第14話 対決、魔法使い
明確な対立。
こうしてわたしを中心にして、
囲いながらも動かなかったのは、最後の審判を待っていたから。
アルアミカは喧嘩をしない方に、期待していたから。
しかしわたしは拒絶した――いや、優先度がリタの方が高かっただけだ。
ものは言いようで、結局は一緒なのだけど。
遠回りをしてアルアミカを傷つけないように拒絶しても、
でも、なんだか空回りのような気がして……。
すると、アルアミカが動く。
対立構造が確立したからこそ、止める理由はなくなったのだ。
「思っているよりも、魔法って地味なのよ」
いやいや、思い切り派手なんだけど……、
海流をまるで蛇のように見せるなんて芸当……。
「ようは浮遊魔法と一緒なの。
私がこうして浮いているのと、
海水を集めて浮かせて、竜みたいに見せているのも同じ魔法。
一つの魔法に限っても、応用次第で百種類以上に化けるんだから」
あ、蛇じゃなくて、竜だったんだ……。
まあ、蛇も竜も同じようなものだし――そこに優劣はあるけど。
それに、神獣にも蛇と竜がいて、
語り継がれた神話になってしまうけど、仲がすっごく悪いらしい。
仲が良い証拠だよ、と言い繕えないレベルで、
大戦争を起こす規模での不仲と言われている。
生み出された水流から連想して、不仲の二体を想像してしまうのは、わたしとアルアミカは運命的なレベルで不仲になる運命なのだろうかと、思っちゃうのは被害妄想かな。
神と同じ形式に埋まっていると思うのは、自意識過剰なのだろうか。
わたしが蛇でアルアミカが竜だとしたら、力関係は体が表している。
竜には勝てない。
だって、翼があるから。
地面を這いずるだけの蛇には、空中を支配する竜には、そもそも届かないのだ。
たとえ海だろうとも。
わたしのホームグラウンドだろうとも。
魔法という力を持つアルアミカには、
わたしのちょこざいな手札なんてまったく通用しない。
全部がジョーカーなんじゃないかってくらい。
向こうはどんな手にもオールマイティに対応してくる……それが応用力だった。
アルアミカはあんな姿をしていながらも、頭が良い。
自分で言っていたけど、記憶力だけじゃない……。
咄嗟に組み立てられる瞬発力、
間違いかもしれない……、と迷わない度胸、
失敗を恐れない鉄心。
それに加わる魔法が圧倒的だった。
魔法とはパズルである、とどこかの誰かが言っていたけど……本の煽り文句だったかな。
はっきりとはしないけど、よく言ったものだった。
確かに、魔法はパズルだった。
魔法はパズルだし、戦略もパズルだ。
とにかく、わたしの苦手な分野。
先手を打っても関係ないレベルで進む戦いにおいて、
じゃあ、わたしはなにもできない。
現にこうして……、わたしは得意分野を奪われてしまった。
「はあっ、はあ……っ」
「さすが、海浜の国のお姫様だけあって、まるで人魚みたいな泳ぎっぷりよね」
「それでも、人魚以下だけど」
人魚はもっと速いし。
どれだけ常人以上でも、人間の枠からは越えられない。
だから、どうしたところで人魚は越えられない。
たとえ人魚以上でも、今の状況じゃあ、どうせ無理だよ。
海に大きな穴が開いている。
魚がぴちぴちと跳ね、海水を求める。
ここは海底――だった場所。
海がない今、ここは単なる、底だ。
周囲には海の壁。
手で触れれば、手は海の壁に沈み込む。
魔法で、海が状態そのままで、座標を固定された……みたいに?
いや、ガラス張りの円形の筒を、海に落としたみたいに。
で、わたしはその中に閉じ込められている。
わたしが動くと、円形のガラス張りの筒が一緒に動き、
わたしを中心にして間隔が一向に変わらない。
嫌がらせだ。
魔法を嫌がらせレベルで使わないでよ……。
「どいつもこいつも勘違いしているのよね」
そのどいつもこいつもの中に、わたしは入っているんだろうか……。
「魔法使いと聞くと四属性を激しくぶっ放す、ってイメージがあるみたいね。
あのニートなら、ただ見映えが良いからって理由だけで、
あくまでもデモンストレーションでは使うけど。
いざ戦闘になったら、誰も基本は使わないのよ。
ニャオも、実はそう思ってたでしょ?」
正直に言えば。
火、水、空気(多くの人は風と言っているらしいけど)、土の四元素。
他にも属性と呼べるものはあるけど、基本的にはその四つが元となるひし形を作ってる。
魔法使いに限らずとも、それらを使おうとしたら、
単純に火を吹くとか、水を凝縮して飛ばすとか、
突風で広範囲を押し出すとか、地面を隆起させるとか、
ビジュアル的に映える攻撃を連想する。
だって、ビジュアル的に映えるから。
分かりやすく、記憶に残って、引き出しやすいから。
だからみんな勘違いしちゃう。
わたしも勘違いし、そして痛い目を見た。
魔法はそれだけじゃなく、どちらかと言えば、そうじゃないのが魔法の真骨頂。
魔法使い――、アルアミカのオーソドックス。
「さっきも言ったけど、私はまだ一種類の魔法しか使ってないから」
浮遊魔法……じゃなくて、操作魔法。
自分の体を浮かせるのも、海を操ったのも(わたしを中心に海を端に追いやったのだって)、全部が一つの魔法で行われている。
