第23話 二度目の大喧嘩

 ――と、私達を指差しながら、

 ほうきを持ったカランが扉から出てくる(ここは庭の中でも目立たないところで、穴場のスポットなのだとニャオが言う。だからこそ、掃除用具入れや倉庫などが置いてあり、メイドの仕事中であるカランがこの場に現れたのだろう)。


 カランは中々、メイドの姿が似合ってるわね……。

 純白のエプロン、繋がってる長いスカート。

 汚れや埃をつけず、カランはもしかしたら、こういうのが得意なのかもしれない。


「げっ」

 そして、後に続いて出てきたのは、錬金術師。


 こっちは埃がいくつかあり、しかも水に濡れていて、

 不器用だなあ、と一瞬で分かる姿だった。


 ……げっ、なのは、こっちだよ。


 タイミングが悪いなあ……、次から次へと。

 しかしまあ、ついでだし、全員、まとめて誤解を解いておくのもいいかな。


 あとあと、錬金術師と二人きりで説明になっても困るしね。

 そうなる予感がしたら、たぶん、教えないと思うけど。


 カラン達は掃除用具をしまって、こっちに近寄ってくる。


「またサボってる……、もうサボらないって言ったのに」


「サボってないってば! ……これは、そう! 気分転換」


「メインが気分転換にならなきゃいいけど……」


 それで? と錬金術師が私を見る。

 私も、まあサボってはいるんだけど(厳密に言えば、仕事を貰っていないので、サボりとは言わない。休みみたいなものではある。許可は取ってないけど)、

 そこはスルーされ、話ってのは? と、そっちに触れられた。


 敏感にも、私の表情を見て思考を言い当てる。

 あんたは私のニート兄貴か。


 切り出すタイミングを探す手間が省けたので、ありがたく乗っかる。


「ウスタの事なんだけど……」



 昨日の夜に考えていたウスタの本性は誤解だったんだよ、とみんなに伝える。

 しかし、話し終わっても全員が浮かない顔をしていた。

 ……なんで? ウスタは敵じゃなくて、味方なのに。


「ねえ、アルアミカちゃん……」

「あなたが騙されてるって話もあり得るわけだけど」


 ――そこのところは?


 錬金術師はあくまでも私の話を信じないつもりらしい。

 どうにか穴を見つけ出そうと必死な様子。

 ……まったく、みにくいやつめ。


「本人から聞いたし、直接、目を見て話してる。

 騙す気があるなら、なんとなく分かるものよ」


「どうかしらね……、

 相手の言う事をそのまま鵜呑うのみにするのもどうかと思う」


 もし、これが第三者の言葉だろうと、

 間接的な本人からの言葉(たとえば手紙とか、メッセージ動画とか)だろうが、

 同じように『本人以外の言葉は信用ならない』と言うのだろう。


 結局、嘘をついているという方向に持っていきたいのだ。

 分かってる、そうやって私の意見を潰したいのは分かるのよ、錬金術師。


 でも、今回ばかりは押し通させてもらうわ。

 これで敵とされてしまったら、いくらなんでもウスタが可哀想じゃないか!


「ウスタが、そう促してるのかもしれない……」

 そんな言葉を、ニャオから聞いた。


 一番、彼の言葉を信じるべきニャオが。

 さらにウスタを突き放そうと、矛を突きつける。


 なん、で……?

 どうして私の言葉を信じてくれないの!?


「信じてないのはウスタの方だけど……」


 まあ、あなたの言葉もそうね。


 錬金術師が言うと、客観的な意見なのか私怨なのか分からない。

 私が嫌いだから、そう言っているのかもしれないという偏りがあるのだけど……。


 カランはなにも言わなかった。

 さすが中立。否定も、肯定もしなかった。


 だからフォローもしてくれず、

 私ひとりの、孤独な戦いになってしまっている。


「ニャオ! 昔から、ウスタは優しかったんでしょ!? 

 今も変わらず、ウスタはニャオの事を想ってくれてるの。

 ちょっと歪んで、異常なところもあるけど、根底にあるのは愛情なのよ!」


「殴る事が、愛情なの?」


 ニャオは顔を伏せる……。

 殴られ……、え?


