第七章 始末屋の日常 ①

 また、夢を見た。「始末」で人を殺める度に同じ夢を見る。しばらく魂が留まる「湧き水の村」で、殺めた相手と会う夢だ。相手は「忘却の湧き水」を飲んで記憶が無い。自分は殺めた相手の悪行を覚えたままだ。殺めた事実と、相手の返り血と、相手への怒りがないまぜになって安針を責める。魂がリセットされるのが分かっていても、自分のしたことに納得できるわけではない。


 人を一度でも殺めたことのある始末屋は、大なり小なり心が壊れる。生き物は本能的に生き延びようとする。その本能に逆らって殺める行為は、生きる本能自体を否定してしまう。暗い目つきになった始末屋は、以前のように古着を商うことはできない。客が恐れて寄りつかなくなるのだ。鎬屋の「始末」以来、周りと関わりも持てなくなった一人は、山の麓で炭焼きを始めることになった。売る方はもちろん、黒田屋が仲立ちしてやっている。他に身の振り方が定まらないのが、黒田屋にはあと二人いる。鍼医として人に接する安針も、自分の目つきに剣呑な雰囲気が出ないよう気を遣っていた。


 安針の前世でも、戦場帰りの兵士が心を病んでいた。黒田屋の者は心月館で剣を習っているが、侍の心根を宿しているわけではない。門弟を診ることの多い安針は、始末屋に足りないのは「心技体」の「心」ではないかと考えた。古着を商うだけではなく、何か自信のつくものを身につけさせたい。自身の鍼ほどではないにしても、始末屋には表の稼業として手に職をつける必要がある。世に役立つ自信があれば、殺めた際の心の闇も、乗り越えられるはずだ。


 黒田屋の利吉は、古着の商いの傍ら、一刀流の型稽古に没頭していた。自らの剣で、心の闇を切りたいのだという。若い始末屋を束ねる責任感が、利吉を支えているのかもしれない。利吉は、清右衛門と相談して若い始末屋の身の振り方を決めた。二人に「技術」を身につけさせ、自信をつけさせるのだ。商いで得た人脈を駆使し、職人に弟子入りさせるという。体力や気力に秀でた始末屋は、厳しい修行に音を上げることはない。匕首で一刺しの技を持つ真吉は、刀研ぎ師に弟子入り。吹き矢が得意な春吉は、爪楊枝職人を目指した。


 真吉が弟子入りしたのは刀剣拵え所「井口」。研ぎだけでなく、鍔等の拵えも扱う店だ。主は二代目・佐平次。一時の流行に左右されることなく、無骨な作りの拵えを信条としている。二年がかりで仕込まれた後、いわくつきの古刀の寸を詰めて小太刀に仕上げることを許された。黒田屋で久しぶりに顔を合わせた安針の前に、仕上げた刀が置いてある。鞘は白木で、杖に仕込んだ仕上がりになっている。

「何人か切った後の刀でして、自分の子には新しく鍛えた刀をとお考えの御武家様が持ち込まれたものにございます」

真吉は、すっかり落ち着いた顔になっている。修行の間は「始末」の話から遠ざけてある。

「誰を切ったのかまでは、聞いてないのかい?」

「聞いておりません。聞けば余計な話に巻き込まれます。主には『黙って貰っておけ』とだけ言われました」

新しく茎(なかご)を作って銘を切った刀は、すでに別物である。真吉はすでに、立派な職人の顔になっていた。


 仕上げた刀は利吉にと考えていたそうだが、利吉は安針に使わせたいらしい。利吉の居合いに、この小太刀は短すぎるのだそうだ。刃渡りが二尺に満たないこの刀にほとんど反りはない。利吉はやんわりと、

「相手からの反撃に、鍼だけでは心許ない気がするのですよ」

という言葉をそえた。仕込み杖に仕上げたのは、利吉の入れ知恵だったようだ。


 確かに、遠間からの鍼を避けられてしまえば、間合いを詰められて終わりである。鎬屋の始末のときは、念入りな準備があったからこそうまくいった。合気の技はあくまで護身のため。利吉の心配ももっともな話だ。

「俺自身は、刀を振り回したことはないんだがね」

「私の居合いを止めた安針様が、何を言われますか。あのとき間合いを詰めた動きは、素人のそれとは違っておりましたよ」

利吉は、余計なことだけはしっかり覚えている。看取り稽古しかできてないが、何とかなりそうなのは確かだ。有り難く受け取ることにした。


 一方、爪楊枝職人の修行を始めた春吉は、楊枝の尖っていない方を筆の房のように加工した房楊枝を作りだした。教えてくれた職人の亥助さんの仕込みが良かったらしい。元々器用な男だったそうだが、仕事を覚えるのも早いそうだ。真吉ほど派手な仕事ではないが、仕事も少しずつ任されているようだ。自分の作った爪楊枝を吹き矢で飛ばしているそうだが、蝿を次々と落としたのには驚かされた。

「次は蚊を落としましょうかね。夏場になると、よくやられるんですよ」

春吉の「始末」の腕は、虫を撃退するために進化してきたらしい。真面目で堅物の真吉と違って、飄々としている。


 真吉も春吉も、古着を商う黒田屋のつてで新しい注文を取るようになった。そうしたつながりで、今まで通りの「始末」ができる。二人の目つきが、ようやく穏やかになってきた。今後は「始末」の理由を納得させ、後々気持ちが鬱屈してしまわぬよう気をつけてやりたい。これで、黒田屋の抱える始末屋は三人になった。安針と真吉と春吉。手代の利吉は、始末屋の元締めである。

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