第10話 海底ダンジョン
「あら、ニャオちゃん。……イメチェン?」
「……な、なんのことかな?
ニャオちゃんとかいう可愛いお姫様ではないんだけど?」
どっからどう見ても――、あららあ、と鋭く状況を察したのか、出店のおばちゃんはわざわざお店から出てきて、わたしの横っ腹をひじでつつく。
うああああ、うっとうしい絡みだあ……。
「そういうことね、分かったわよん。ウスタさんには言わないから」
「……よろしくね」
やっぱりニャオちゃんじゃなーい、とカマをかけられた。
しまった、まんまとはまってしまった!
「じゃあ、二人で楽しんでね」
と商品のホットドッグを二つくれて、一つを隣で一緒に歩くリタに渡す。
いただきます、と二人で挨拶して、がぶりと噛みつく。
肉汁にあちち、とリアクションをしながら、階段を下りた。
広い浜辺。
わたしはサングラスをはずし、鮮やかな青色を見る。
海だ――――!
いっつも見てるけど、なんだか今日はいつもと違う感じ!
変装のためのベレー帽を脱ぎ捨て、リタの手を取って引っ張る。
「ちょ、ニャオ!? まだ服を脱いでな――」
「服なんて脱がなくていいの!
どうせすぐに乾くんだから、みんな水着が私服みたいなものだしねー」
でも……、とリタは悩んでいたけど、
うだうだしている間にわたしが海に放り投げてあげた。
全身ずぶ濡れのリタが、ぷはっ、と海水を吐き出した。
追撃するようにわたしは跳躍して、リタに覆い被さるように。
――ばしゃんっ、と飛沫が上がる。
「リタ! この辺を案内してあげる! 綺麗な場所がたくさんあるんだよ!」
まあ、国民なら誰でも知ってるようなスポットではあるんだけど、
でも、リタならどれも新鮮なはず……だから一つ一つ、全部を紹介してあげようと思った。
わたしにとっては、どれも宝物なのだ。
「――うん。ニャオのいきたい場所なら、どこでもいいよ」
わたし達は海に潜った。
ある程度直進した先からは、一気に深くなり、底まではかなりの距離がある。
さらに直進すると、底が見えない深さがあるんだけど、
不思議なことに水上から見ると底は続いているように見えるのだ。
だから潜らないと分からない。
ここから先は、相当な肺活量がなければ進めないだろう。
わたしじゃあ、辿り着けない場所だ。
「この下……ん? あれは」
「リタ、見えるの?」
ちなみに、
全てジェスチャーで会話しているため、
リタが本当にそう言っているのかどうかは本当のところ、分からない。
たぶんそう言っているんだろうなー、ジェスチャー的に。
そんな感じで会話が続いている。
「下の方……、建造物がある……」
「あれは海底ダンジョンだよ……知らない?
世界各地に存在してる建造物なんだけど。
中にはお宝や神器のレプリカがあるらしいんだって」
「へえー」
とリタの相槌。
反応からして、知らないらしい。
じゃあ教えてあげよう!
「
うんとね、中は迷路みたいになってて、進めない道とかがあって、進むには謎を解かなくちゃならない。
しかも知性が高いやつ。超強い。だから中々、攻略できないらしいよ」
「?」
リタは首を傾げる。
……さすがに、ジェスチャーにも限界があった。
一度、水面に上がって、息継ぎついでにもう一度説明すると、
「じゃあ、いってみる?」とリタ。
「やめとこうよ、どうせいけないし。
わたしも禁止されてる。危ないからって……、この島にいる狩猟者のおじさんも、いつもなら『なんでもできるぜ!』って格好つけてるのに、これはやりたがらないんだよ。
それって、それくらいやばいって事だし」
嫌な噂だと、
海底ダンジョンを目的に、この国にくる狩猟者たちが挑んでいくんだけど、聞いた話だと誰も戻ってきていないらしい。
まさか居心地が良くてそこに住んでいる……、ってわけじゃないと思うから、
つまりは、だからそういう事なんだと思う。
いきたくない……。
というか、呼吸が続かないから無理だと思うけど。
魚のみんなもあそこには集まりたがらないし。
まるで、危険なのが分かっているみたいに。
海の生物が避ける場所にわざわざいく必要もない。
亜人がいたら、また違うのかもしれないけど、珍しくこの国には亜人がいない。
旅人としてくる人は多いけど、住もうとする人はいないのだ。
まあ、他の国と比べて、亜人への理解が乏しい国だからなあ、ここ。
友好的な亜人という実例があまりないからねー。
いないわけじゃないんだけど、海賊関係で、さ……嫌な記憶がある人が多い。
わたしにも、まあ、ちょっとは思い出したくない事があるからね。
「ニャオ?」
気が付けばリタが目の前にいた。
どうしたの? とわたしの顔色が悪いのを気遣ってくれている。
ううん、と首を振って、元気を取り戻す。
海底ダンジョンの事は、いまは一回、忘れよう。
もっと楽しい事が海にはたくさん詰まってる。
「ここ、好きなんだー」
わたしが案内したのは人が住む離島……、
沈んだ離島と呼ばれているけど、どっちでもいいよ。
どうせ住宅島って共通認識だし。
国民の大体が、ここに家を置き、
加えて船の上に家を建て、住んでいたりしている。
そう、船が必需品なのだ。
地面が家の中しかないため、船で移動が基本になる。
買い物をする場合は、王城のある王の離島へいかなくちゃならないのが、ちょっと距離があって不便ではあるけど。
ちなみに、人がいない離島はここから奥に進めば見えてくる。
自然からなにかを獲りたければ、こっちにいけばいい。
ただ、危険を伴う――当たり前に。
整理すると、
大陸側から順に、王の離島、沈んだ離島、人のいない離島……、という順番になっている。
