第28話 ラグナロク

 それは大閃光だった。

 音が聴覚を使い尽くし、記憶に残す、光の放出。


 リタの目を一瞬でいい、潰し、

 その隙に私は、この場所に辿り着いた。


「な、なにを――」


「大魔法と言って、攻撃魔法と勘違いしたの? 

 神獣と言っても、考える事は人間と一緒ね」


 駒と同レベル。

 そう挑発しながら、私は辿り着いたそこに突き立っている、三又の槍を引っこ抜く。


 神器――神槍しんそう『オーシャン』。


 持ち上げたそれに見惚れていると、

 息を吐いた瞬間、水中にいるような……歪む景色。

 吐き出した酸素が泡となって上に向かう。


 はっとして気づくと、

 水中にいるような感覚と景色は変わり、元に戻っていて……。


 ――錯覚?


「神器は、私を……」

「調子に乗るなよ、ガキ」


 横殴りの舌が私の頬を叩く。

 思わず神器を離してしまい、そのまま地面へ、なす術もなく叩きつけられる。


 ――追撃は終わらない。


 ごぎん! という音と共に、

 右の手首から上が、だらんと垂れ下がる。


 あちこちが痛くて、もうそれに反応している余裕もなかった。

 ただ、見ている感じ――折れてる。


 右腕は使えない。


「はぁ、はぁ、はぁ……ッ」

「ちっ。ちんたらし過ぎてたか……」


 リタは見た目と不相応な口調と仕草で、


「そろそろニャオを回収しておかねえと。

 お前になにをされるか、分かったもんじゃない」


「……ニャオが好きだから、結ばれたいとか、言っておきながら……」


 それは、リタと初めて出会った時――、

 リタとニャオが、たぶん、初めて出会った時と被る。

 怪しげなリタを私は追いかけ、聞いたのだ。


 何者なのか、どういう理由で、ニャオに近づくのか。


『ニャオに惚れたんだよ。だから、一緒にいたい、と思って』


 神獣だと正体を見破り、本音を明かされた後は、


『姫と親密な関係になっておけば、

 自分の受け持つ国を操作するのが簡単だからね』


 リタは神獣でありながら、国に干渉しようとしていたのだ。

 鑑賞だけじゃあ、飽き足らずに。


 手を出してはいけないという暗黙のルールは、リタの前では意味をなさなかった。

 ルールなど、守るタイプじゃないだろうし。


 ニャオを利用している事は、あらかじめ分かっていたけど、

 それでも奥底のところでは、ニャオを好きという愛情があった。


 だけど、今のリタにはそれがない。

 ニャオを回収すると言っている時点で、ニャオを物扱いしている。


「それが――あんたの本性かッ!」

「なんだ、鬱陶しく、小バエがわめいているな」


 べー、と垂れる舌は、長く、地面に触れるほど。

 一瞬の伸縮が多かったので、しっかりと見た事はなかったけど、

 垂れる舌は、はっきり言って、気持ち悪い。


 そして、その舌は鋭く、私に向かう。


 槍のように――、


 射出速度は弾丸にも劣らない。


「――もう、死ね」



 その舌は、塵のように消えたと思ったら、私の目の前にまで迫っていた。

 しかしその舌の鋭い先端は、私からずれた地面に突き刺さった。


 ……え?


 衝撃によって地面が崩れ、海水が侵入してくる。

 すぐに魔法でカランを引き寄せ、シャボン玉を作り、避難。


 海流に乗ってダンジョンからの脱出に成功した。

 何度かリタの攻撃が迫ったが、どうしてか、一発も当たらなかった。


 わざと……? 

 そんなわけない。

 じゃあ、どうして……。


『おいきなさい』


「え」


『姫を、守るのです』


 直接、頭に響く声に、

 思わず「はい」と返事をした。


 不思議と、強制力のある声。


「……もしかして、オーシャン?」


 彼女を思いながらも、私達はニャオの元へ急ぐ事にした。




「ぷはあ!」


 海面に出る寸前にシャボン玉が割れて焦ったけど、なんとか無事に戻ってこれた。

 意識を失ったカランを抱きしめながら、王城へ向かおうとしたけど、

 視線の先に、見覚えのある二人が――、


「ニャオ!? と、リタ!?」


 早い、早過ぎる! 

