第29話 幕間

「二日ですね」


 それは、カランが命を維持するための努力の時間なのか、

 それとも、島が破壊されるまでのタイムリミットなのか……。


「後者です。カランの方は、アルアミカが応急処置をしたおかげで、安静にしていればまともに動けるようになるでしょうね。ただ、やはりこれからの努力次第ですが……」


 リタの舌で体を一突きにされただけ、にしては、大げさなダメージではあるが。

 しかし私と違って、ニャオと違って、活発な女の子じゃなかった。

 ペンと紙を使って売り上げ計算をするような、トーク力と勘を駆使して生活する、

 頭脳労働タイプ……、体が丈夫な方ではない。


 もしも、外側が丈夫だったとしても、内側は分からない。

 ――精神的なものも含めれば。

 悩みを持たない私やニャオじゃあ分からない、

 積み重なったストレスがカランをさらに追い詰めたって事もあり得る。


「悩みがなさそうって……」

「あるの?」


 ないけどね……、と椅子に座って、考え込むように頷くニャオ。

 さすがに、いつもみたいにテンション高く否定はしてこない。

 ぎゅうっと握られた拳は、太ももの上で止まったままだった。


 なにを考えてる? 

 聞かなくとも、目には見えずとも、音で危機が感じられる。

 大津波の事だろうと分かった。


 まだ国民には知らせていない。

 だけども、勘の良い人が、過去に起きた『第一波ファーストラグナロク』と似ている事を看破し、それが人づてに、拡散されていた。


 ほとんどの国民が、危機的状況だと分かっている。


「……ええ、分かりました、いま行きますよ」


 カランが眠るベッドの近くには、私と、ニャオと、ウスタ……。

 扉がこんこん、とノックされ、

 おずおずと顔を出したのは、メイドさんの一人だった。


 ウスタを手招きし、控えめな瞳が私と合う。


 お辞儀をされたけど、返す余裕なんてなくて。

 視線を逸らして、カランの手を握る。

 こんな時でも被り物は脱がずに、というか、脱げないのか。


 呪いのアイテム。

 魔法使いの私なら、解呪くらいはできるけど、カランはそれを嫌がる。


 トレードマークなんだ、と、嬉しそうに言っていた。


 その時の笑顔を、思い出す。


「ニャオーラ姫、国民の方に事情を話しますが、一緒にきますか?」

「わたし……いってもいいの?」

「もちろん――あなたは、姫なのですよ?」


 ニャオは俯きながら、うん、と頷く。


「いく。みんなの顔を、しっかりと見たい」


「ニャオ」


 私は思わず、声をかけてしまった。

 だって、今のニャオの顔は……。


「思い詰めちゃダメよ。詰めて閉ざしちゃダメ――、

 なんでも、相談して、吐き出しなさい」


「死にそうな今のアルアミカに言われたくないよ。

 ……でも、うん、分かった」


 ありがと、そう言って、ニャオはウスタと共に部屋を出た。


 死にそうな顔、か。

 あれ? 大魔法使いアルアミカ様は、もしかして凹んでる?


 偉そうな事を言えたのは、実際に偉かったから。

 勝ち誇っていたのは、負けた事がなかったから。


 魔法使いは最強だと信じていた。

 同じく魔法使いである兄貴やお姉ちゃんに勝てなかったのは、

 二人も魔法使いだから仕方ないよね、と思っていたから。


 ……今回は、相手が神獣だったのなら、まあ、仕方ない結果なのかもしれないけどさ。

 魔法使い以外に負けたって事実が、ショックだった。


 なめた事かもしれないけど、敗北を知らなかった。


 友達を失いそうになるこんな気持ちを、感じた事がなかった。


「悔しい……っ」


 そして、怖い。

 カランからの、握り返してくる強さがないのが、なによりも。



 私も部屋を出る。

 外はまるで嵐の前のような静けさだ……、空は暗く、無風。


 それから私は砂浜にやってきた。

 魔法は使わず、歩いてきた。


 散歩だよ。ちょっと、考え事と、覚悟を決めるため。

 時間が欲しかったのだ。

 ただ、そんな距離もないので、時間はちょっとしかなかったけど、充分だった。


 実際、考え事なんてしていない。

 全ては出る前から準備万端で、相手に時間を与えるためだ。


 整理が必要なのは、向こうも同じだろうから。


「……きたわよ、ティカ」

「ええ。くるとは思わなかったけど」


「カランがああなったのは、私のせい。私が一緒にいながら、守れなかったせい。

 ……だから、こなくちゃいけなかった。

 あんたと二人きりでこうして向き合わなくちゃいけなかった――」


 神器、レプリカ・プラスアルファ。

 それがどこの国の神器なのかは予想もつかないけど、タイプは分かる。


 大槌おおづち

 本物には劣るけど、それでも充分な威力を発揮する大槌を、浜辺に引きずりながら。


 ティカがいる。

 激昂するわけじゃなく、かと言って泣き叫ぶでもなく、

 それは今の気候と合わせて、静か過ぎて、無に近い。


「ああ、うん。なんか、泣き過ぎて、叫び過ぎて、怒り過ぎて、疲れちゃったみたい。

 とりあえず、思い切り殴らせてくれればいいから。うん。いいよね? 文句ある?」


 目を瞑って、ゆっくりと開けて、答える。


「ないよ」

「うん。じゃあ、遠慮なく」


 ティカの過去なんて知らないし、カランとの出会いなんかも知らないし、言ってしまえばティカの事なんてこれっぽっちも知らない。

 錬金術師ってだけで、ティカって名前って事を、知っているだけ。


 内心を隠して、上っ面の優等生を演じている、性格の悪い女ってのは分かるけど。

 それだって作り物かもしれない。

 ティカがどういう人間なのか、触れ合った時間の短さでは、到底、理解なんてできない。


 敵意を向け合い喧嘩をし続け、

 ろくに分かり合おうともしなかったのだから当たり前だ。


 そして、この関係はずっと変わらないんだろう。

 いがみ合い続け、そして、いつかは神獣が望んだ通りに、

 私達は全面戦争でも始めるのかもしれない。


 ……あ、そう言えば。

 あいつから聞いた、ことの真相を、ティカに話しておくべきか……、

 思ったけども、教えてやらない事にした。


 知ったからって、どうなるわけじゃないし。

 結局、仲良くなろうと歩み寄っても、嫌悪感は絶対になくならない。

 悲しくなるだけだ。

 理由は知らずにそういうものだって、諦めてしまっている方が楽だろう。


 今までと、なにも変わらないだけだし。



 そういうわけで――じゃ、あとはよろしく。


 ニャオの事を、助けてあげて。


 振るわれた大槌が、私の体を打ち砕く。


 ――最後まで、覚悟だけは砕かれずに。

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