第20話 国民の意見

「あら? アルアミカちゃん。

 島を修復してくれたんだから、無理にこなくてもいいのよ?」


 翌日、私は王の離島の出店地帯に足を運んだ。

 今日も王城の手伝いをしなくちゃいけないんだけど、

 個人的にやりたい事があったのでどうにか時間を空けたのだ。


 あの錬金術師はメイド服を着ていた。

 まったく似合っていなかったのを笑おうとしたけど、

 目に見えない脅威が迫っている気がして、寸前で躊躇ためらったのが正解だった。

 ……私もあれを着る予定だったらしい……。


 昨日、島の修復作業をした時に手伝ってくれた人に挨拶をしてくるー、と冗談を言ったら、外出する許可をくれた。

 わー、ちょろいなあ。

 魔法で修復したんだから、手伝える事なんてないと言うのに。


 まあ、差し入れをくれたりしたおばちゃん一群がいたので、まったくいないってわけじゃないけど。

 修復作業に限定しなければ、挨拶周りはかなり時間がかかる見積もりだ。


 なので長時間、外出したところで怪しまれる事はないと思う。

 たぶん、恐らく。

 最悪、メイドさんに見つかっても、まあ、いいかな。

 とにかく見つかってはいけない相手は、ウスタだ。


 ダメ、絶対。

 私はお財布を取り出し、中に詰まっているコインを……、


 テキトーにおばちゃんに渡す。


「昨日の差し入れ、おいしかったからまた食べにきたの。これ、一個ちょーだい」


 タコ焼きと書かれた看板を掲げている。

 店の前は良い匂いで満たされていた。

 空腹だからこそ、なおさら寄ってしまいたくなる。

 真っ直ぐ道を歩けない魔法みたいに。


「うれしいわねえ。

 ただ、一個……じゃなくて、一箱でいいなら、こんな大金はいらないわよ?」


「そう?」

 サービスであげたのに、と言うつもりはないけど、

 常識がないって思われてもしゃくなので、素直にコインを受け取る。


 はえー。

 コイン三枚でいいんだねー。

 がばっと取った残りの十一枚を財布に戻す。


 このコインは一枚で『100』の意味があるのねー。

 正直、魔法こそ天才的な私だけど、それ以外はまったく分からない。

 知らない。どうでもいいし。

 だって困っていないのだ。

 なら、今更、わざわざ覚える必要もないでしょ?


 だったらその時間を魔法に費やした方が有意義だもん。


「んまんま」

 熱々のタコ焼きを頬張る。

 六個入りを数分で平らげ――「ごちそうさま!」


 挨拶周りが冗談であっても、一応はその場にいたって証拠が欲しい。

 これで言い訳が立つ。


 この場にいたのはほとんど一瞬みたいなものだけど、

 一度もこなかったよりは、まあ、いいでしょ。


「おばちゃんありがとー!」


「はいはーい。あ、アルアミカちゃん、ちょっと待って」

 んー、と振り向くと、わざわざ魔法で浮かんでいる私の傍まできてくれた。

 私の手を力強く握る。……おばちゃん?


「ニャオちゃんを、よろしくね」

「……おばちゃんは、ニャオがお姫様で、いいの?」


 ウスタって人がトップの方が、国のことを考えれば、いいんじゃないの?


 ほら、あっちのが真面目だし。

 その仕事ぶりも、王座を手に入れるためのものだったのなら、真面目なのは当たり前だし。


 ストレートにニャオの好感度、人望を聞いてみたら、予想通りの返答だった。


 おばちゃんは、

「当たり前よ」と。


「ニャオちゃんしか、この国の姫様に相応しい子はいないわよ」


「いやあ、どうだかね」

 と、口を挟んだのは……、

 軽装備で『人のいない離島』から帰還してきた狩猟者のおじさん達だ。


 この地帯の年齢層がぐっと上がった。

 若いの、私だけじゃん。


「一桁はお前だけだな」


「さすがに二桁よ!」

 さすがにって、いや別に、お子様スタイルの自覚があるわけじゃないけど!


「そういや、年齢的には姫様と一緒なわけか……はーん。

 常識がなくてバカでも、魔法が使える分は有能だな。

 それに比べたら、あの姫様はなあ……」


「あんた、ニャオちゃんを認めていないのかい?」


 おばちゃんが、狩猟者の口に咥えられたたばこを指で弾く。

 ったく、と、狩猟者は足元に落ちたそれを拾い上げ、


「あーあ。別に火を点けるわけじゃねえんだけどな。

 咥えてねえと落ち着かねえんだよ。誤って、引き金を引いちまう」


「危な過ぎる……」

 だから銃口を上に向けてるのね。

 引き金を引けないように固めればいいのに。


 なんか、セーフティとか、あるんじゃなかったっけ? 

