第33話 適正あり

 ニャオの部屋で錬金術を使うと、

 物に限らず、跡形もなくなってしまうので、大きめの部屋に移動。


 メイドさんが徹底的に掃除をしてくれているので、

 使われていないこの部屋も隅々まで綺麗だった。


「こんな部屋があったんだねー……」

 壁にかけられた抽象画を見つめるニャオ。


 自分の家なのに知らないんだ……、

 まあ、広いし、把握してなくても無理はないかな……ないか?


 ふむ、と頷くニャオ。

 熱心に見てるけど、美術品の知識があったりするのかな。

 その抽象画は人なのか動物なのか、ぐちゃぐちゃでよく分からない。

 私はあんまり、心に響かない。


「はえー」

 ニャオは絵を眺めながら、

「融合してるみたい」


 まあ、そういう解釈もあるかもね。

 人と動物が混ざり合って、ぐちゃぐちゃで、その過程を描いているのかもしれない。

 ……暗示してるのは、亜人? 作者名は書いていないので分からなかった。


 というか、ニャオの部屋じゃ傷がつくから移動したのに、

 ここにも貴重そうな絵があったら意味ないじゃん。

 この絵を巻き込まない自信はないよ……。


「大丈夫大丈夫。というか、別に壊れてもいいし。

 結局、なにを描いたのか分からなかったから」


 小さい子って、やっぱりなにを考えてるか分からないよねー、

 と、なんだか懐かしむように……。


 え、まさかとは思うけど、


「これ、ニャオが描いたの?」


「そうだよ。私と、ママの二人で。

 なにを描いたのか全然、思い出せなくて……」


 うわっ、気持ち悪いなあ、とニャオは背中をむずむずさせる。

 ……ニャオに、まさかこんな才能があったなんて。

 たぶんこれ、見る人によっては大金が積まれるんじゃ……。


 なんて無駄な才能だ。


「もしかして、邪魔だったりするの?」

「いや、そこまでは言わないけど……」


 そこまでは言わないけど、まあ、思ってるよ。

 ニャオもそれに気づき、じゃあ処分しちゃおっか、と、

 壁にかけてあった絵を部屋の外に投げようとしたところで、手を掴んで止める。


「? どうかしたの?」

「それ、使う」


 素材として。

 いや、これから作る酸素ボール――改め、酸素の鎧の作成には、まったくもって必要のないものではあるんだけど、だからそれに使うわけじゃなくて。


 ニャオの表情が、はっきりとした決別の顔だったから、思わず止めてしまった。

 そんな無理やりに、母親との思い出の品を捨てなくてもいいじゃない……と、私は思う。


 決意と覚悟の結果なのは百も承知なんだけどさ、大きなお世話かもしれない……、

 たぶん、そうなんだけど。

 私が錬金術師で、力があるのなら、その思い出を処分したくないと思った。


 一つも二つも、大した手間じゃない。

 ニャオには――いいから、楽しみにしててね、と伝え。


 さて、お披露目の錬金術。

 ニャオのその瞳の期待には、応えられそうにないなあ……。



 テキトーに選んだ素材をテキトーに混ぜて、

 テキトーな時間を目安にタイミングを計っても、錬金は成功する。


 魔法使いの魔法と違って、

 神獣に選ばれたその力があれば、誰だって簡単に作れてしまうのだ。


 難しくもなんともない。

 ――それが、完成品の『レベル』を度外視すればの話。


「当然、良いものを作ろうと思えば大変になるし、条件がシビアになってくる」


 なによりも、錬金途中に起こる素材の対抗心に、私が勝てなくなっちゃう。


 勝てなければそりゃあ素材に逃げられるし、

 失敗作は呪いのアイテムになったり、魔獣に変わったり……、末路は様々。


 まあ、決まって悪くなるのは変わらずだけども。

 だから必死なのだ――今回も。


 難易度……、これ、思ってたよりも高いんだけど!?


「んぐっ」


 片手が壁に固定され、身動きが制限される。

 なんとか片手と両足を使って、

 銀色の、変幻自在に蠢く物質を寄せ付けないようにするけど、相手は諦めてくれない。


 目に見える四本の銀色が、私の腕や足にべったりと張り付いた。


「ちょっ、離しなさいよ!」


 両腕を掴まれ、動かせるのは片足のみになった。

 片足だけじゃあ、どうしようもない。

 まだ片腕の方が、なんとかしようと思えばできたのに……。


「今日のは、大きい……、こんなの、私の手には余るわよ……」


 手は塞がれ、余ってないのだけど。

 まったく、猫の手でも借りたい気分だった。



 錬金術師は世界に数人、いや、もう少し? 

