第27話 駒ゲーム

 ……リタの言葉で、思い出した。


 私はそもそも、ニャオのために、

 こいつを倒しにきたんじゃなかったっけ?


 なのになんで、怯えて、

 あまつさえ、カランをこうして怪我させて――、


 私は、今になってもまだ、闘志を燃やせないでいる?


「うん、大丈夫。治せる」


 治癒魔法をかける。

 苦しそうなカランの表情は、次第に穏やかなものになる。


 大丈夫、大丈夫……そう言い聞かせて。


 私は立ち上がる。


 服に映る文字が蠢く。

 頭の中に文章が形成される。


 流れる知識、浮かぶ方程式、描かれるイメージ――、


 クロスワード、アナグラム。ダブルミーニング。

 まるで無限に導き出される円周率のように、私の中の魔法が連結していく。


 冗談で天才と言われたわけじゃない。

 冗談で天災だと言われていたとしても、


 私の中にも、才能という血は流れてる。


 教えられ、見て、盗んで、愛されて――だからこそ。


「これが魔法使いってのを、見せてやる」


 ――そして、魅せてやる。




「魔法使いは、ただの駒なんだよ」


 将棋は知ってるでしょ? とあいつが言う。

 さては、カランとの会話を盗み聞きしてたな……。

 手の平に溜まっている、吐き出した血を握り潰し、倒れそうな体に喝を入れる。


 それで勝てるわけじゃないけど、

 勝てる気でいなくちゃ、勝てるものも勝てなくなる――!


「勝てないものはどう気持ちを持ったって、勝てないよ」


「うるさいわね。そうやって上から目線で見下していればいいでしょ。

 勝手にさ。足下をすくわれても知らないから」


「見下してるんだから、足下は見てるよ」


 そんな揚げ足を取りながら、


「でさ、将棋でもチェスでも、まあ、なんでもいいけど」

「麻雀でも?」

「それはちょっと違うから、連想しないで」


 一応、知っている、将棋をイメージする。


 盤も駒も、並んだ姿も……、


「想像できた?」

 私は頷く。


 ……こういった一動作も、地味に内臓系にダメージがあるんだけども、

 もしかしてそれを狙っているわけ? 

 だとしたらやる事が卑怯ってか、小さいっていうか……。


 神獣のくせに、おちょこみたいな器だ。


「僕にそうも敵意を見せてくるのは、君くらいなものだよね。

 神獣が怖くないの?」


「神獣は怖いわよ。

 当たり前でしょ。あんたが怖くないだけ」


 ちっともね! と強調する。


 しかしあいつはまったく心に響いた様子はなく、ふーん、面白いね、と。


 その笑いのセンスは分からない。


「せっかくだから、魔法使いと錬金術師がどうして不仲なのか、教えてあげようか?」


 将棋のたとえを持ち出したから、なんとなく予想はついてそうなものだけど。

 なんて、こっちの思考を読んだ上で、そういじわるな言葉を私に向けて。


 ……なんだ、分からない、と言えないじゃないか。

 そもそも将棋の事だって、私はそこまで詳しくはないと言うのに!


「ふん、ツモり……おおっと、間違えた。

 つまり、だった。ははあ、自然に将棋用語が出てしまったよ」


「不自然過ぎるし、君の言うそれは麻雀だ」


 実は知らないんでしょ……、

 見抜かれたので、「まあ、ね」と白状する。


「見抜いた上で聞いてるんだから……誤魔化さなくていいよ。

 顔が赤いけど、大丈夫?」


「うっさいわよ! いいから話せ、さっさと!」


 げほごほっ、と咳き込むと、さらに血が出てきた。

 さっきから普通に会話してるけど、

 魔法によって痛みを緩和させてるだけで、実際のダメージは致命的かもしれない。


 カランを貫いたあいつの舌を、あれから私は三発ほど、もろに体に喰らってる。


 魔法を使う暇なく、

 魅せてやるとか息巻いておきながら。


 殺されてはないけど、まさに瞬殺だった。


 既に思考は逃走へ切り替えている。

 勝つ事は無理だ……そもそも、神器を手に入れ、リタと向かい合うつもりで、それで対等に及ぶかどうかの見積もりだったのだ。


 ……それが、神器さえも取れないままなんて……、無理だ。

 不意打ちでない初撃を避けられなかった時点で、戦力差を痛感する。


 本当の激痛と共に。


「――そう思いながらも、密かに魔法を張っているところを見ると――、

 ふうん、まだ諦めてないようだね」


 ……っ、見抜かれてる。

 しかし、だからと言ってやめるわけにはいかない。


 やめたら、本当にゼロになる。

 十ではなく一ならまだ可能性がある。

 しかし一がゼロになったら、そこが終わりだ。


「えへへっ」

 無理やり、笑った。

 リタは気に入らなかったのか、軽い舌打ちをし、


「――ゲームをしてたんだ、オズとね」


 知っているだろう? 魔天鴟梟まてんしきょう――『オズ』。


 確か、学びの国の神獣だった気がするけど……。


 と、自分達で決めたくせに、覚えていないらしい。

 まあ、故郷でもない国の神獣まで、私だって覚えていなかったけど。


 リターンが蛙で、鴟梟は、ふくろう……、

 つまり、鳥。――あれ? 蛙は喰われちゃうんじゃ……。


「神獣に弱肉強食が通じるとでも? 