 詳しくないからあんまり分からない。

 あんまりっていうか、全然。

 魔法を使ったものなら、ある程度は分かるけど。


 それも結局、魔力を流すことで全てが機能するので、引き金に指がかかり、誤って……、

 なんて事故は、滅多にない。


 それは普通の銃でもない気が……、

 しかも、プロだったら当たり前に。


「――ま、そうだな。認めねえな」


 きっぱりと、狩猟者が告げる。

 ただ、と付け加えて。


 敵意を見せたおばちゃんの目が、ゆっくりと鋭さを失くして、丸くなっていく。


 ……温厚な人ほど怖いなあ、という矛盾は、もっと分かりやすくしてほしい。


「姫としては、認めてねえよ。足りないものが多過ぎる。

 それに、とにかく、ちょろ過ぎる。

 あいつはどんな相手でも、手の平の上で転がされそうだぞ」


 それには、私も同意。

 良くも悪くも信じやすいっていうか。


 リタの時だって。

 騙されてるのに、気づけずに洗脳まがいの事をされちゃってるんだもん。


 信じやすい、受け入れやすい……、

 私の言葉は聞き入れて貰えなかったけど、大抵の事は受け入れる度量があると思う。

 そこはまあ、お姫様としては、相応しい一部分って気もするけど。


 違うのかね。


「とにかくニャオちゃんは、多くの国民に愛されているわ」


「孫を愛でるようなもんだろ。

 この国を背負う姫として立たれたら、お前は安心できるのか?」


「誰がお前だって? 坊や」

「あ、悪い……。奥さんは、安心できるのか?」


 狩猟者のおじさんは、どうやらじゃんけんで言うチョキに対するパーらしい。

 そうなるとグーはニャオの事か。

 おばちゃんの視線に、狩猟者は目を逸らしながら。


「ふん」

 とおばちゃんは鼻を鳴らし、

「確かに安心はできないわね。毎日毎日、心配でたまらないわ」


 いつ失敗するか……、と不安そうだったけど、

 思えば失敗はいつもね、と思い出したらしい。


 だから、いつもと変わらない、とまで言って、納得した。


「豪胆な性格だな」

「見た目に合わず繊細なのねえ」


 なんだか、バチバチと火花が散ってるイメージが再生されてるんだけど……。


 やめときなよおじさん……、どうせ勝てないんだから。


「心配なら、助けてあげればいいじゃない。

 王族に全てを任せて、国民はそれに従うだけ。

 不満が出たら大勢で非難して。

 そんなことをしてたら、ニャオちゃん、あっという間に潰れるわよ」


 だから国民が助けてあげる。

 王族と国民の、堅苦しい境界線を失くすってわけね……。


 それは確かに、

 人と人の心の距離が近いこの国にとっては、ぴったりかもしれない。


「それは姫様として、威厳を保てるのか?」


「元々ないじゃない」

 さり気なくおばちゃんが酷な事を。


 確かにないけども。


「国民がお姫様を好きなように成長させられるのなら、ニャオちゃんの失敗の一部も、私達の責任にもなるわ。連帯責任……、集団になった時に互いを責め合うのが、一番、醜いからねえ」


 それがないだけでもかなり円滑になるんじゃないかしら。

 ……なるほど、手を叩きたい意見だ。


「……仲良しこよしもいいがな」

 おじさんは、全面的に賛成ではないらしい……、そんな様子。


「俺としちゃあ、やっぱりどんと構えてて欲しいわけだよ」


「女の子にそれを求めるのは失礼じゃない?」


「あんたが言ってるそれは体型に通じちまってる。

 そうじゃねえ、心の問題だ」


 心の問題――、

 問題はそこだ、とおじさんは。


「あれから二か月が経ったが、傷は癒えないだろ……。

 明るく振る舞っても、壊れる寸前じゃねえか?」


「そうねえ。――アルアミカちゃん」


「はえ?」

 いきなり話を振られ、びっくり。

 今まで二人で喋ってたじゃん。


 こっちが口を出せないような、二人だけの世界を作ってさ!


「あなたが頼りなのよ」


「頼り……」

 ウスタではカバーできない、

 女の子で、しかも同い年にしか通じ合わない事もある。


 おばちゃんは、それを期待しているのだ。


「ニャオちゃんの寂しさを埋められるのは、アルアミカちゃんしかいないのよ!」


 …………。

 きっと、それはもう埋まってる。

 ニャオにとって、新しい拠り所は、リタなのだ。


 ――だからこそ、許せないんだけど。


「……そうね。大丈夫、ニャオは、私が幸せにする!」


 言い切った私の言葉に、おばちゃんは、

「おおー!」と拍手を奏でる。


 おじさんは頭を掻きながら、やれやれ、と言いたげな表情だった。


「この国のトップは子供ばかり……、

 それで上手いこと回ってるんだから、世も末だな」


 回してるのはウスタだけど。

 でも、それくらい、この国の中枢に関わっている事を示している。


 ここまできたら、

 切っても切れないような存在になっているんじゃないかな……。

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