第25話 ボックスorレプリカ
魔法によって生み出した、緑色の光のおかげで、カランの顔もよく見える。
「ダウンカレントが、国の名前の由来なの?」
『タウンカレント』が国の名前。
似ていたので気になった。
似ているというか、ほとんど一緒だ。
「そうだと思うよー。はっきりとはしていないけどね。
王の離島の周り、昔はダウンカレントばっかりだったみたい」
ダウンカレント……、
実際、海に潜って出会ってみないと分からない現象で、ようするに、
深海に引っ張られる事を言う。
こう、大きな指先で足首をつままれて、
えいっ、て、下に持っていかれる感じ……なのが、私の勝手なイメージ。
この国の人でも、
一度つままれてしまうと中々抜け出せないくらいの強力な海流らしくて、
毎年、必ず被害が出てしまう。
観光客に多いというデータもあるのだ。
「まあ、国民はダウンカレントがどこにあるのか知ってるしねー。
だから近づかないようにしてるの。
けど、観光客は知らずに潜ったりしちゃうから……、だから、海って怖いよ」
空の方が全然、気持ち良いよ、とカラン。
うーん、私としては、どっちもどっちだと思うけど。
空も空で、落ちたら止まれないし。
「ん、アルアミカちゃん、もうちょっと足、私のお尻の下に……」
「えっと、こう?」
足をぐりぐり、カランのお尻の下に潜り込ませると、
そんな私の足の甲にカランが乗ってきた。
「うん、快適」
……いや、私は全然、快適じゃないんだけど……。
シャボン玉をお尻に敷いた方が気持ち良いと思うけど……、クッションみたいなのに。
「こっちの方が落ち着くの。
アルアミカちゃんの、温もりを感じられて」
「そ、そう……じゃあ、いいけど」
狭い中、二人で入るとほぼ密着しているような体勢になる。
股を開いて、向かい合わせになって。
体格が年齢に合わず小さいから、まあ、功を奏したと言えるけど。
しかし、ギリギリに入ってしまうなら、「体が大きくて入れないから、二つに分けよう」ってなった方が良かったんじゃないかなー、と、思う。
じゃあ今も、分ければいいのに、とも思うけど。
なんだろう、意地なのかな……。
入れるのにわざわざ二つに分けるのも……、いや、誤魔化すのはやめよう。
私だって――。
「ん?」
ううん、と首を左右に振る。
――私だって、心細くて。
カランと一緒に、いたかったから。
狭い空間で密着するように、相手の体温を感じていたいから。
「ボックス、だっけ?」
え? と聞き返すと、カランが指で四角を作る。
「ボックスだよ。
魔法使いにしか起動できない、欠けたルービックキューブみたいな」
「ルービックキューブが分からないわよ」
キューブって言っているから、立方体的ものなのだと思うけど。
「市販されてるパズルのおもちゃだよ。
3×3の9つの四角形を合わせて、一面が全部で六つ。
六面、それぞれ色がついているんだけど、パズルだからぐちゃぐちゃに色をまぜてるの。
で、それを一面の中の九つの小さな面を、
縦と横にスライドさせて、色を完成させるんだけど――」
「?」
「まあ、口で言っても分からないよね。
このおもちゃって有名だと思ったんだけどなー。
共通認識だから改めて説明すると難しいね。
バラバラになっている色を揃えるパズルのおもちゃだよ、で分かる?」
「まあ、なんとなく」
あ、私、持ってるから後であげるね、と、知らぬ間に決まっていた。
おもちゃ、ね。
そう言えばそういう娯楽に縁なんてなかったなー。
魔法使い専用の四角いキューブを追い求めてばかりだったし、
小さな頃はずっと魔法漬けだったし。
そんなおもちゃよりも、魔法を使って遊んでる方が断然、楽しかったから。
「カランはそういうの、詳しかったりするの?」
「アルアミカちゃん~? これでも私は商人なんだからね?
いろんな国を回ってきたの。たくさん知ってるに決まってるじゃない!」
売ってる商品が曰く付きって言うか、
見る人によっては価値あるものでも、大抵の人からしたらゴミにしか……、
とにかく、得体の知れない商品を売っているカランだから、心配だ。
カランの言うものを常識だとは思わないようにしよう……。
「じゃあ、他にどんなおもちゃがあるの?
みんなでわいわい遊べるようなものって」
「うーん、タルにおじさんを閉じ込めて、剣でぶっ刺していくのがあるよ」
「残酷だ!?」
そういう拷問なら聞いた事があるけど、
そういう事じゃなくて、あくまでも遊びの範囲内で!?
あくまでも遊びっていうか、悪魔だよ!
一生、引きずる悪夢になる!
「あ、違う違う、誤解しないでよね」
なあんだ、誤解だったんだ……、なら良かった。
でも、聞いている限りじゃあ、誤解した以外の解釈のしようはあるの?
「たぶん、アルアミカちゃんが想像したサイズよりも、全然小さいよ」
「サイズの問題じゃなくない!?」
たとえば小人だったとして、やる事が変わらないなら悪夢だよ!