 聞こうとすると、ニャオはぷいっと顔を逸らしてしまった。

 思い出したくないくらいの壮絶なものだったのだろうか……。


「うん、ちょっとね。

 やり過ぎだとは、私もティカも、先輩メイドさん達も思ってたんだけど――」


 カランが詳細を説明してくれた。

 サボらず早く課題を終わらせようと、ニャオは課題をテキトーにこなしていた。


 それに気づいたウスタが、グーで(!?)、ニャオの頬を殴った。

 過剰とも言える教育的指導。

 見たところ外傷はなさそうだけど、心の方には大きな傷ができた。


「もう、やだよ……」


 あの野郎……、

 悪癖が出てるじゃないか……。


 というか、そういう事があったなら、さっき言ってくれればいいのに。

 確かに、自分の失敗談を語るのは勇気がいるけど! 

 数年も前の事なら話しても大丈夫なくせに。


 それは、数年の前の話だから?


「で、でも! それはニャオがテキトーに課題をやっちゃったからで――」


「アルアミカは――なんなの?」


 鬱陶しそうな、ニャオの瞳が私を射抜く。


 なんなの? 

 苛立ちが混ざっている言葉には、棘と敵意が含まれている。

 目に見える、亀裂が、イメージとして浮かび上がる。


「なん、なのっ、て――」

「一生、私の味方でいてくれるって――そう言ってくれたのにッ!」


 あれは嘘だったの!?

 リタと別れろと言ったりさ、わたしを追い詰めるのが、そんなに楽しい!?


 ニャオの叫びが響く。


 違う、そんなことなくて、

 全部が全部、ニャオのためなのに――どうして。


「信じて! ニャオっ、私はニャオのためを想って!」


「押しつけがましい。

 ……いらない善意を貰っても、邪魔なだけなんだよ」


「ニャオちゃん! 言い過ぎっ!」

 カランが中立のところから、ちょっと私寄りに。


 けれど、いまさら寄ってくれたって、戦況は大きくは変わらない。

 どうしようもなく、悪化してる。


「もういいっ。アルアミカなんて、知らない!」


「待って! 待ちなさいよ、ニャオ!」


「痛いっ! 離して、離してよ! 助けて――リタ!」


 瞬間、


 私の手が、電流に触った時のように、ニャオの手から弾かれ、

 ――自分の体がニャオから遠ざかる。


 まるで、瞬間移動でもしたかのような……、

 それくらい、移動の際の景色の過程が、

 流れるのではなく、チャンネルを変えたようだった。


 ぱぱっと変わった。


「わ、わわっ!?」


 離島から離れ、海の真上。

 足場をなくした私の体は、重力に引っ張られて真下へ落ちる。


 魔法で回避する術はいくつも浮かんだ。

 けれど、いっそのことこのまま沈んで、色々と洗い流したいと思った。


 だから浮かんだ対策も全て消して、ひたすら沈む。

 冷たい海に包まれるように、大きな海の腕に抱かれるように。


 私は、眠ろうと思った。



「うわっ、ほんとに眠ってたなんて……」


 日は沈み、月明りが海面に映っている。

 掴もうとしても反射している像が波紋によってぶれるだけ。


 触れるわけがなかった。

 ……月にはね。水には触れてるけど。

 ああ、水しか触ってないな。


 昼間は焼けるほどに暑いのに、どうして夜はこうも寒いのか。

 雪国に比べたら、比べるのもおこがましいレベルの差になっちゃうけども。

 ギャップのせいで、より寒く感じる。


 だって薄着だし。

 ずっと海に浸かっていたから、服も濡れて、体温が奪われてる。


 浜辺に上がって、大の字に寝転がる。

 このまま……、寝るには、既に睡眠が充分過ぎた。

 けど、起きてする事もないし、モチベーションが上がらない。


 あーあ。


 結局、誤解は解けなかった。


 ニャオを助けたくて、忠告したり、誤解を解こうとしたりしているのに。

 なんで、こんな目に遭うんだろう……、ついてない。

 もしかしたら、死神が憑いてるのかもしれない。


「ニャオにとって、私は、邪魔でしかないのかな……」


「そんな事ないよ」


 足音と共に。

 私の隣に腰を下ろしたのは、頭に怪しげな王冠を乗せた、カランだった。

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