便利というか、それ一つでなんでもできるんじゃ……。
「旅をすれば分かるけど、そう甘いもんじゃないよ……。
単に今は、相手がニャオだから」
言い方にカチンときたけど、その通りだった。
わたしにこれよりも強力な魔法を使う必要はない。
オーバーキルで、コストパフォーマンスが悪過ぎる。
そういう後先を考えないのが、アルアミカなのに……。
わたしの中で、キャラ崩壊だ。
「そんなキャラでいたつもりは一切ないから」
数手先を読む、と思ったけど、そうではないらしい。
目で見てから判断して、対応を組み上げる。
フラッシュ暗算みたいな高等テクニックだ……。
と、のんびり話しながらも、わたしはさり気なく人間じゃない友達に助けを求める。
あの時みたいに、雲の上を神獣が散歩してる、みたいな期待をしてしまったけど、
しかし、都合良くあんな奇跡はもう二度と起きない。
それを期待している時点で、起きるはずがなかった。
神頼みじゃあ、叶えてはくれない。
思えば、あの時も相手はアルアミカだった……。
遠い思い出の感覚だった。
「神様はなんでも屋じゃないしね。できない事だってある」
「……まるで見てきたみたいに言うね」
「実はすっごい歪んでるのよ」
変態なの、と神をも恐れぬ物言い。
そんな神様はある意味、愛着が湧くけど。
神様であっても人間大なんだなって……親近感。
「っ……!」
いきなり、足首に痛みが走った。
なにもされていないのに、動こうとしたら痛みでしゃがみ込んでしまう。
アルアミカを見たけど、ううん、と首を左右に振る。
アルアミカじゃない……?
でも、じゃあ、だったら自己責任?
「そこまで狙ってたわけじゃないけど。
あくまでも私は体力が尽きるかなーって、思ったの。
そこまで酷使したのはニャオ自身よ?」
……そっか。
海流操作による逆流の波に逆らうために、わたしは必死に泳いだ。
ドルフィンキック。
推進力を生むための足のスナップは、肉体に当たり前に負荷をかける。
先に悲鳴を上げたのが足首だっただけで、ダメージは確実に蓄積されていた。
いつもよりも長時間、しかも過酷な状況で泳いだため、体は重く、鉛みたいに。
疲れが体を動かしてくれなかった。
残りの体力を計算する余裕なんてわたしにはなかったけど、
それでも後先を考えずに泳ぎ過ぎたかもしれない。
しかし、なるべくしてなった感じだ。
痛みと一緒に体力も尽きかけているため、結局、アルアミカの手の平の上。
なによ、魔法で攻撃するんじゃなくて、わたしを自滅させるために魔法を使うなんて。
魔法という存在がブラフで、分かりやすい攻撃がフェイクで。
それ以上に、本命は地味だった。
「だから言ったじゃん。魔法って、地味なのよ」
ふっ――と、
ガラス張りの円形の筒を取り払ったかのように、周囲の海の壁が一斉に崩れ出す。
空間を求めて流れ込んでくる海が、
中心にいるわたしを挟み込むようにして、押し潰す。
慣れ親しんだ海が、疲労によって動かない体を持つ今では、完全に敵になった。
八方から迫る海流が、わたしの体を弄ぶ。
上か下か分からない。
ぐるぐるぐるぐる、
このまま引き千切られそうだった。
とにかく、なにかをしなきゃと思って出たのは、手だった。
伸ばして、なにかを掴みたかった。
だけど海中にはなにもなくて、
伸ばさなくとも掴めそうな命までも、掴み損ないそうだった。
久しぶりに溺れそうになる寸前に、
わたしの意識は、かろうじて糸一本、繋がっていた。
わたしは、何度お姫様抱っこをされれば気が済むのだろう……。
誰かに、みんなに、頼ってばっか。
守られてばっか。
お姫様なのに、みんなの役に、何一つ立ってない……。
「……邪魔しないでよ」
「魔法使いに言われる筋合いはないわよ。
ニャオは友達。カランのお気に入りだから、取られたくないの」
「ニャオを返せ」
「あなたのものじゃない。ニャオは、ニャオのものだよ」
もしかしたら、リタのものかもしれないけどね、と挑発するような声が聞こえ、
「ふざけないで! あんな奴に――ニャオを渡すものか!」
「人の恋路を邪魔するなんて、無粋なのが分からないの?
好きな人くらい、自分で決めさせてあげればいいのに……、
あなたは頑固なお父さんなの?」
「……神器のレプリカ……、
それを持ちながらここにきたって事は、そういうこと?」
「そうね……」
わたしを抱える、真っ白な肌をした少女……。
隣をくっつく、
あの年上でアルアミカよりも小さなお姉さんは、ここにはいなかった。
「……ティカ?」
「うん? あ、起きちゃったね……、
寝てていいよ、というか、寝てなくちゃダメ」
人差し指と親指で円を作り、
そこにティカが息を吹きかけ、大きなシャボン玉が生まれた。
すぅっと、ゆっくり、わたしを包む。
中で横になった時の寝心地は、すぐにでも一睡できそうなくらいだった。
ぷかぷかと水面を浮くシャボン玉は、わたしだけをこの空間から離すように、距離を取る。
わたしが覚えているのは、落ちる意識の中、聞こえたアルアミカの、最後の直球だった。
「――大嫌いよ、錬金術師」
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