第16話 誰が怪しい?

「あの執事服の男、怪しいと思わない?」


「怪しいのはあんたよ。邪魔だから出ていきなさいって」


「まあまあ、ティカ、落ち着いて。

 ホットココア、作ってあげるから」


「ん……ありがと、カラン」


「なんか嘘くさいのよねー。

 なにかを隠してるっていうか、良いところを見せようとしてるっていうか……、

 この感覚がどうして分からないかなー」


「……なんでわたしの部屋なの?」


 すっかり、このお城の一員みたいにちゃっかりと夕食を食べ、

 大浴場をみんなで使い、あとは寝るだけの時間帯。


 時計の針はまだてっぺんには届いていない。


 各々、部屋がきちんとあると言うのに、

 アルアミカとティカとカランは、わたしの部屋に集まっている。


 待ち合わせしたわけじゃなくて、偶然。

 しかも、なぜかわたしが一番、遅かった。


 つまり部屋に戻ったらみんながいて、

 アルアミカはわたしのベッドの上でうつ伏せになって、

 ティカとカランはクッションに座って――、


 勉強なのか分からないけど、紙に計算式を書きながら話し合いをしていた。


 商売の打ち合わせだったり?


 なんにせよ、好き勝手し過ぎだった。

 そこまでリラックスされると、それはそれで嬉しいけど。


 しかし忘れそうになるけど、喧嘩中だよね……?


 わたしはアルアミカと。

 アルアミカは、ティカと。


 カランだけは中立で、一番厄介かもしれない。

 気が回るから尚更……、らしいと言うか、不幸な役目だった。


「ニャオに用があるからでしょ」


 ティカとアルアミカの声が揃う。

 息はぴったりなのに。

 むっとして、二人は視界の中の相手を、いない者として。


 カランからホットココアを受け取った。

 できたてだった。

 親切に、全員分を作ってくれたのだ。


 一口飲んで、温まる。

 心も温まる……、ふう、ほんわかした気分。


「それにしても、ニャオの部屋って、娯楽がまったくないのねー。

 さすがド田舎の田舎娘。暇な日は海に出かけるんでしょ?」


 そうだけど……、いいじゃん。

 都市と呼ばれる国で流行ってるゲームピコピコは、わたしには合わないと思うし、

 たぶん、この国では需要なんかないと思う。


 廃れるのも早いしね。


 しかもあれ、電気で動いてるんでしょ? 

 じゃあ危ないよ。基本、水浸しの生活空間で、ゲームなんてできやしない。


 住宅島でも電気は使うけど、可能な限り少なく、最低限しかない。


 安全には人一倍、気を遣ってる。

 それじゃ足りないから、人十倍くらい? 

 それでも足りないくらいだけど。


 じゃあマンガはー? とアルアミカが聞いてくるけど、一緒だよ。

 水場が近いのに紙を扱うのは難しい。

 これも、まったくないってわけじゃないけど。


 大切に保管しても寿命は短い。

 気づけば濡れて、べろんべろんになってる。


「じゃあ電子書籍とかいいんじゃない? あれ、便利らしいのよ」


「一緒だよ!」


 電気じゃん! 危ないじゃん!


 原始人みたいな生活で充分に幸せなの、こっちは!


「王城なら問題なさそうだけど……」

 カランの言う通り、位置の高いこの王城……、

 王城でなくとも、王の離島であるこの島なら、電気も紙も充分に使えるだろうけど。


 しかし生憎と文化があんまりないから、慣れ親しんでない。

 輸入する事もできるけど、ウスタは別にしないし、わたしもしない。


 パパも積極的じゃなかった。

 なので今になっても、個人が持ち込んだものしかないと思う。


「電気製品や本の売れゆきがあんまり良くないのはそういうことなんだ……」


「? 普通は珍しいから買うんじゃないの? 人気あったりしないんだ」


「慣れ親しんでないから、珍しいけど、手が出ないんだと思うよ……。

 アルアミカちゃんも、この島の、たとえば人気の綺麗な貝殻とかを押し売りされても買わないでしょ? いくら珍しくても、欲しくなかったら買わないものなの」


「それは押し売りが問題なんじゃ……」


 需要があっても嫌な顔はされそうだもんね。

 確かに、マイナスイメージ。


「ふーん、じゃあニャオは本とか読まないんだ?」

「魚の図鑑はあるよ」

「なんなのよもう!」


 いや、広まってないだけで、ないわけじゃないよ。

 書店だってあるし……小っちゃいけど。


 さすがにゲーム屋さんはないかな。

 この国では、ゲームと言えばアナログに偏る。

 数人が集まってルールがあれば、それは既にゲームだ。


「ふーん、じゃあ、ゲームする?」


「しない」

 ばっさり、ティカが切る。


 意外にも、口を利かないというゲームをしていた二人らしいけど、

 根負けをしたのはティカの方だった。


「あんたを入れるわけないじゃん。うっさいなー」


「というか、ニャオに言いたい事があったんじゃなくて? 

