第13話 初めての大喧嘩
「騙されてる……、わたしが、リタに?」
「そうよ、あいつはあんたの『姫』としての立場しか見ていない。
それを利用しようとして、ニャオに近づいたのよ。
このままじゃあ、あんたはあいつにいいように動かされる操り人形よ。
それならまだいいけど、使い捨ての駒にされるかもしれない……ボロ雑巾のようになるまで使われて、最後にはゴミ捨て場に捨てられる――」
その末路が当たり前なんだよって顔をしてね、と吐き捨てるように。
人間のゴミを見るような目だった。
それは当然、わたしに向けられたものじゃなくて。
じゃあつまり、リタに向けられたものになる。
なによりも、
それが一番、嫌だった。
「なにも、知らないくせに……っ」
ぼそっと口から出た言葉。
アルアミカの言う事を全て否定する、のは、行き過ぎだ。
なんの根拠もなく言っているわけじゃないだろうし……、騙している、とリタの本音を見つけたアルアミカが、第三者によって騙されているかもしれない。
自覚のない嘘つきの場合だってある。
だから最初から最後まで、全てを確かめもせずに突っぱねるんじゃなくて、
互いに納得できるところまで、検証していけばいい……。
パパの教えが自然と身に付いているわたしは、しかし、気づけば手が出ていた。
「――ふざけるなっ」
頬を叩いた音が、見えていた景色を塗り潰す。
それが背景から浮かび上がるように、空間に響いた。
手が出た……それは、一番やっちゃいけない事なのに。
……後悔しても、今更、引っ込める事ができなくて。
やっとできた、対等な同年代の友達に向かって、苛立ちと感情をぶつける。
「リタと会ったの!? リタと一緒に同じ時間を過ごしたの!?
笑い合って、助け合って、教え合って、楽しみを共有して――、
なのに、あれが全部、目的のための幻想だって言うの!?
一方的に決めつけるなら、わたしはアルアミカを許さない!」
数少ない友達に、数少ない友達を侮辱された事に、
わたしは気づかぬ内に涙を流していた。
気づいたのも、アルアミカが指先で拭ってくれたからだ。
それほど彼女は急接近している。
手を出せばすぐに届く距離だ。
だけどアルアミカは、わたしの次に、手を出してはこない。
魔法使いは手を出さない……、
出すのは魔法だとか、そんな言い方の問題じゃなくて。
「ニャオならそう言うと思ってた。だから覚悟もしてた」
覚悟……。
アルアミカはシナリオ通りだ、とでも言いたそうな表情で。
「最悪だよ」
そしてゆっくりと、背中を向けて、わたしと距離を取る。
「なんで浜辺にきたと思う? 無理やり、ニャオを連れて」
広い……から?
近くに海があるのも、関係があるのかな。
「どっちも正解かな。
浜辺の中でもなるべく端っこにして、人通りの少ないところを選んだのも、そう。
予定通りに全然、人はいないし」
休日か午後じゃないと、人は少ないかもしれない。
多い時は出店のサービスが始まったりするから、
浜辺はちょっとしたお祭りみたいに人が多くなる。
とは言っても、祭りの国ほどじゃないけど。
人が多いから出店のサービスが始まったのか、
サービスがあるから人が多くなったのか……。
どっちが先かは分からないけど。
元々、人通りが多かったのは覚えてる。
そして、現在は午前中。
浜辺に人はいない。
広々とした浜辺は、まるで貸し切り状態だ。
それが、アルアミカにとっては、都合が良いらしい。
「だって、巻き込む心配がないから」
音はなかった。
海流――、
螺旋する細い水の塊が宙を飛ぶ。
まるで蛇のように、わたしを真上から食べようと顎を開くそれが、影を作った。
気づき、転がるように咄嗟に横へ避けたけど、
蛇のような海流は地面すれすれで衝突を避け、低空飛行で転がったわたしを追う。
海流の口が、ばくん! とわたしを包み込んだ。
ただの海水の集まりなので、噛まれたところで痛みはない。
ただ、海流に押されて、わたしの体が浜辺から海へ離された。
ぷっ、と吐き出すように。
わたしは海の真ん中に着水する。
水面から顔を出すと、
浮遊するアルアミカと、わたしを囲むように顔を出す海流の蛇たちがいた。
わたしが神みたいに祀られてるみたいじゃん……。
なんにせよ、身動きが取れなかった。
「アルアミカ!」
「ほとんど無音だったでしょ? 騒がしくしたくないしね。
小っちゃないざこざに、大人を巻き込みたくないし。
野次馬もいらない。これは喧嘩よ、ニャオ」
さっきは対等だとか言ったけど、パワーは確実にそっちが上だよ、魔法使い……。
徒手空拳のわたしに遠慮なく魔法を使うとは、手段を選ばないらしい。
「それくらい、今回は本気なの」
「…………」
「私はニャオの事、好きよ」
いきなりそんな愛の告白。
こんな状況で言われなかったら、もっと嬉しかったのに。
「こんな事までしてるのに、
言われて嬉しいって言ってくれるなんて、私も嬉しい……」
そこで本気で嬉しがるアルアミカが見えるから、戸惑うんだよね……。
いっそ敵として、立ち塞がってくれたら一番楽なのに。
それはとてもとても、辛いけど。
「好きだからこそ、譲れないものがあるの」
「妥協はできず?」
「妥協はできず」
復唱する。
返答は決まっていたらしい。
とことんまで、アルアミカは我を貫く。
いっそ傷つけても、嫌われてもいいってくらいに、本末転倒さえも犠牲にして。
「最悪を回避するためよ。ニャオは、わたしが救うの」
そこまで言ってくれる友達は中々いない。
わたしには友達すら中々いなかったんだから、もはや奇跡だ。
アルアミカを失ったら、すごく嫌だ――心が三分の一、削り取られたように。
けれど同じくらい、リタを想う心もあって……、
なんで、それを天秤に乗せなくちゃいけないのか。
どうしてわたしだけこんな……。
二者択一。
口が震えてる。
言うのが怖い。
そう思う時点で、もう決まっているんだろう。
酷な話だ。
全てを聞いてもわたしの心に、揺らぎなんてなかったんだから。
「リタを悪く言うなら、アルアミカでも許さないよ」
「分かった。
じゃあ、私も、手足をバッキバキに折ってでも、力づくであんたらを突き放す」
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