第三章 鍼医 ①

 十歳で弟子入りした平太郎は、鷺庵の身の回りの世話をしながら、鍼の扱いや人体の経絡を学んだ。経絡とは、人体を巡る気や血の道のこと。前世で話に聞いていた「ツボ」は経穴といい、人体内部を巡る経絡が皮膚に顔を出している場所なのだという。経絡が地下鉄で、経穴は駅みたいなものだ。師匠の施術を夜に瞑想しながらリピートして、平太郎は効率的に学んでいた。


 そんな平太郎に鷺庵は、

「おまえが鍼医で『おまんま』を食うのは、難しかろうな」

と、ことあるごとに言い続けていた。みだりに質問するのは、口答えに似ている。遠慮していた平太郎は、あまりにも繰り返されるので、

「どうしてなんです?」

と聞いてしまった。あわてて詫びを入れようとしたら、

「やっと聞く気になったか」

と言われる始末。

「世間の師匠と弟子がどんなもんか、わしの知ったことではない。年寄りが急ぎ仕事で仕込むのだ。分からんなら分からんと言うてくれたほうがましじゃ。患者の中には娘もおったであろう。おまえは年のわりに体つきが良すぎる。まだ子どもじゃと毎回言い訳しとったのは、なぜだと思う?」


 鍼医は患者を裸にする。年寄りの師匠はまだしも、若い男が娘を裸にしては、世間の聞こえも悪かろう。施術中、平太郎が経絡を目で追っていたのを、女に色目を使ったと思われていたようだ。


 まだ「治郎」であった前世での離婚後、新しい出会いを求める元気はなかった。五十八歳で死んだわけだが、五十代以降は性欲もさほど感じなかった。加えて今の平太郎は、前世で言えば小学校高学年くらいの子ども。色気の話がピンとくるはずもない。


もっとも、この時代の成人まであと数年。師匠の心配する気持ちも理解できる平太郎だった。精神年齢は肉体年齢に影響される。成長した平太郎が女性患者の肌に欲情しないかと言われれば、その保証はない。


 平太郎の鍼は、同性にしか使えない。ならば、経穴を指で刺激するだけならどうか。指での刺激つまり指圧なら、着衣のままで施術が可能。そう思った平太郎は、思ったことをそのまま言葉にした。

「鍼を使う場所を指で押したら、鍼と同じ効き目がありますでしょうか?」

「ふむ、鍼は狙いがはっきりしておるが、指だと効き目は弱いかもしれんな。じゃが、患者を脱がせんで済むのはいいかもしれぬ」


 翌日から、症状の軽い患者は、師匠の立ち会いのもと、平太郎が指で施術することになった。患者が男のときは鍼だが、女のときは指圧。ゆくゆくは指圧部門を作りたいらしい。思ったより覚えのよい弟子は、師匠の信頼を得たようである。


 平太郎が十五歳になるころ、指圧だけなら一人で診ても構わないと言われた。もちろん施術の内容は記録して、必ず報告していた。ある晩、いつものように報告しながら、

「この経穴を指圧すると、ここまでの『流れ』が良くなりますので・・・・・・」

と言ったところで、話を止められた。

「お前、『流れ』が見えるのか?」

「あ、いや、見えるというか感じるというか・・・・・・」

平太郎に見えていた経絡の「流れ」は、誰にでも見えるものではなかったらしい。「見える」ではなく「観える」と言ったほうが正しかったようだ。早速、平太郎はその後の施術で新しい指示を受けた。

「わしの施術の際、そばで『流れ』とやらを申せ」

師匠の指示に逆らえるはずもない。経絡の「流れ」について、師匠から聞かれるまま答えるようになった。


 実は平太郎、その「流れ」をある程度何とかできるところまできていた。それはわずかな力だったかもしれない。でもその力は「透視」の枠に収まるものではなく、念じて動かず「念動」の力と呼ぶべきものであった。経絡の「流れ」が「観」えるようになると、体の中の様子も、少しずつ「観」えるようになる。魂として過ごしたあの「湧き水の村」で経験と記憶は、思わぬ形で成長を遂げてきた。

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