第七章 始末屋の日常 ③

 いったん居座ると、けっこう『祟る』のは、前世でも経験してきた。夏祭りで路上にしゃがみこんで、上目遣いに睨みつけるアレだ。東京から地方に移り住んで、地区の補導ににつきあわされたからよく分かる。自分より怖い者に巻かれながらいきがっているだけの話だ。そのへんのことは、藤吉さんでも分かってるんじゃないかと思っていた。だが今世は前世と違う。簡単に刃物を扱える世の中だ。


 貯木場を中心に、黒田屋の「行商」を増やした。古着を買う金を飲み代に使う連中だから、商売にはならない。商売にならない相手が誰なのかを確かめるだけだから、ここは問題にならない。あとは「峯屋」の若い衆や、漁師たちともめている人足くずれを聞いて回るだけの話だ。何とか商売がしたいからという理由で聞いて回っても、誰も怪しまない。結局は誰も買ってくれないことが分かって、黒田屋は手を引いた。


 そこから先は春吉の出番だ。爪楊枝を使わない生活はあり得ない。粗塩と爪楊枝は、この時代の歯磨きアイテムだ。粗塩だけで磨いていた人足くずれに、「女にモテるぞ」というふれこみで爪楊枝を宣伝してみた。飲み代に金をかける連中だけあって誰も買おうとしなかったが、春吉は連中とのつながりをもつことができた。飲み屋で何度か奢ってやれば、人足くずれも口が緩んでくる。


 相手の話にうなずきながら、「なるほど」「そうだねえ」を繰り返していれば、情報は自然と集まってくる。人足くずれをまとめているやつの名前が、「捨蔵」であることが分かった。何でも、人を殺すのにためらいがないとか、知恵が回って太刀打ちできないとかで、周りから恐れられているらしい。春吉の話を聴いた安針は、春吉の動きを透視して、その「捨蔵」の存在を追うことにした。


 飲み屋での春吉を透視して、春吉の相手に的を絞る。その相手を少しずつ「引」いて、そいつがいちばん恐れている相手を探す。直接会ったわけではないらしく、そいつに噂話を持ちかけた相手まで辿ることになったが、何とか「捨蔵」の居場所が分かった。それにしても、どこかで見覚えのある顔だ。

「なあ、『捨蔵』ってやつ、右手側の前歯が欠けてたんだけど、どこかで見た覚えがあるんだよなあ」

黒田屋で打ち合わせをしていた折、安針の呟きに反応したのは佐吉だった。

「安針先生、間違いねえ。その『捨蔵』だ。一蔵を呼び出して殺したやつだ」

角屋で行方をくらました新米人足の名が、初めて分かった。


 新米と聞いていたが、意外と年は取っていたらしい。鎬屋のたくらみで角屋に入り込み、佐吉と一蔵を鎬屋に引き抜いた後、二人が鎬屋でうまくいかなくなって殺したのは、確かにあの「捨蔵」だった。正確には一蔵を呼び出し、他のやつに突き落とすよう段取りをつけただけだったが、実行犯の一人であることに間違いはない。年取って要領が悪いというふうを装って一蔵の同情を誘い、結局は死に追いやった張本人だ。

「『人を殺すのにためらいがなくて、知恵が回って太刀打ちできない』って言われてるらしいな。一蔵のことを大げさに話して、自分を大きく見せてるんだろう」

清右衛門の言い方は、容赦なかった。


 捨蔵の「始末」は確定としても、残りの人足くずれはどうしたものか。清右衛門が、

「網元が人手を集めやすくすればいいんだけどねえ。水揚げした魚の使い道で、何か新しいのがあればいいんだが……」

と言い出した。峯津の港で水揚げされてるのは鰹と鮪。特に鰹は、鰹節に加工されていて有名だ。だが需要を急に増やすためには、新しい「商品」が要る。ここは前世の知恵を先取りしてしまおう。

「城下の小料理屋で出してみたいのがあるんですが、どうですかね。城の方々の評判にでもなれば、漁師の人数が足りなくなります。人足くずれを取り込むにも都合がいいんじゃありませんか」

半分くらいは安針自身が食いたい気持ちもあった。安針の説明が始まる。必要なのは鰹の切り身とつけだれ、そして一人用の小さな「七輪」だ。食材一つで複数の味が楽しめる食い方なら、おそらく評判になるだろう。

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