 いや、神獣なら、距離なんて関係ないのか。


 いきたいところにすぐにいけて、

 欲しいものを好きな時に自由に得ることができる。

 その名の通りに、神なのだから。


「リタ? どうしたの……?」


「ニャオ、僕と暮らそう。

 絶対に、幸せにしてあげるから」


 リタはニャオをお姫様抱っこしながら、浮遊し、王の離島から離れていく。

 その先にあるのは、二つの離島を越えて、神殿。


 そう、リタが住む場所――神獣の居場所だ。


「待って――ニャオっ! いかないでっっ!」


 魔法を使う事も忘れて、私は泳ぐ。

 だけど怪我をしている体じゃあ、速度が出なくて、

 カランに気を遣うとなると、まったく追いつけない。


 みるみる内にリタとニャオの姿が小さくなっていく。


「ま、って……」


 息を切らしながら追い縋るけど、足は限界を越え、

 手は指先まで力を失くし、浮いている事さえも満足にできなくなってくる。


 体力が、底をつきそうだった。


 ……遂には足も手も止まる。

 諦め、俯き、力の無さに悔んでいると――、


 もう小さくなって追いつけないと悟ってしまった……ニャオの。

 はっきりとした声が。


 その力強い言葉が、私の顔を上げさせた。



「いやだ。

 今のリタは、いつもと違う。

 違う人みたい。――今のリタの事は、嫌いだよ」



 直感。

 リタにベタ惚れだったニャオが、リタを突き放すような事を言ったのは、たぶん。


 姫としてなのか、友人としてなのかは分からないけど……。

 だってニャオは、事情をまったく知らないのだ。


 リタが神獣で、ニャオを利用しようとしてる事なんて。

 分からなくとも拒絶をしたのは、だから、本能的なもの。


 リタの瞳の先に映るのが、ニャオではなく、

 付随する権利だったと、感じ取った。


 見たのではなく。

 直観ではなく直感で。

 説明のできない、姫としての力で。


「……どいつも、こいつも」


 そして、呟いたリタの声も、はっきりと聞こえた。

 それだけ、周りが静かだったのもある。


「リ、タ……?」


「もういいよ。

 アルアミカも、カランも、ニャオも――僕の事を、邪魔して。

 なんかもう、いいや。鬱陶しくて、面倒くさいなあ……。

 整理するのに今あるものをどかして、パズルみたいに組み替えるのは怠い。

 だから、じゃあ、全部壊そうか」


 一からやり直そう、国ごと。


 ――そう言った。


「ばいばい、ニャオ。

 楽しかった。好きだったのは、本当だよ?」


 ぱっと、呆気なく、ニャオを離す。

 ……え? というニャオの声は、波の音にかき消され、


 着水した時の飛沫が、舞い上がる。

 水面から顔を出す。近づいた私と目が合った。


「アルアミカ、カラン……」

「ニャオ……」


 言葉が出ずに、互いの名前を言い合うだけで数分が経過し、

 やっと行動を起こせたのは、遠くから聞こえる轟音によってだ。


 背筋が凍るような、悪寒――、

 見ていないけど、迫る脅威を感じ取った。


「この感じ……」


 ニャオは目を見開き、信じられないものを見るように。


 しかし、私にはなにも見えないんだけど……。



「ラグナロク……『第二波セカンドラグナロク』が、くるっ!」



 それは過去、島を直撃しそうになった、大津波。


 ニャオの母親の自己犠牲によって回避した、大災害。


「……どうにかしなきゃ」


 そう呟いたニャオの体は、震えていた。

 寒さではない事は確かだった。


 恐怖……だけども、私達が感じるそれとは、たぶん、違う。

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