第17話 ブラックボックス

「っ!?」


「――ぷ、あはは! びびり過ぎよ。今のは私のコインが落ちた音」


「わざとでしょ、わざと落としたよね!?」


 アルアミカの頬を左右に引っ張る。

 ひたいひたい、と涙目になっている。


 引っ張っているのは頬であって、額じゃないっつの。


「遠慮がないなあ」

 と、容赦をしない魔法使いが言えたことじゃない。


「ニャオって、こういう怖いのがダメなのねえ」


「怖いんじゃないの、びっくりしたの。それだけ」


「……ふーん」


 いくよ、と合図に従い、

 アルアミカの後ろにぴったりとくっついて前へ進む。


 これは、離れたら道が分からなくて、

 つまづいたら危ないからくっついているだけで、それ以外の意味はない。


 仕方ないからくっついているだけで、明るかったら離れてるし!


 アルアミカは暗視できる瞳に魔法で変えたらしく、

 進む先の道、さらに奥が見えているのだと言う。


 頼れるものは頼っておく。

 食べれるものはいまの内に食べておくみたいな精神で。


「ひゃう!?」


 背中に、すすす、と指先が這ったような感覚。

 虫が肌の上を歩いているような。くすぐったさと、気味の悪さ。

 正体が分からないと変に壮大に想像してしまって、いつもの数倍怖い。


 だって、自分が怖いと思う事を想像してしまうわけだから、そりゃ怖いよ。


「どうしたの?」

「い、いま! アルアミカがわたしの背中を触ったんだよね!?」


「前にいて、ニャオの背中を触れるわけないじゃん。

 どしたの? 幽霊でもいた?」


「アルアミカが腕を、こう、強引に曲げて――」

「だとしたら、私以上に怖いものはここにはいないでしょ」


 それもそうだ。

 なによりも、アルアミカがそれだと不気味過ぎる。


 じゃあ、もしかして本当に後ろに、なにか――、

 やっぱり、本当に幽霊?


 まあ、幽霊だとしても、加護が効いている中じゃあ、

 悪意のある幽霊は存在できないわけだし……、

 いや、幽霊なんだから、存在はないんだけど……。


 幽霊は分類上は魔獣なわけで、死んで魔獣に生まれ変わって――、


 うわ、なんだか、ややこしいな。

 死んで生まれ変わっても、結局、死んだままの存在って。


 そこらへんの曖昧な部分は解明されているのかな……。

 今度、解明師にでも頼んでみようか。


 そうこうと思考していると、窓のない道を抜けていた。

 わたしも目が暗闇に慣れて、見慣れた場所に辿り着く。

 あ、ウスタの部屋はあと少しだ。


「んくっ!」


 また、背中を這ったような感覚。

 後ろを振り向き、確認したいけど……、誰かがいそうで怖い。

 いるかもしれないって思っているからこそ、振り向きたいんだけどね……。


 ぎゅうっと、アルアミカの服を掴むと、彼女も小さく震えているのが分かる。

 ああ、アルアミカも、やっぱり怖くて……。


「……っ、くくっ」

「………」


 違う、笑ってる。

 イタズラが成功したみたいな、こらえるような笑いで……、

 がまんできずにちょっと漏れてる。


 ひっひっひ、と、

 魔法使いなのに魔女みたいな声を出して(しかも隠す気もなく!)、

 こぼれた涙を拭っていた。


 わたしの方へ振り向いたアルアミカが、


「ニャオってば、最高」

「……やっぱりアルアミカの仕業だったんだ」


 むすっと返す。

 だろうと思ったよ!


「やっぱり手が強引にさ――」

「そんな奇妙な体してるか!」


 風を操ったの! とネタバラシ。

 そよ風を操って、わたしの背中を撫でたらしい。

 それをわたしは触られたと勘違いして……。


「ニャオの悲鳴が可愛くてねー」

「うるさいな……」


 情けないわたしを見ないで……。

 ずっとネタにされそうだったので、話を急ぐ。

 遊びながらも足は止まらなかったので、ウスタの部屋の前までもう到達していた。


「やっぱり、明かりは点いてるね」

「ん、半分、扉が開いてるね」


 不用心だなあ、と思いながらも、好都合、と二人で部屋を覗く。


 アルアミカの言った通り、

 部屋の壁には隙間なく写真が貼られており、

 書類の山が崩れ、地面が見えなくなっていた。


 ウスタも見えない……、いるのかな?


「どう思う?」

「気配は、しないわよね」


 同意を求められても、わたしは分かんない。


 音がないのを判断材料にすれば、

 ウスタは部屋にいないかもしれない……、と思うけど。


「ほんとは、実際になにをしてるのか、この目で見られたら良かったんだけど。

 いないなら仕方ない……、入っちゃおう」


「え、ちょ――入るの!?」


 今日は引き返そうか、みたいなノリかと思ったら、まさか踏み込むとは。

 アルアミカに連れられて、ウスタの部屋へ。

 わたしもまだ、きたことがなかったのだ。


 絶対に入らないでくださいね、

 と念押しに釘を刺されていたから、今まで入っていなかった。

 興味もなかったし、嫌がる事はしないようにしてたから――だから初めて。


 ウスタの部屋……。


「ん? これ……」


 アルアミカが取ったのは、小さな透明な袋。

「ジップロックだ」

 そうらしい。


 名前はともかく、中身は……髪の毛?