さらに奥には、神獣が棲む神殿があるのだけど……、これがまた遠くて。
守りの加護を維持してもらうために、神獣に供物を捧げる必要がある。
一年に一度はいかなくちゃならなくて、
重たい果実をたくさん持っていくのは、この国の一大イベントだ。
これまではパパがおこなっていたんだけど、今年はわたしがやらなくちゃいけない。
時期的に、そろそろかな……。
まあ、ウスタと相談しよう。
で、わたしの好きなところが、ここ――じゃーん、とリタに見せる。
「わわっ……海が、黒い……」
透明度が売りのこの海の利点を見事に消してる
正体はタコの墨。
このタコ、足がなく、見事な球体なのだ。
タコボール。
その群れがこの住宅島の周辺でぐるぐるしているのだ。
ただ流されるだけじゃなくて、自発的に泳いでいる。
こんな姿でどうやって泳いでいるのか気になるけど、泳ぐというよりは、噴出してる。
墨を吐き、ロケットみたいに進んでる。
面白い生物なんだよね。
「ぷにぷにで気持ちいいんだよ。押すとすっごい反発してくるの!」
「それは嫌がってるんじゃなくて……?」
ん! とタコボールを差し出す。
リタは戸惑ったけど、ぷにっ、と押す。
タコボールは、「?」とリタを見つめていた。
「どう?」
「まあ、うん。これはちょっと癖になりそう……」
でしょー! と同意する。
よく遊びにきて、タコボールを抱きながらぷかぷか浮くのがわたしの日課でもある。
まあ、やり過ぎると痛い目には遭うんだけど……、
そしてこれからするのはそういうゲーム。
にしし、と、いたずらな笑みを隠しながら。
「じゃあこれでボール遊びをしよう」
「ボール遊び?」
タコボールを手の平で押して、相手側へ渡す。
水面にバウンドさせないように互いにそれを繰り返して、
先に水面へ落としてしまった方が負け――、
ルールは以上、簡単でしょ?
「なるほど……ボールは一つ?」
「おおっ、二ついく? 上級者プレイの思考にいきつくとは、やるねリタ」
そうかなあ、と照れるけど、しかしリタ、気づいていない。
これは確かに、ただボールを渡し合う、一見、平和そうなゲームであるけど、
しかし爆弾を抱えているのだという事を、知ることになるのだ。
まずは一つから。
と、わたしはタコボールを、とんっ、と優しく手の平で弾いて渡す。
タコボールは放物線を描いてリタの額を着地点に。
うん、良い感じ、良い角度!
同じように返すリタは余裕そうだった。
実際、余裕だと思う。なんてことのない動作だし。
それを数回、繰り返したところで、
リタから返ってきたボールを見て、うむ? と気づく。
タコさんの色がほんのり赤い。
表情がむすっとしている気が、する。
ふむ、じゃあ、そろそろかな……。
わたしはぷかぷか浮くタコボールの一つに足をかけて、跳躍。
空中にあるタコボールに狙いを定めて、振り上げた手の平を強めに叩き付け、
リタへ剛速球! とまではいかなくとも、それに近い勢いのあるボールを渡す。
しかし、リタはさすが男の子、その勢いに反応して、上手いこと、ボールを手の平で弾ませて、こちらに返そうとしたけど、だけど企んだタイミングはばっちりだった。
わたしの一撃で怒り心頭になったタコボールは、ぱんっ! と破裂し(死んだわけじゃなくて、一時的なものだ)、中に溜まった墨を辺り一面にぶちまけた。
距離を取っていたわたしは安全。
でも、中心地点にいたリタは、真っ黒で。
綺麗な金色も隠れてしまっていた。
「ぷっ――あははっ! リタってばすっごい真っ黒ー!」
指差して思い切り笑っちゃった。
それでもリタは、にこにこと。
水中に潜り、ある程度の墨を落とし切ってから、
「なるほどねえ……こういう意図があったんだあ……」
「んー? 怒った? リタも怒ったりするんだー?」
「怒ってないよー?
ただ、ニャオっていじめたらどんな反応するんだろうなーって」
間を開けて、
「――思っただけ」
リタの両手にはたくさんのタコボールがあり、
それがいっぺんに、わたしの元へ放物線を描きながら飛んでくる。
「あくまでもゲームをするよ。
ルールは一緒……、ただ、五倍のボールでいこう」
なにかのスイッチが入ったリタは、人が変わったかのように。
人から変わったかのような感じで、悪魔みたいな笑みだった。
「……へえ、自信があるようだね」
「そっちこそ。仕掛けてきたって事は、相当あるんでしょ?」
ちょっとした遊びにつもりだったのが、真剣勝負に。
そういう事はよくある。
まさか、リタがここまで闘志を剥き出しにするとは思わなかった。
負けず嫌いってところも。
女の子にも遠慮をしないところも、わたしは結構、好きだよ?
空中を行ったり来たりするタコボール達。
それぞれのコンディションを見ながら、勝負を決めるか引き延ばすかを判断するのだけど、さすがに全部は難しい。
ある程度、予測を混ぜながらじゃないと――、
――ぱんっ、と、
破裂音と共に、わたしの視界が真っ黒になった。
あ……。
「うえー、墨だあ」
「結局、先手必勝だよね。
墨を喰らった方は建て直しなんてほとんどできないんだから」
言われて気づけば、タコボールは残り四つ。
全て、わたしのところへ飛んできている。
しかも、墨でよくは見えないけど、
感情を読み取れば、みんな怒りマークを浮かべている。
四匹、全員。
そして、
連鎖するように、連続して破裂し、わたしはさらに真っ黒になった。
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