第七章 始末屋の日常 ⑤

 今回の「始末」の的は三人。捨蔵と、その取り巻きの二人だ。確実に「始末」するため、真吉と春吉に、安針が加わることにした。「始末」の後始末は、黒田屋の若い衆を何人か頼んである。


 連中のねぐらは、港の北側にある。港と幸川の河口との間に位置する鷲鼻岬の「根元」辺りにある掘っ立て小屋だ。漁具の置き場で使われていたのを、勝手に居座って占領しているらしい。漁師が陸(おか)に戻る頃合いで行方をくらましているため、網元も手をこまねいていた。かつての人足くずれが、漁師として海に出ている今、彼らは孤立無援だとも言える。


 日頃からそりの合わない「峯屋」の若い衆と仲を取りたいと、春吉が声をかけた。多勢に無勢で大人しくなった三人を手厚くもてなしながら飲ませ、「峯屋」の若い衆にもたっぷりこころづけを渡した春吉は、

「飲み足りないんなら、こいつも持って帰ってくれ」

と、捨蔵たちに小振りの樽酒を持たせた。

「豪気なもんだな。いいのかい?」

「いいってことさ。あんたたちがもめなければ、俺も安心して商売ができる。たまには俺の房楊枝も買ってくれよ」

機嫌の良くなった捨蔵と連れの二人は、酒樽を抱えて小屋に戻っていった。


 捨蔵自身は小柄な男である。だが残りの二人は、相撲取り並の体格をしていた。さしずめ捨蔵の用心棒といったところだろう。たらふく飲ませはしたが、どこまで酔っているのかは未知数だ。真吉にしても春吉にしても、自分が直接「始末」するのは初めてだ。安針がついているとはいえ、不安がないわけではない。

「春吉、たっぷり飲ませたんだろうな」

小屋の見える暗がりで、安針は春吉に囁いた。

「大丈夫ですよ。酔っぱらいに遅れをとるなんてありませんや」

春吉の息にも、酒の匂いが残っている。

「お前も酔ってるんじゃないのか。無理ならお前はやめておけ」

「とんでもない。今じゃあ吹き矢で蚊でも落とせる春吉でござんす。この程度の酒なんぞ、飲んだうちに入りませんや。佐吉さんだって褒めてくれたんだ。そういや佐吉さんとこ、おめでたなんだそうですねえ」

「『始末』のときに何言ってやがる。まあいい。捨蔵は俺が仕留める。残りは春吉と……真吉、大丈夫か?」

春吉の後ろで、真吉が身を強ばらせている。安針の不安はさらに増した。今夜は諦めて次の機会をねらおうと思ったそのとき、春吉はついと前に歩き出した。

「やつらともう一度飲んで、外に誘い出してきますよ」

酔って気が大きくなったのは、春吉の方だった。


 こうなってしまえば仕方がない。真吉の背中を平手でどやしつけて気合いを入れ、二人で小屋との距離を詰めた。中で笑い声が聞こえる。春吉はうまいことやってるらしい。だが春吉もいっしょに飲んでるはずだ。それでできるような「始末」じゃない。安針は、あらためて真吉に声をかけた。

「おい、心の臓に差し込むときは、匕首の刃を横向きにしとけよ。刺したらすぐ捻れ。他のことは考えなくていい」

「へい。わかりました」

こっちは大丈夫そうだ。小屋から、でかいのが二人出てきた。春吉もいる。連れ小便のようだ。

「おい、小便の飛ばしっくらしねえか」

春吉の陽気な声が聞こえる。でかい男二人に挟まれるようにして、こちらに背を向けたところで、風下のこちらに放尿の臭いが届いた。


 真吉が音もなく近づく。ねらいは春吉の左側。春吉が懐に忍ばせた吹き矢を使うには、右側のやつのほうが都合がいい。だが春吉にとって近すぎるのが難点だ。真吉が刺すのと同時に右側のやつに飛ばすつもりで、安針は念動の針をゆっくり近づけた。背後からひと突き。真吉の匕首は、しっかりと心の臓をとらえた。だが相撲取り並の男には、分厚い脂肪があった。右向きに振り返ろうとした腕が、真ん中の春吉にぶつかった。自分の右側の男を向いていた春吉に避けられるはずもなく。振り回された太い腕は春吉をなぎ倒す。即死だ。いちばん右側にいた男の耳には、念動で飛ばした俺の針が滑り込む。風が吹いている。春吉は動かない。まずは真吉を呼び戻し、安針は小屋に向かった。今回の「始末」に、針だけを使うつもりはない。


 小屋の引き戸が少しだけ開いて、捨蔵が顔を出した。針が二本飛ぶ。針は捨蔵の両眼を襲った。痛みに耐えかねた捨蔵は中に逃げ込む。半端に開いた引き戸を、安針は蹴破った。今の安針には、怒りで何も聞こえない。目の前の男がかつて一蔵を死なせ、今また春吉も犠牲になった元凶だという事実が、安針の気持ちを高ぶらせていた。錯乱する捨蔵。安針は居合いの構えで、腰に差した仕込み杖に手をかける。目の見えない捨蔵が壁伝いに安針のほうへまろび出た刹那、頸動脈を正確に狙った刃が、首を浅く切り裂いた。崩れ落ちる捨蔵。安針は小屋を出た。


 黒田屋の衆が、後片付けに入る。刀の血糊を拭き取って風に吹かれながら考えた。生き残った真吉も、おそらく「始末」はできまい。どこか遠くへやって、気晴らしをさせた方がいいだろう。安針二四歳。後味の悪い秋の夜であった。


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