第26話 オーシャン
「――それで、話を戻すけど、
ボックスのレプリカかもしれないって事……?」
「うん、まあ、そういう事。
魔法使いにしか起動できないわけだし、私じゃ本物か見分けがつかなくて」
だから偽物かもしれないけど、受け取ってくれる?
そんな、カランの申し訳なさそうな声。
偽物でも気にしないけどね。
手がかりがあっただけでもかなり進展があった。
今までは、手がかりがあってもほとんど噂程度だったから――、
失敗しても大きな前進だ。
「ありがと! じゃあ安くしとくね!」
「ええ!? お金とるの!?」
当たり前でしょー? と、そこはしっかりしてるカランだ。
……さすが。
最初から搾り尽くす気、満々だったらしい。
「いいけど、でも、あんまり高いと――」
ふと、言葉が途切れた。
ずんっ! と、シャボン玉が急激に降下した。
「っ!」
私とカランは身を寄せ合い、互いの手を掴み合い、握りしめる。
絶対に離さないように。
やがて、シャボン玉の形が、段々と崩れていく。
深海……、水圧が私達に牙を剥いてきた。
いくらゴムに似た性質の、強度があるシャボン玉とは言え……限界がある。
牙を剥かれたら、それこそ破れてしまう。
「アルアミカ……ッ!」
振動と、騒音と共に、カランの小さな声。
呻き声と一緒に聞こえた。
大丈夫、私は、天災の魔法使いなんだよ?
――そう言い聞かせる。
それはカランに言っているのか、途中から、自分に言っているのか……、分からなくなった。
「ああッ――」
意識を失う前、
覚えているのは裂けたシャボン玉と、私の手を離さない、カランの姿だった。
「――がはっ、ごはっ!」
目を開けるよりも先に水を吐き出す。
しょっぱい……っ、普通の水をたらふく飲みたい気分だった。
なんでもいいから口の中を綺麗に洗い流したい……っ。
落ち着いてから、ゆっくりと目を開ける。
――水色の石壁で作られた、円形の広間だった。
地面は透き通っており、水がたゆたうのが見える。
稚魚が数百と泳いでおり、白く光るサンゴや、緑色のクラゲが浮上していたり。
明かりが差し込んでおり、スポットライトみたいにところどころを照らしている。
神秘的に見えた。
カラフルな魚が大群となって石壁の向こう側を泳いでいるのが見える。
石壁ではあるんだけど、地面と同じく透き通っているため、
クリスタルみたいな、と言った方が伝わるかもしれない。
水色がかったガラス、とも。
「ここ、は……」
「海底ダンジョン、だと思うんだけど……」
カランだった。
私よりも先に起きて、どうやら辺りを探索していたらしいけど……、
どうやら成果はないらしい。
いや、成果はあったのかな。
この部屋しか存在しない、という結果を持ってきたのだから。
「出口も入口もないの。どうやって、私達はここに入ってきたんだろう?」
「いや、分からないけど……」
つまり密室……って事?
「そうなるね……やっぱり、アルアミカちゃんも――」
「覚えてない」
意識を失った後の事は、当然。
目が覚めて、カランを見つけて、今なんだから。
「そう、だよね……」
偶然? と、カランが私の背を見つめる。
「アルアミカちゃんは、なにもしていないんでしょ……?
