第34話 出発

「……津波、もうそこまできてるけど、大丈夫なんでしょうね……」


 なんだかんだと錬金している間に日数が経ち、

 大津波は、恐らく今日の内のどこかで島を破壊する。


 タウンカレントの領地内である王の離島、沈んだ離島、人のいない離島は無事だけど、

 それも時間の問題だ。

 国民は一時的に避難していて、いつもよりも一段と寂しく、静かだった。


 愛着のある人は残っているらしいけど、ごく少数。

 言ってないから仕方ないけど、見送りはアルアミカだけだった。


 カランは未だに目を覚まさず、

 ウスタさんやメイド達は避難する国民の指揮に追われていて……。


 そっちに集中できてるのは、ニャオのおかげだ。


『私が姫として、なんとかするよ』


 ――だからこそ役割分担をして、一つの事に集中できているわけだった。


 浜辺から見える大津波。

 大きいなー、これは確かに、ぶつかったらひとたまりもない。


 島なんて簡単に飲み込まれるだろう。


「大丈夫。私に任せておいてよ」


「どこからそんな自信が出るのよ……」


 呆れながらもくすっと笑うアルアミカ。


 一緒にいきたいと顔に書いてあるけど、それは無理。

 だって怪我人だし、酸素スーツは二着しかない。


 ……魔法使いなら、シャボン玉を作れるから関係ないか。

 しかし、とにかく、足手まといになるだけだからこないでいいよ。


「それを言い出したら、あんたはどうなのよ……」


「私は癒し担当だから」


 怪我したらすぐに言ってね、私が治してあげるから。


 ただ、激しい戦闘中だった場合は近づけないから、そこのところは気にして欲しい。


 というか、私に負けて再起不能になった魔法使いに言われたくないよ。

 確かに、神獣と、神器を持つお姫様の間に挟まれたら、

 そりゃあ、私でも足手まといにしかならないけどさ。


「あれは私が受けてあげたんでしょうが! あんな大振り、当たるわけないでしょ! 

 避けられて、自分の勢いに負けてバランスを崩して、その隙に狙われるのがオチよ!」


「しないしない。ニャオじゃあるまいし」


「んん!? 急に角度を変えてきたね!?」


 しかも急な角度で!


 ――はいはい、っと。


 そろそろ出発をしないと、逆算して考えると、時間が全然ない。

 もう出発していないと、ギリギリかも。

 相手は神獣なのだから、時間があり過ぎて困るって事はないんだから。


 軽口を交えたおかげで、アルアミカの方がほっとしたみたいだ。

 普通は、実際に向かう私達の心のケアをお願いしたいんだけどね……。


「ケアなんていらないでしょ。図太い神経してるんだから」

「もうっ、目の前にいるのは可愛いくか弱い乙女なのに」


「声も野太いし」

「野太くねえよ」


 にひひ、とアルアミカが私を見て笑う。

 ……人の本性を引き出すのがそんなに嬉しいかな。


「本領発揮じゃん。

 ま、その調子であいつも神器も、大津波も――、

 ぱぱっと解決しちゃってよ」


「簡単に言ってくれるじゃないの……」


 ん? できないわけ? と、そんな重みのない挑発に、

 まあ、乗ったわけじゃないけど、言い返す。

 アルアミカ相手だと、なんだか抑えが利かないな……。


「はあ!? できるわよ、できるに決まってるでしょ!?」


「じゃ、いつも通りに、よろしくね」


 こっちも任された、と。


 ……カランをアルアミカに預けるのは少し、いやそれ以上に抵抗があったけど、

 安心して任せられるのは、探してみても、アルアミカしかいない。


 まったく……、残念な事にね!


「カランは守るわ。かさかさに乾燥する肌も、汗で湿った服も、乱れる髪も、

 なにかを欲する唇も、全部、私が世話しておくから」


「待って、今かなりの信頼を落としたんだけど!」


「ティカ、いこう……、もう、海が嫌がってる」


 詩人みたいな事を言うニャオに引っ張られ、私達は海に足を踏み入れる。

 ちょ、ちょっと待って、もっとじっくりとアルアミカと話す必要がある――ッ!


 屈託のない笑みで手を振るアルアミカの表情を最後に見て、私達は海中へ潜る。

 冷たさも息苦しさも感じない。


 酸素スーツ……、機能が上手く働いていて安心した。

 今更だけど、失敗作である可能性も充分にあったのだ。


 事前に確かめられないのが難点だ……。


「ティカー、……あ! これ、普通に喋れる! 

 ジャスチャーで困らなくてもいいんだ!」


「いつもはジェスチャーなんだ?」


 ハンドシグナルがあったりするんだっけ? 