 なんだろう……、

 すると、アルアミカに、じっと見つめられていたことに気づく。

 数秒して、わたしが耐えられなくなった。


「な、なに?」

 んー、と考える仕草をし、アルアミカは、やっぱり、と。


「この髪の毛、ニャオのだよ」

 袋から取り出し、わたしの髪の毛と見比べる。


 色も質感も匂いも似てる……、一緒だ。

 間違いない、とまでアルアミカが言った。


「じゃ、じゃあ、こっちは!?」


 他の袋にも入ってる髪の毛を見せる。


「ニャオのに似てるけど……」


 毛ど? 間違えた……、けど? なに?


「ちょっと大人っぽい」


 …………わたしよりも、大人っぽくて、似てると言えば。


 ママ。

 今はもういないママの髪の毛を、ウスタが保管してたってこと?


「なの、かなあ……。

 こっちはメイドさんのだね。匂いが似てるし。

 こっちは、質感が一緒だ」


 同じくメイドさん……、

 アルアミカはメイドさんに詳し過ぎる気がする。


 というか、匂いや質感なんて、普通は分からないと思うけど。


「私を誰だと思ってるわけ?」

「……魔法使い」

「つまりそういうことよ」


 魔法使いって言っておけば万事解決みたいな利便性がいいなあ。

 そう言っとけばいいんだし。


「ん、この引き出し、なんか固いな」


 あんまりガチャガチャやらないで! 壊れたらどうするの!?


「あ、開いた」

「開いたんじゃなくて、開けたんじゃん。しかも破壊して」


 証拠隠滅ができなくなった……。

 わたし達だとばれなくとも、侵入者がいたって事がこのままじゃばれるよ……。


「大丈夫だって。

 これだけ荒れてる部屋なら、引き出しが壊れてたってばれやしないって」


「そうかなあ」

 違うだろうけど。


 まあ、どうせアルアミカのせいにすればいいわけだし(実際、アルアミカのせいであるし、正直に話せばいいだけだ。――ばれたらね!)。


 次に、引き出しの中が気になったのでそっちに意識を向ける。


「ノート……、ん、なになに? 王城の見取り図ね。

 あとは、ニャオの嫌いなものとか……色々と書いてるね。

 魚料理が嫌いだけど、言わずに魚を混ぜても気づかずに食べる……そーなんだ」


「初耳!」


 ウスタ! 混ぜてたなんて! 信じてたのに!


 たまねぎが食べられない子供に、

 カレーに混ぜて溶かして食べさせるみたいな姑息な手を!


「いや、ニャオが食べれるようになればいいんでしょ? おいしいのに」


「魚は友達なの。だから食べないの」


 だから、食べられないわけじゃない。


 食べようとしたら、感情移入して、気持ち悪くなっちゃうだけで。


「だったら、言わないで食べさせるよね、そりゃ。

 それなら食べられるんだし」


「お肉があるんだからお肉を食べればいいじゃん。

 わざわざ魚を食べる必要はないもん」


「栄養を考えて」


 健康管理という免罪符のせいで、ウスタの味方が多過ぎる。

 わたしの周りは敵ばかり。


「私は味方よ。ともかく――ノートは先にも、なになに? 

 あ、ニャオのお父さん、お母さんの事も細かく書いてあるわね。

 メイドさんの事も……。……これは、言わないでおくわね」


「え、凄い気になるんだけど!」


 やめた方がいいわ、とアルアミカは首を左右に振る。

 えー、なおさら気になる!


 大したことないわ、と言って、本当に次のページへ進んだ。

 ――そこで、廊下の先から、近づいてくる足音が聞こえてきた。


「う、ウスタだよきっと! 出よう、アルアミカ!」

「待って! もうちょっとだけ!」


 粘るアルアミカを待てず、ノートを奪い、別の引き出しを開ける。

 普通の引き出しよりも底が深く、高さのある物も入る大きさだ。


 てきとうに、ノートを放り込んでから、気づいた。


「もう! あと少しで重要そうなところが読めそうだったのに!」

「……戻ろう」


 引き出しを閉める。

 一瞬だったけど、アルアミカも中身を見て――、

 おとなしくわたしの後ろをついてくる。


 部屋を出て、ゆっくりとその場を後にした。


 走っていないのに。

 月明りに照らされた、暗闇じゃない廊下なのに。


 ――鼓動が、激しい。


「怪しい以上に、おかしい――、あんなの、異常よ。

 なんなの? 髪の毛ならまだ分かるわよ。

 いや、分からないけど、でも、なんとか分かる」


 好きな子のリコーダーを舐める子供と一緒。


 でも、さすがに。



「――を持つなんて、いき過ぎてる」

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