ここって、きてもいいところなのかな?」
その思考回路は、相当なショートカットな気がする。
呟くカランの思考に追いつくためにも、カランの見ているものを一緒に見るべきだ。
私は振り向く――、そこには。
「……神器?」
分かる。
レプリカではなく、本物の輝き。
知識的な事でも、観察眼でもなくて、
直感で、本能で、それが紛い物ではない事を見抜いた。
自分でも驚く事に。
見つけて、驚いていないのだ。
それがここにあるのが当たり前のような――認識に。
介入されているような、感覚で。
「……綺麗で」
「美しくて」
「優雅で」
「壮大で――」
交互に呟かれる私とカランの感情。
最も大きなスポットライトに当たっている神器は、三又の槍だった。
全体は青色……そして長い数珠が絡まっている。
思わず見惚れてしまった私とカランは、瞬間、はっとする。
神器だけを見て狭まっていた視界が一気に広がり、
得る情報量の多さで意識を取り戻した。
二人で見合い、……どうする? と。
「どうするもなにも……、
アルアミカちゃんは、これが目的だったんじゃないの……?」
「う、うん、まあ」
実際、リタをやっつけてしまおう、という勢いだけの作戦だった。
ほとんどなにも考えてない。
いま考えたら、自分を過信し過ぎてる短絡思考だった。
まあ、今更ではあるけど。
そんなわけで、リタが己を神獣『リターン』だと言うのなら、
海底ダンジョンか、神殿にいるはず……。
神殿に直接、いくよりかは、ダンジョンの奥にある神器のレプリカでも貰っていけば、
ちょっとは優勢に戦えるかも、と思っていたのだけど……。
予想を段違いに越え、まさか本物の神器があるなんて……。
これがあれば、人間の姿をしたリタではなく、
神獣の姿をしたリターンにも勝てるかもしれない……。
私は神器が置いてある台座まで伸びる階段を、走って上る。
そして神器の目の前まできた。
手が伸びる。
輝く神器を掴もうとして、手が止まる。
……私は、相応しいのか?
濁流のように疑問が流れ込んでくる。
神器には意思があり、扱う者を認めなければ、
触れた者の体が耐えられず、命を落とすと言われている。
それに怯えたわけではないけど、とまでは言えないけど、
その程度なら私も覚悟を決めれば掴む事くらいはできる。
でも、そうじゃなくて。
命が惜しいのではなく、
この手で掴む事が、神器に申し訳がないんじゃないかって――。
強い拒絶が、私側から出ている。
「――必要なのに」
ニャオを救うために。
リタを倒すために、神器が必要なのに。
ここから出るためにも、神器の力を借りたいのに。
「手が出せない……っ」
掴もうと伸ばした手は、力なく落ちる。
「相応しくない」
ぬうっと、台座の目の前、
クリスタルのような石壁から現れたのは、金髪の少年――リタだった。
不意を突かれて言葉が出なかった私を、
今までに見た事のないような目で見下し、
「がッ……!」
私の体は、台座のある高所から、階段下の地面に突き飛ばされていた。
「アルアミカ!」
駆け寄ってくるカランに抱き起こされ、
時間が飛んだような認識に驚きを隠せなかった。
地面が割れ、亀裂を入れながら、凹んでいる。
体を動かすと、たったの数ミリでも、あちこちが悲鳴を上げる。
ただ突き飛ばされただけなのに……、
だけだからこそ、あいつの力が証明されたわけだ。
人間業じゃない。
だって、人間じゃないんだもの。
そんなリタが、階段をゆっくりと下りてくる。
「これに触れるな。君ら如きには、不釣り合いだ」
リタは私達を見下した後、振り向き、神器を見つめ、
「本来、この場に入れるわけがないんだけどね……、
一体、なにをした?」
なにを、した?
……なにも。
私達だって、訳が分からない。
「僕もだよ。『オーシャン』には、手を焼いてるんだ」
「……?」
「分からないならいいよ。
というか、分かるはずないか……。
――この国に、神器は一つも渡していないのだからね!」
リタが、舌を、べー、と出す。
子供に似合った綺麗で小さな舌だけど――見えなかった。
瞬間、ばちん! と、
鞭を叩き付けたような音がした後、
私を庇って体を乗り出したカランが――撃ち抜かれた。
私と向かい合うカランの胸から、リタの舌が見える。
そのまま私の体を突き破るかと思いきや――がしぃ! と、カランがその舌を掴んだ。
ぎゅう、と握りしめるが、
唾液がぬめり、カランの握力を無視して、するり、とすり抜ける。
血を吐き、カランが前のめりに倒れ、
私が支える頃には、リタの舌はあいつの元に帰っていた。
舌なめずり。
唇を数回、湿らせる。
「ああ、鉄の味……」
カランの血を、咀嚼する。
「あ、ああ……っ」
ねえ、カラン?
ねえ、起きてよ、起きてってば。
もう、朝だよ? いや分かんないけど、
でも、起きてくれないとさ、困っちゃうよ――ねえ、ねえ――っ!
「カラン!」
「僕とニャオに、これ以上、絡むな、魔法使い」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます