2章 錬金術師【語り:アルアミカ】

第19話 リターン

「なんの用かしら」


「待ち合わせ場所にこないから心配になって。

 ニャオに会いにきたんだ」


 金髪。

 裸に、羽織っただけのパーカーを着て。


 金粉をつけたような肌を晒しながら、

 王城から見える崖の上……、岩場に立つあいつ。


 ニャオを丸めこんで、我が物としようとしてる悪漢。

 純粋な少女を騙して、好き勝手にいじくり回そうとしてるなんて……最低よ。


「いやいや、さすがに言い過ぎでしょ」


「うっさいわ。とにもかくにも、ニャオには近づけさせないわ。

 ずっと見てたんだから。……肩に手を回したり、手を繋いだり、お姫様抱っこしたり。

 さり気なく助けようとして、抱き着いたり――なんでお前だけ!」


「怒るところがずれてない? 

 魔法使いの考えてる事は分からないよ」


 ふん、分かってたまるか。

 お前が作り出した錬金術師の方が、分からないっての。



「そう言えば、オズは元気?」


「……知らないわよ。

 生まれた場所が違うんだから、そうそう会えるもんじゃないし」


「ああ、そうか。

 そう言えば、あいつは『血統』にこだわっていたっけ?」


「そういうあんたは?」


「血が繋がっていなくとも関係なく。

 こだわりがあるとすれば……『才能』?」


 あいつが、見出した才能ある者を、錬金術師にしたわけね……。

 となると気に食わないけど、あのティカにも惹かれるものがあったんだ。


 意外。

 内心と見た目が合わないところが魅力だったわけ?


「それもある。あんまりべらべら喋るつもりはないけどね、プライバシーだし。

 ティカを選んだのは……飛び抜けた『冷静さ』かね」


 冷静? 

 すぐにカッと熱くなって、力任せに暴力を振るう、あの錬金術師が?


「冷静だからこそ、だと思うけど。

 熱くなった方が、君だって思う存分、暴れられるんじゃないの? 

 注目を集めるって事は、つまり、

 外に被害を出さないようにしてるって意図があるとは思わない?」


 深読みし過ぎじゃない? 


 ……だとしても。


「ふーん。認めないなんて、まだまだ子供だ」


「あーもう! いちいち、どいつもこいつも子供扱いしないでよ! 

 私は魔法使い――アルアミカ様よ! 

 グレンヌ家という名家に生まれた才能ある兄妹の末っ子! 期待のホープ!」


「よくもまあ、自分でそうもハードルを上げられるよね……」


 ハードルは自分で上げて、越える。

 人に上げられたハードルは結局、言いなりのままだ。


 自分で定めないと、限界なんて越えられない。


「そう言う割りには、出された課題を頑張ってるんだね」


「こっちの情報は筒抜けなのか!」


 ばれてるし! 別に隠してはなかったけど。

 言ったところで、魔法使いでなければ理解ができないものでもあるしね。

 たまに骨董品屋で安く売られているほどの、需要のなさだ。


 良くも悪くも有名じゃない。


「『ボックス』……、

 確か、魔法文字がなくとも強力な魔法が使える……とかなんとか。

 そういった裏技があるんだよね?」


 元々は立方体だったのだけど、

 虫食いのように空間が開き、形が崩れて、

 食べかけのリンゴのように、奇妙な形になった物体をそう言う。


 中には、削れて減ったのに、体積が増えている物もあったりする。

 ……そういうミステリー。


 ボックスには溝が彫られてあって、

 そこに魔力を流し込む事で、魔法のショートカットができるのだけど……、


 正直、いらないでしょう、天才には。


 手に入れても、どうせインテリアになるだけだと思うよ、

 と、的確な事を、あいつは言い当てる。


 はいはい、そうですよ、

 おばあちゃんもお姉ちゃんも使わずに飾ってるよ、しかも玄関のところにね! 

 ほとんどインテリアとしても機能していない気がする……。


 なんなんだボックスって。

 存在意義とは。

 天才の私には分からんもん。


「言うなら、君は天災だけど」


「いや、さすがに災害レベルの魔法はそうそう使わないっつの」


「君の破天荒が災害レベルなんだよ」


 そういう意味じゃあ、破天荒じゃなくて、破天候かな、とくだらない事を。


「あー、はいはい。悪かったわね。

 そういうわけで、帰って。二度とくるな、神殿しんでんへ帰れ」


「酷いなあ。ニャオの方は会いたがってるんじゃない? 

 君はニャオの気持ちを無下にして、親友を名乗れるの?」


「ニャオのためなら汚名を被れるわ」

「汚名よりも先に心が汚れてると思うけど……」


 魔法使いのヨゴレめ、と失礼な事を。


「まあ、いいや。今日はもう遅いし。心配かけちゃあれだし。

 僕は怒ってないからって伝えておいてくれる? 

 ニャオは結構、こういうの気にするところがあるからね」


「誰がするかそんな汚れ仕事」


 あ、そうそう。

 と、あいつは帰ろうとしたところで、わざわざ振り向く。

 早く帰れよもー。


「ボックスは人のいない離島にはないから。

 わざわざあそこにいかなくともいいよ。

 良かったね、無駄な努力をしないで」


「……それはどーも」


 あいつも、たまには良い事も言うものだ。


 実際、無駄足ではあっても、無駄な努力はないんだけど。

 まあ、あいつには分からないことか。


「じゃあどこにあるの?」


「調子に乗って甘えるなよ。

 ほんと、隙あらば付け込んでくるなあ、もう」


 ちっ、勢いで言ってくれなかったか。

 失敗失敗、ダメで元々。


「教えたんだから、ちゃんとニャオに伝えておいてよ。

 君だってニャオがもんもんとしているところを見ていたくはないでしょ?」


「私は別に、見てられるけどね、いつまでも!」


 それで私を頼ってくれたらさらに嬉しい! 

 それを狙って、あえて言わないでおくという手もあるな……。


「ないよ。いいから言え。

 じゃないと、君の事も『別のなにか』に変えるよ?」


「……蛙だけに?」


「嫌というほど言われていじられてる事を言わないで。

 もう聞き飽きた。君じゃあ、様式美にならないし」


 毎回、恒例らしかった。

 あんたも下っ端の苦しみを味わってるんだね……。


 確かに、中でも親近感が湧く方ではあるしなー。


「おやすみ、魔法使いのアル……、アミカちゃん」


「一か八かみたいに言うな。ちゃんと覚えろ、私の名前はアルアミカ!」


 あと、ちゃん付けをするな、気持ち悪い。

 しかもカランと被ってるし。


 うん、覚えた。いやでも、これはこれで恒例にした方が面白くない? 

 というあいつの提案は、もちろん却下。

 私はいじられるのではなく、いじりたい気持ちが強い。


「はいはい。わがまま魔法使いは健在だね。

 ――じゃあ、おやすみ。また明日ね」


「また、ニャオを待つの?」

「もちろん。約束を破るわけにはいかないからね」


 言い残し、金髪は歩くような身軽さで海に飛び込む。

 崖の上から水面へ。


 人間だったら飛び降り自殺のようなものだけど、あいつには関係なかったか。

 この一帯の海は、全部、あいつの家か、庭みたいなものだし。


「誰が見ても、あれが『神獣』だとは思わないよなあ……」


 海浜の国、タウンカレントの神獣――、



黄泉蛙よみがえる】――リターン。



「だから『リタ』って……安直過ぎるでしょ」


 逆に気づかれないけども……、

 というか、名前で裏を突いたところで、どうせ誰にも分からないでしょ。


 あんた、本当の姿は巨大な金色の蛙なんだから。

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