 ほら、怪しいとかなんとか」


 そうだった、と手をぽんと打つアルアミカ。

 忘れてたなら、大したことないと思うけど。


「あの執事服が怪しいんだよ」

 ウスタが、怪しい……。


 リタはやめとけと言ったり、ウスタは怪しいと言ったり、人を見る目がないよ。


 はあ、と溜息を吐き、


「根拠は?」

 とティカが踏み込んでくれた。


 嫌いな相手でも、しっかりと合いの手を入れてくれたのは嬉しかったらしく、


「えっとね――」

 と憎まれ口を叩かず先へ進む。


「島の修復作業をサボったんだけどね」


 ちょっと待っ――、


「……さらっと衝撃の事実が飛び出したね」


「あっ、サボったと言ってもちょっとだけ。

 島は綺麗に修復されてるから大丈夫」


 ぶい字を指で作る。

 魔法使いがやれば、大工事も片手間でできちゃうのか。

 ……いいな、魔法使い。


 魔法使いっていうか、魔法って便利。


「その、ちょっとサボった時にお城に戻ってきたの。

 一人で駆り出されてるのもあれだし、ニャオでも誘おうかなーって」


「いや、わたしだって勉強してたけど」


「サボってたよね……?」


 カラン、それは言っちゃダメ! 

 こほん、と咳払いし、話を戻す。


「? でも結局、アルアミカとは会ってないよ?」


「うん。だってニャオの部屋にはいってないし。

 これはたまたまなんだけど、とりあえず一つの部屋に入ったんだよ。

 迷っちゃってね。

 その部屋は、なんというか……、なぜか鍵がかかっている、

 禍々しいオーラを隙間から垂れ流すような、不気味な部屋だったの」


 そこまで分かりやすく信号が出てて、なおかつ、

 鍵がかかっているのに、そこに入る勇気は凄い。

 というか鍵を開けたの? ピッキング?


「魔法で」

 なんでもできるね、魔法!


「部屋の中に入ったら、びっくりした。

 ニャオの写真が、たくさんあったの。

 小さい頃から、今の写真まで。あとは、見た事のない男の人と、女の人。

 若い頃の写真もあったかな。

 執事の人は若い頃と今、全然、見た目が変わらないんだね。

 ――なによりも、

 部屋にまったく生活感がなくて、書類の山で部屋が埋まってた感じ……、

 ……そんな中でも一番、不気味だったのが、プロフィール表があったのよ」


 気づけば、部屋にいる全員、アルアミカの話に聞き入っていた。

 怖い話ってわけじゃないけど、話のトーンはそうだし、

 カランがティカの服を掴んでいるから、そう見える。

 そう聞こえるのが不思議だ。


「プロフィール表……ニャオと、たぶん、ニャオの両親。

 そしてこの王城に務めるメイドさん――、

 今はもういない人の、現在の状況までこと細かく書いてあったの」


 秒単位で、行動と、表情から読み取れる感情、葛藤を書き出していた。

 他にも、王城の見取り図、町や住宅島の物件の一つ一つまで、

 明らかに業務以上の情報を収集している。


 趣味と言われたら納得(?)するけど、

 明らかに歪んでる……気味が悪い……。


「これはさすがに、怪しくない?」


 わたし達は顔を見合わせる。

 ……これは確かに、アルアミカの言う通りだった。



 時計の針がてっぺんを回ってから、わたし達は動き出した。


 一緒に動く予定だったカランは睡魔に勝てず、熟睡。

 寝ぼけながら隠密行動をされたら、なおさら見つかりやすいと危惧して、

 カランは置いていく事にした。


 そこで、一人になるのを嫌がったカランが、ティカの手を掴みながら寝てしまい、

 無理やり離すのも可哀想なので(離そうとしたらカランが嫌がるのだ)、

 ティカも部屋で待機。


 ベッドで二人仲良く、くっついて寝ている。


「なんか、どきどきしてきた……っ」

「しっ! あの曲がり角、鉢合わせしそうだからゆっくりね――」


 月明りだけで照らされている廊下。

 電気が消えてるって事は、メイドさんは帰ったか、部屋で寝ているか……。

 だけどウスタだけはこの時間でも仕事をしている。

 それが本当に必要な仕事なのか、確かめにいくのだ。


「部屋の位置は覚えてるわよ」


「ウスタの部屋くらいわたしでも分かるよ」


 さすがに自分の家なのだから分かる。

 暇な時はうろうろしているし、

 ウスタの部屋以外だって、どこになんの部屋があるのかは分かるのだ。


 ただ、部屋は分かっても、部屋の中の詳細までは分からない。

 必要な物がどこの部屋にあるかまでは分からないのだ。

 ……部屋だけ覚えていても意味がないかも。


 曲がり角、窓がない廊下なので、月明りには頼れない。

 奥は見えず、真っ暗だった。


 ウスタの部屋はこの先……、のはずだけど、あれ? 

 先が見えないとなると、不安になってきた。


 というか、普通に怖い。

 先から誰かがこっちにきているような、錯覚がする。



「あ」


「なに!?」



 ――金属の落下音。

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