 それで会話をしなければならないというのは不便だなあ。

 通信機器を持ち込むとか、考えなさそうだし。


 機械は水に弱いっていう先入観のせいで、改善しようとする気がないらしい。

 専門家ではないので、方法論までは知らないけど。


 偉そうに言うだけ。

 でもまあ、防水とかあるんだし、できそうと言えば、できそうだ。


「そうそう。お腹、空いた、なんか、食べよう――とかね」


 手をお腹に当てて、なにかを食べる仕草をする。


「そういう即興で作るハンドサインなんだ……」


 もっとこう、ちゃんとしたルールに基づいているものかと思ったけど、違うらしい。

 ニャオが知らないだけかも。……確かに、ニャオはいらなそうだなあ。


 ニャオは自由に奔放だもんねえ。


「そろそろだよ」

「そろそろ……?」


 うん、深海に引きずり込む、ダウンカレントね。

 との、ニャオの言う通り、

 急激に海流の勢いが強くなり、私の体が海底へ急降下していく。


 ニャオも一緒に、隣にいた。

 海底に向かうと段々と真っ暗になっていき、慌てて、ニャオの手を掴む。


「大丈夫、怖くないよ。海底に繋がってるだけだもん」


 それは、そうだけど……、

 でも、忘れちゃいけない。


 いま、海上では大津波が発生しているわけで、

 その影響がなにもないってわけじゃないと思うし……。


「なにもないよ」


 言い切るニャオにその理由を問うと、


「なんとなく? うん、でも感じる。

 大津波は怒ってるけど、海流はなにも変わってない」


 どうして分かるの? と聞くのは野暮だ。

 だって、ニャオは海浜の国の姫で、だから、海の姫なのだから。


 生物に限らず、波も海流の気持ちも、感じ取れるのだろう。


 ニャオから見て、海流はどういう風に見えているのだろう。


「いや、海流に顔が見えるとか、そんなファンタジーなわけじゃないけど……」


 そこまでは思ってなかったけど。

 さすがに、吹き出しがあって、そこにセリフがあるわけもないだろうし。


「声が聞こえるの。みんなの声が。

 そして不思議な事に、声を聞けば表情まで分かるの。

 どういう人なのか、どんな性格をしてるのか。……たとえば、この海流は落ち着いた、私達よりも年上の男の子かな。女の子には基本、優しいよ。

 あ、でも、気に入った子にはちょっかいを出すかも。

 それで嫌われて、落ち込むタイプかな」


 そういう事まで分かるんだ……、じゃあ、上の大津波は?


「あれは、癇癪を起こして周りの物に当たる、三歳とか四歳の男の子かな」


 それを聞くと、あの大津波も今までと同じ印象のままにはならない。

 破壊しようと迫っているけど、

 ――こらっ! ってちょっと強めに言ったら止まりそうな……。

 そんなわけないんだろうけど。


「大津波はその子だけじゃなくて、

 もっと年上の人が背中を押して、好きにしなーって、促してる感じ。

 わるーい、やつがね」


 それが神獣なのね。

 ……精神年齢が低そうに見えるんだけど……。


 アルアミカの言った通りかも。


「あ、見えてきた」


 真下、真っ暗地帯を越えると、平べったくて広い建造物が見えてきた。

 これが、海底ダンジョン……? 

 確かに広いけど、入り組んでいる感じはしなかった。


「埋まってるらしいよ。狩猟者のおじさんが言うには」


 埋まってる……、そういうことね。

 じゃあ見えてるこの部分は、たったの一部ってわけ?

 

 上に高いのではなく、下に深いとなると、距離が想像できない。

 うんと長いとなると、準備が足らな過ぎる。


 まあ、準備を整えてる時間はないわけだから、

 結局、今日でこのダンジョンを攻略しないといけないわけだけども……。


 しかしここにきて、ダンジョン攻略から、神器入手なんて……、

 どんなタイムテーブルになってるのよ。一本道でない限り、不可能だ。


 諦めるわけにもいかないし、これからの事を想像してぞっとしていると、

 隣のニャオは一人で頷いた。


「分かった」

 私の手を引っ張り、ダンジョンの入り口へ。


 しかし、分かりやすく口を開けた、まさに入口ってところではなく、

 そこを知っていないと分からない、脇道。


 石壁を押すと、壁が崩れ、穴が見える。


「――あ」

 な、なんで!? とニャオを見ると、


「教えてくれた。女の人だったけど、誰かは分かんない」


 それが罠の可能性もあるんだけど、ニャオは気にしていない様子だった。

 甘いのか、それとも信頼に足る声だったのか……。

 ま、手がない以上は、言う通りに進むしかない――足を動かす。


 ずっと手を繋いだまま、離す気は一切なく、穴の先へどんどん進む。


 光が見えた後、降り立った場所は、大広間だった。

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