 まあ、いるんだけども、


 みんながみんな、一緒のやり方ってわけじゃあないし、一緒の考えってわけじゃない。

 信条を語り出しちゃうと、何時間も討論ができちゃうので割愛して。

 錬金術師が集まった時、たぶん個性を出すとしたら、そのやり方だろう。


 錬金方法。

 種類は様々、オーソドックスなものから、奇抜なものまで。


 憶測が噂として流れて、

 釜に入れてかき混ぜるんでしょう? と、イメージがついてる。

 それはどっちかと言えば、老婆が混ぜて作る魔法薬で、

 だから魔法使いの方じゃないの? と物申したいけど。


 噂がイメージとして独り立ちしてしまった。

 私も正直、錬金術師になる前はそのイメージだったし、

 唐突に選ばれてからはずっと、その方法で錬金をしようとしていた。


 何度も失敗し、気づく。

 できるわけがない。

 だって、それは私のやり方じゃないし。


 釜に混ぜる方法でしか錬金ができない人もいるらしい。

 それと同じように、

 私にも私のやり方があり、だから錬金術師にマニュアルはなく、攻略法なんて載ってない。


 全部を初見で対応し、分析して、能力を知る。

 だから、私だって知らない事ばっかり。


 初めて見るパターンなんて何度もあったし、

 対応できない、もはやそれはハプニングじゃ……と思うような前例もある。


 でも、だからこそ私にしかできない――アイデンティティ。


 私の力。


 それはまず、二つの素材を両の手の平で、それぞれを抑える事から始まる。

 あとは念じる……すると、


 素材は銀色の液体となって崩れ、

 力と情報を維持したまま、結合力が強まった状態になる。


 その二つの銀色の液体を集めてこねると、

 やがて液体は固体に変化し、私でも形を整えられるようになる。


 ここまできたらもう私の意のままだ。

 完成品の形、能力を決める事ができ、

 合わせた力を分散させないように押しとどめる事に全集中力を使う。


 しんどいけど、ここで集中力を切らしたら、全てがパーになる。


 パーにならなくとも、相当、劣化する。

 だから、ここで頑張るのが賢い。


 そこ意外はサボってもいいかも。

 駄目だけど、まあ、そこは場数を踏めば分かる。


 踏まずに私は気を抜いてばかりだったけど、

 しかし、できてしまうから、これもまた天才かな。


 選ばれたのだから、きらりと光るものがあったのかもしれない。


 ……と、ここまでは優しい方のパターン。

 じゃあ、そうでない場合は?


 錬金術を行使し始めた瞬間、素材は意識を持ち、

 嫌がったり、嬉しがったり、人間みたいになるわけだけど、

 だからこそ、相手が反発してきたら、そりゃあ喧嘩になる。


 今みたいに。


 銀色の液体は私がこねる前に形を変形させ、触手になった。

 完全に変化したわけじゃないから液体が滴っていて、それがまた気持ち悪い。

 しかも、表面が湿ってるから、触られると鳥肌が立つ。


「ひうっ」


 太ももに巻きつく触手の表面は、なんだか、生温かくて、柔らかくて、

 もぞもぞと小刻みに動いていて……、力が抜ける。


 触手の数がどんどん増えていく。

 部屋を埋める触手が、縦横無尽に走り、暴れる。


 最初は嫌がってたけど、もう遊んでるだろ……、

 目的を忘れても充分に脅威だ。


「あはははっ、くすぐったいってば! もうっ!」


 ……そう言えば、ニャオは平気なんだっけ、触手。


 むしろ好きなんだよね……、かなり引く。


 ニャオの場合、

 日常的に本物の触手と触れ合っているため、こんなのは手慣れたものだった。


 触られ慣れてる。

 しかし、にしては、がまん強くはなさそうだけども。

 ――それは性格かな。


「――ニャオと、遊んでる隙に……」


 たぶん、ニャオは考えたわけじゃない。

 そんな意図なんてないと思う。


 だけど、自分が囮になるからその間に! 

 という、連携プレイを成功させるため、私が密かに動く。


 液体の部分に手の平をつけ――、すると、触手が気づいた。

 私に向かう数本の触手は、しかし、頭を後ろへ回す。


 ……あれを頭と呼ぶべきなのか、これは話し合いが必要だけど、今のところは頭としよう。

 音のする方に自然と顔を向けてしまうのは、なんだか子犬みたいで愛嬌あいきょうがある。


 可愛くはまったくないけど。


「よしよし、はい、次は君ねー」

 ニャオは触手の頭(?)を撫で、

 一人ずつ(?)声をかけていた。


 囁くように、内緒話をするように、

 顔を近づけ、頬をこすりつけ、こつんと額をぶつけ合って――、

 こう見ると触手が可愛く見えてくるから不思議だ。

 気の迷いだし、血迷ってるけど。


 これは錯覚なんだけど、

 癒されてる触手もいる反面、血走ってるのもいるんだけど……。


 ニャオってば、魔性の女……。


「良い子だから、おとなしくしててね……ほら、ティカ」

「助かったよ、ニャオ」


 いつも手を焼いて仕方のない触手達を、こうもおとなしくさせるなんて。


 まるで伏せをするように、触手達が頭を垂れる。

 そんな態度、私には絶対に取らないくせに。


 腑に落ちない部分もあったけど、

 とにかく今は作業を進める……、思考を切り替える。


 やがて銀色の液体は固体へ変わり、

 私はそれの形を整え、完成させた。


 酸素を中に溜める事ができる、体に密着するスーツ。

 鎧ほど、がっちりガードはできないけど。

 まあ、それだったら可愛くないし、こっちの方がいい。

 女の子なんだから、すらっとしてる方がいいよね。


 はあ、と、いつもよりは楽だったけど、

 やっぱり疲れる錬金術に体力を持っていかれ、私はぐったりと椅子に腰かける。


 予想通り、部屋は滅茶苦茶になり、

 物は散乱し、壁や地面は凹んでいたり……、やられ放題だった。

 そんな状況で、一応、聞いてみる。


「錬金術、どうだった?」

「……くせになりそう」


 それは錬金術じゃなくて、触手のところでしょ……。


 でもまあ、


 ニャオがいれば、楽にハイスペックなアイテムが作れる事が知れたのは、ラッキーだった。

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