 別に、僕は蛇なんて怖くないよ」


 蛇の神獣も、確かいたはず。


「違う意味では怖いけどね。一応は先輩だし」


 神獣の中にも上下関係があるようで。


 結局、カーストが存在している事に、

 ああ、人間と一緒なんだなあって……、なんだか親近感。


 超常的な力を持ち、頂上的な存在であっても、人間大。


 距離がぐっと近づくと、

 なんだか恐怖ってのは、一瞬で消えるらしかった。


「なんだ、僕に恐怖してたんだ」

「そりゃあ……これだけ攻撃されれば」


 あんた自身ではなく、あんたの攻撃にね。


 部位的に言えば、

 舌に恐怖していただけで、あんたじゃないから!


「全然、認めないなあ」

 認めるもなにも、ねえ――なにもないよ。


「それで? 神獣もゲームで遊ぶのね」


「うん。だからさ、将棋でね」


「将棋……」


 戦争シミュレーションゲーム。


 俯瞰して、自分で動かせる戦。


 それを神獣二人は、現実でやろうと考えた。


「駒から作り、軍を作って、戦い合わせようってね。

 ただ将棋と違うのは、自由に動かせないってだけさ。

 駒を作り、成長させたら、あとは勝手にやってててねー、って感じで。

 僕らはただ見てるだけ――だからオズも、こうして見てるだけだと思うよ」


 だってそういうルールだし。

 ……なんて、お前は意外とアグレッシブに動いてるけど……。


「それはこのゲームに関してじゃないし」


 ……らしい。言い訳がましい。

 まあ、言い訳だろうとも、ともかく。


 つまり……、


「一ゲーム、相当長いよ……百年単位で考えてる」


 だから、百年戦争……だって?

 思わず、ちっ、と舌打ちが出た。

 私達を、駒だと思って……っ。


「まあまあ。もう分かった? 

 オズが用意した駒が魔法使い。

 僕が用意した駒が錬金術師。

 なんだか嫌悪感が出るのよねー、と思ったのなら、それは相手が対戦相手だからだよ。

 そういう風に作ったんだから、正常だよ。

 魔法使いと錬金術師は、戦うために生まれてきた――」


 存在価値は、駒でしかない――。

 捨て駒かどうかは、おいておいて。


「……生み出しておいて、殺す気で……」


「いや? 殺す気なんてないよ。

 勝負がついたらはい処分っ、なんて考えてない。

 基本的に放任主義なんだ。僕らが手を加える時代はもう過ぎてる……、

 君達は普通に暮らしてて全然いいんだよ。

 ――ただ、君らの子孫、もしかしたら今世代かもしれないけど……、

 また、いつか戦争が起こる。僕らはそれを待ってるだけさ」


 ゲームは一度だけではなく、

 何度も繰り返され、永遠に続く。


 物語のように。


 さて、不仲の理由は、これかな。


 ――リタは満足気に。

 私がそれを聞いて満足するとでも思っているのか。


 なんというか……、なんて言うのかな。

 ああ、上手い言葉が出てこないけど――、


 とにかく一つ言うとしたら、やっぱりこれしかなかった。


「――ふざけるな」


 人で遊ぶな――、人を、弄ぶな。


「人間は、おもちゃだよ」


 神獣にとっては、それくらいの存在だよ。


 ――だとしたら。


「一生、打ち解ける事はないわね」


 怒り? でも、呆れにも似てる。

 怒っているはずだけど、燃えるなにかが、私の中にはなかった。


 冷たい――、心底、冷え切った感覚。

 これ以上ないってくらいに、冷静だった。


 痛みが消し飛んで、たぶんそれはアドレナリンだろうけど……、

 じゃあつまり、怒ってはいるのかな。


 自分で自分が分からなかったけど、やるべき事だけは見えていた。


 リタの目が細められる。


 私から漏れ出す魔力を見たのだろう。

 無駄に地面に滴るそれを、訝しんで見ている。

 読みあぐねているのかもしれない。


 ――見ろ、私を見ろ!



「大魔法を、喰らいなさい」

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