やり過ぎだよ、とか、そういうレベルじゃなく、やるな。
遊びでも、遊びじゃなくてもやっちゃいけない。
あと、細かいだろうけど、ぶっ刺すとか言うな。
「お刺しになる、とか?」
「うん、それならいいかな」
「判断が分からないけど……」
これじゃあ、将棋するみたいな言い方だよね、と。
うむ、将棋はなんとなく分かる。
しかし、となるとお指しになる方がしっくりくるんじゃない?
「将棋は、確か……、
駒っていうのを指したら、手元の時計のスイッチを押すんだよね」
「なぜそこをピックアップするの……?」
間違ってはいないけど、と納得のいかなさそうなカランだった。
やっぱり、カランが当たり前に知っていて、
私が知らないものを説明されても、ぴんとこないなあ。
でもそれは、私が魔法の説明をカランにしたのと同じ感覚だろう。
普通の人からしたら、魔法使いの当たり前なんて、常識外の事だし。
「でも、私は知ってるよ、魔法使いの事」
もちろん、アルアミカちゃんよりは詳しくないけどね――と。
そりゃあ、私よりも詳しかったらショックだよ。
これでも必死に勉強したんだから。
遊びもせずに。
……まあそれは、こっちの方が楽しかったからだけど。
がまんしたわけじゃない。
逆に、わがままを通して魔法を勉強してた。
末っ子からしたら、すぐにでも追いつきたかったのだ。
お姉ちゃんや、兄貴に。
「それで、今は修行中なの?」
「そ。お祖母ちゃん……師匠の課題でね。ボックスを見つけ――」
そこで、そう言えば、と気づく。
おもちゃの話題になったのも、きっかけはボックスの話だった――。
カランが、ボックスと口にしたのだ。
「そうだっけ?」
「そうだった!」
狭い空間でぐいっと近寄ると、空間が圧迫されて息苦しい。
二人で一つのシャボン玉だから、酸素の量も単純に二倍消費する事になって、
あんまり興奮したりすると呼吸も荒くなるから、減りが早くなってしまう。
あとは顔が近づき、熱も相まって、苦しく感じる。
「アルアミカ、ちゃん……一旦、離れて」
……そうだね、とシャボン玉に背中を預ける。
落ち着いて、話を戻そう。
「もしかしてだけど……」
期待に胸を膨らませ……、と言うと、
カランが私の胸を見て、目を逸らす。
そういう意味で言ったんじゃないやい!
「冗談だってば」
嘘だ……っ、いま、現実を見せたんだ……!
ともかく、腕組みをして、「その貧相な」胸を隠し――、
「あの、私の心の中に入ってこないで」
「いいよ、続けて」
ぐぬぬ、
もしかしたら、の可能性を考えると、あんまりカランのご機嫌を損ねるのもなあ、という思いがあって、なかなか、反撃が出来なかった。
たぶん、カランもそれを感じて私をちょっといじってるんだと思う。
いつもいじられてるから、私で発散してるんだ……。
小っちゃいなー。
見た目と一緒で。
そう考えたら気持ちがふっと軽くなったので、冷静になれた。
「もしかして、ボックスを持ってるの?」
「期待させて悪いけど、『もしかしたら』だよ?
ほら、ボックスって魔法使いに高く売れるらしいじゃない?
それで、レプリカを作る人たちがいるんだよ」
……一人の顔が思い浮かんだけど。
はっとしたカランが慌てて、
「いやっ、ティカじゃないよ!?」
「それは分かるよ。
あれは、魔法使いを嫌っても、直接どうにかしようって感じじゃないでしょ。
そりゃ、出会ったら嫌味の一つでも言うだろうけど、自分からは関わらないだろうし」
もちろん、中には好戦的な錬金術師だっているだろうけど、
私はあんまり出会わないから、実際どうなのか。
錬金術師に直接、出会ったのは、ティカが初めてだから。
「……やっぱり嫌いなんだ、ティカの事。いや、錬金術師の事――。
真相は知らないけどさ……、どうしても、ダメなの?
錬金術師を抜きにして、それでもティカの事、嫌い?」
……人のために、カランはそこまで、必死になれる。
羨ましいなと思った……、カランも、ティカも。
別に、ティカ自身の性格が嫌いってわけじゃない。
なんだかんだと喧嘩しながらも、一緒にニャオの部屋で夜を明かした。
嫌味を言い合ったりしても、ちゃんと会話をした――、
致命的に仲良くなれないわけじゃない。
でも、やっぱり仕方ない事なんだと思う。
魔法使いと錬金術師はそういうものだから。
本能的に、嫌いで、敵だと訴えてくる。
ティカは関係なく、
錬金術師というだけで、相手が誰であろうとも嫌悪感が出てきてしまう。
ティカと仲良くなる事を断るとしたら、嫌いだからなのではなく、
これ以上、一緒にいたら、いつ破滅させてしまうか分からないから。
それぞれがそれぞれ、強力な力を持っているのだから、破滅するのは周りかもしれない。
私とティカの大喧嘩に、ニャオやカランを巻き込めないでしょ?
「どうして、魔法使いと、錬金術師だけが、そんな目に……」
さあね。
神獣にでも聞いてよ。
――リタにでも聞いてよ。
だから私は、あいつが嫌いなのよ。
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