第22話 三角関係

「くくっ、私が王座を狙っているですって……? バカですね」


 ニャオーラ様くらいバカですね、とウスタが笑う。


 バカと言われた事を責めようかと思ったけど、

 それよりも、あんたがニャオをバカ呼ばわりするのはダメなんじゃ……。


「いいのですよ、あれは家族みたいなものですし」


『あれ』呼ばわりされ始めた……! 

 なんだ、ニャオとウスタって、どんな関係なの?


「おかしな事はないですが。保護者役と、子供です」


「……じゃあ、ニャオの下着の匂いを嗅いでいたり、ノートに成長記録とか、プロフィールとか、一日の行動を追って書いていたのは……」


「? 成長の記録ですよ。匂いを嗅いだのは、体調を知るためです。

 昔から一緒ですからね、ニャオーラ様の匂いは覚えて、染みついています。

 いつもの匂いと違うと気づけば、体調に異変がある場合が多いのですよ」


 もちろん、なんて事ない時もありますが、大体は風邪を引いていたりしますね――と。

 そんな変態的な絵面でも、ちょっと医療っぽい感じに聞こえてしまうのが、まじめ人間のウスタだからこそか。


 それにしても、ニャオも風邪を引くのね。

 引かないタイプに見えるのに。


「言わんとしている事はなんとなく。……あなたは失礼ですね」


「あんたに言われたくない……」

 それはお互いさまだと思うけど。


「ニャオーラ様は昔から心配をかけないように、体調が悪くても隠すのですよ。

 そして、後々、症状が悪化し、大きくなり、数週間も苦しむ事になる。

 まったく、自業自得ですが、不幸なのですよ」


「心配かけないようにと言うよりは、遊びたいからじゃない?」


 ニャオならきっとそうだ。


「まあ、そうでしょうけど。その方が美談に聞こえませんか?」


 確かに、と同意すると、ウスタも笑う。

 ……なんだ、話せるじゃん。


 異常な執着から変態性が見え、墓の下から白骨死体を持ち出すという狂気的な一面を持っているから、心のない、いかれた野郎かと思ってしまっていたけど――、

 なんだ、向かい合ってみれば、普通の人だ。


 偏見が異常過ぎるから、

 それと比較すれば、なんとか普通の人と言えるレベルだ。


 フィルターを無くして見たウスタも、充分におかしいけども。


「それにしても、気づきませんでしたが、

 私の部屋に侵入していたのがあなただったとは」


「うん? いや私と――」


 咄嗟に口を閉じる。

 ニャオの事は、言わないでおこう。


「私と? なんですか?」


 ……ここから、『一人だった』と言うのは無理そうだったので、

 咄嗟に、「……ティカよ」と口から出た。


「私とティカで侵入した。悪いとは思ったけど。

 それで、その……引き出しの中なんだけど」


 よし、このままあらゆる悪事をティカのせいにしてしまえ、と決めると、

 すらすらと口が動く動く。


 舌が気持ち良いくらいに、回る回る。


「ああ、なるほど。見てしまいましたか」


 ニャオの母親の白骨死体。

 これをビン詰めにして保管しているのも、なにか納得できるような理由があるのだろう。


 ここを通過できれば、ウスタという人間を『危険なし』と判断できる。


 ウスタは似合わず、恥ずかしがりながら、頬を掻く。


「好きだったのです、昔から――彼女の事が」


「は?」

 ……好きだった? ニャオの、母親の事が?


 先代の王の側近をしながら、

 ニャオの母親が好きって、え――不倫関係!?


