第七章 始末屋の日常 ②

 運河の普請で集められた人足は、普請が終われば仕事がなくなる。元から鳶の仕事をしていたり、手に職を持った者はよかった。だが日雇いで集められただけの者がうろうろすると、ろくなことをしない。角屋が集めた男たちは、鳶の仕事がないときは火消しの仕事を請け負い、夜回りや建物の点検をしてくれていた。だが、安針に「始末」された鎬屋のところでは、何もできない男が余ってしまっている。


 材木商「峯屋」の若い衆が弁甲下りを終え、峯津の港近くの飲み屋で楽しんでいた。危険な仕事を終えた開放感で声もでかい。当然、運河の「人足くずれ」と目が合えば、しなくてもいい喧嘩を始めることになる。この時代、刀を持っていたのは侍だけではない。旅に出れば道中脇差しを手にするし、匕首を懐に忍ばせる者も少なくない。喧嘩が殺し合いになってしまう危うさが、そこにはあった。


 安針は、港近くに住む藤吉の施術のため、港に来ていた。さすがに年を取って弱ってきたのか、舟には乗ってないそうだ。網元の口利きで、若い漁師に道具の手入れを仕込んでいる。娘のお兼さんも、ときどき顔を出しているようだ。一緒に住もうと声はかかっているようだが、本人はまだ若いつもりでいたいらしい。

「先生、このごろの若いモンはだめだねえ」

「どうしたんだい? 年取ると愚痴っぽくなるみたいだね」

「愚痴じゃねえよ先生。今、貯木場は『荒れ』てるんだ」

「『荒れ』てる?」

材木商「峯屋」の若い衆と、運河の人足くずれがもめてるという話だ。

「人足崩れは日雇いなんだろ。追い払ってしまえば済むんじゃないかい」

「ああいう連中はな、いったん居座ると、けっこう『祟る』んだよ。『峯屋』の若い衆も一枚岩じゃねえ。人足くずれに取り込まれてるやつもいるんだ。このまんまじゃ、網元が動き出すかもしれねえ」

「網元だって?」

「港で大きな顔されたんじゃ、網元も面白くねえのよ。先生、『夜中の小便』って知ってるかい?」


 漁師は、板子一枚の上で命を預け合う。和を乱す者に容赦しない。夜中の漁で外海に出たとき、生意気なやつを連れ小便に誘い、そのまま突き落として見捨てることがあるんだそうだ。今は簀巻きにして海に捨てるんじゃないらしい。

「『峯屋』の若い衆は漁師の怖さを知ってる。だが人足くずれはだめだ。怖いもん知らずだからな」

藤吉さんの言い分は分かるが、だからと言って人足くずれを舟に乗せる口実はない。力業で言うことを聞かせようとすれば、網元にお咎めがくるのは間違いない。安針は、この話を黒田屋に持ち帰ることにした。

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