに『挽き棒』が要ります。その挽き棒の意匠に差をつけて売るんですよ。どの店でも、煎茶と抹茶の混ぜ具合は工夫します。挽き棒にも拘りたくなるはずですよ。抹茶を挽く者を一人決めて仕事に慣れさせ、そいつに挽き棒を持ち歩かせれば、店の『粋』を自慢することにもなるんじゃないですかね」

「茶の湯に手が出なくても、違うところで見栄を張れるわけか・・・・・・。手軽な見栄だけに、乗せられてしまうのが目に見えるようだ。お前の方が商いに向いてるんじゃないか?」

清右衛門から話を聞かされた後、ほどなく煎茶に抹茶をブレンドした「伊納茶」が「月見や」で出されるようになった。「炙り重」で炙り加減を競い合うのと同じで、今度は混ぜ具合を競うのが流行りだした。茶臼で細やかな抹茶に挽くのも大事だということで、それぞれの商家で専任の挽き手が生まれた。挽き棒の意匠も工夫され、それを持ち歩く姿が見られるようになった。もちろん、いちばん美味しいと評判になったのは茶葉を扱う店だ。城に献上した「伊納茶」は、「茶の誉れ」と名付けられて、藩の特産品になっていくことになる。その店で使われる挽き棒が流行したりするのは、また後の話だ。


* * * * * * * * * *


 太郎の「得物」を約束してから一週間後、「伊納茶」はまだ広まっていないが、安針は奇妙な武器を見せていた。

「太郎、お前には、この『旋棒(せんぼう)』を使わせようと思う」

安針が見せたのは、挽き棒のような形の鉄の棍棒二本。この時代にはまだ伝えられていない、琉球古武術の武器・トンファーに似ている。太さは一寸足らず、長さ十五寸の棒に、五寸の棒が直角に組み合わさった形だ。短い棒は、長い棒の端から四寸の所で持ち手として使えるように固定されている。ただし、普通のトンファーと異なるのは、持ち手の棒が反対側にも一寸だけはみ出しているところだ。見方によってはいびつな十字架にも見える。

「短い棒を持ち手にして、長い棒を腕の外側に添わせるようにして持つと、ほれ、相手の振り回す得物を受けることができる」

さらに安針はそのまま拳を突き出した。

「こうすれば、拳から少しはみ出した棒の先で、相手に痛手も与えられる」

「手首を返して長い棒を振り回せば、拳の届かぬ間合いの相手にも、打ちかかることができよう」


 安針の話をうなずきながら聞いていた太郎が、ふと首をかしげた。持ち手の反対側にはみ出した部分を、じっと見ている。

「おう、ここはな、こうやって使うのだ」

長い棒を腕の外側に添わせるようにして持った安針は、空手の「鉄槌」の要領で太郎の肩に振り下ろした。太郎が見ていた部分が、鎖骨の寸前で止められる。

「もちろん、こいつを明るいうちから持ち歩くと目立つだろう。使うのは『始末』のときだけにしておけ」


 その日から、裏庭での稽古は、旋棒が中心となった。だが、旋棒の携帯を止めた安針の心配は無駄になった。太郎は茶臼で抹茶をひくことが日課になったのである。少し変わった形の「挽き棒」は、抹茶を丁寧にひいてくれる太郎のトレードマークになる。その後太郎は身軽な動きを生かし、印地打ち(石の投擲術)にも才能を見せるようになった。子どものころから慣れ親しんだ「投石手ぬぐい」も、中長距離の礫打ちのために活用している。


 太郎の体術が磨き上げられていくにつれ、「始末」と太郎の関わりが現実のものとなった。黒田屋の店先で、手代の佐吉から尋ねられた安針はこう答えている。

「佐吉さんの息子に、人を殺めるようなまねはさせたくないんだ。太郎の『得物』は、刃物じゃないだろう。俺の鍼と違って、手加減できるんだよ。汚れ仕事をするのは、俺だけでじゅうぶん。それでも太郎の『始末』が要るっていうなら、後は本人次第だ」

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