「いえいえ、そんなドロドロではありませんよ。

 不倫関係ではなく、誰も結婚していない時期の、三角関係でしょうか。

 幼少の頃に、あいつ……先代の王と、同じ人を好きになったのです」


 まあ、色々とあって結局、彼女はあいつと結ばれましたが……、と懐かしむように。


 じゃ、じゃあ、白骨死体を保管しているのは……、


「好きだから、持ってきちゃったの……?」


 墓を、掘り起こして。


「いえ、さすがにそれは冒涜ですからね、コピーですよ。

 身長、体重、僅かな骨の欠損部分、硬さ……、

 全て細かく調べてありましたから。復元するのは難しくなかったです」


 簡単でもありませんが、と。

 ……いやいや、普通はそこまで情報収集しないから。


「異常だとは自覚していますよ。けど、やめられないのです。

 好きなものの事は、とことん調べる性格なので。

 物も、者も……。

 まあその異常さが際立ってしまい、彼女には振られましたが。

 そんな私を正してくれたのが、先代の王なのです」


「……ふーん。ちょっと興味あるかも」


「つまらない話です。聞いたら分かりますけど、ずっと私は悪者ですからね。

 独占欲が強く、愛するほど、自分色に染め上げたくなる。

 傷つけ、修復したくなる。

 ……虐待の日々でしたから。

 それを私自身、当たり前の事だと思っていますから、ただただ胸糞悪いだけですよ」


 己の恥を掘り下げないでください。

 そう言ったウスタの横顔には、後悔が染みついていた。


「今は?」


 ――え? とウスタが私を見る。


「まさか、ニャオに暴力を振るったりは……」


「しないようにしています。ですが、たまに、手が出てしまう事はありますよ。

 万が一、してしまった日は、手に釘を打ち込みます。

 それでチャラになるわけではありませんが、罰しているのです」


 意外かもしれませんが、私には自制心があまりないのでね。

 ……それは本当に意外だ。自制の塊だと思っていたのに。


「じゃあウスタは、ニャオの事が好き過ぎて、自分色に染めようとかは思ってないわけ?」


「思っていませんよ、それだけは。

 でも、立派な姫様にはなって欲しいと思っています。

 ですから、王が生前に残した教育を基にして、ニャオーラ様には接しています。

 少々、厳しいかもしれませんが……、ニャオーラ様のためです。

 なんだか、言い訳に聞こえてしまいますがね」


「じゃあ、最後にこれだけ」


 ウスタの事はなんとなく分かった。

 敵か、味方か。この質問で、私は答えを出す。


「あなたの口から直接、聞きたい――ニャオの事を、どう思ってるの?」


「大好きですよ。

 壊したいくらいに。

 傷一つ、つけたくないくらいに」


 家族として。

 歪んでいても、それは親から子へ向ける、愛情だった。


 うん、分かった。

 頷き、私はウスタに背を向けた。


 勉強しているであろう、ニャオの部屋へ向かう。


 ウスタは敵じゃない、王座も狙ってなんかいない。

 誰よりもニャオの事を考え、悩んでくれている、たった一人の家族だよ。



「ニャオ―!」と部屋に飛び込む。


 黙々と勉強……は、してないとは思っていたけど、

 まさか昼間から布団を被って寝ているとは思わなかった。


 膨らんだ掛け布団をつつく……反応がなかった。


「もしかして――」

 ばばっと布団を取ると、中にあったのは大きな人形だった。


 部屋にニャオの姿はない。

 机の先の窓が開いてる事に気づいて……、

 これはまず最初に気づくべきだった。


 というか、まず最初に抜け出している事を考えるべきだった……。


 ニャオが真面目に勉強をしているわけがないのに。


「よっこら」

 窓から見える景色を探す。


 うーん、方向的に海くらいしか見えない。

 町の方も見えるけど、角度がきついな。


 体を外に出して浮遊する。

 魔法で強化した瞳を使って遠くを探すけど、ニャオの姿はない。


 水中にいたらさすがに見つけられないけど(見えるものを視ているため、見えないものは視えないのだ)……。


 っと、そういうわけじゃなかったらしい。

 ニャオは王城の中庭にいた。


 灯台下暗しだった。


「ニャオ―!」と叫びながら近づく。


 すると、憎き、見慣れてしまった金髪が視界に入る。


 ……太陽の反射で眩しいわっ、バカ!


「……なにしてるわけ?」

「あれ? アルアミカだっ」


 どーしたのー? と彼女は上機嫌。

 ハイテンションで私の元へ駆け寄ってくるニャオ。


 そんな嬉しそうな笑顔、見た事がないんだけど……。

 それを引き出しているのがリタだと思うと、ムカつく!


「やあ。そっちの手伝いは終わったのかな?」


 やっぱり、アルアミカとリタは知り合いなの? と、ニャオが疑問符を浮かべる。

 私が返事するよりも早く、

 リタが「まあね」と返答したので、私は沈黙する。


 さすがに詳細までは語らないリタだ。


 知り合いじゃないよ、敵だよ、敵。

 私のターゲットであり、つまりは、的なのだ。


「さっきまで芝生の上でごろごろしててね、いま、ちょうど終わったところなんだ。

 次はなにをしようかなー、と相談してたのさ。アルアミカも混ざるかい?」


「そうね、混ざりたい気分。

 でも、ニャオにちょっと話があるから、あんたは離れててくれる? 

 ニャオだけにっ! 話があるの!」


「強調しなくとも分かるってば。

 目の敵にするのもほどほどにしなよ。

 まあ、ニャオのそういう顔を見られるのは貴重だから、感謝してるけど」


 見ると、ニャオが頬を膨らませて、怒っていた。

 ぷんすか、と擬音がつきそうな、あんまり怒っていない感じで。


 しかしリタの前だからこそこの態度なわけで、

 たぶん、リタがいなかったらあの日くらいは怒るんじゃないかな……。


 へいへい、と少し遠くまでのんびりと歩いていくリタを見届ける。

 実際、いても良かったのだけど、

 私が個人的に嫌いなので、こういう扱いにさせてもらった。


 いいでしょ、別に。

 私とあいつは敵対関係なんだから。


「まだ言う気なの? リタが、わたしを騙してるって」


 それは、ニャオがあいつを信じ切っている限りは、一生、言い続けるつもりだけど。

 ともかく、いま話したいのはその件じゃないの。


 別件――、

 これはいち早く、誤解を解いておきたくて。


「誤解?」



「あーッ! ニャオちゃん、やっぱりサボってるー!」

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