第9話 リクエスト

「はあー! すっきりすっきり! ありがとねー!」


 と、浜辺に座り込む少年に声をかける。


 勘違いしないでね、ちゃんとしたトイレにいったからね?

 海にしたわけじゃないから。


「解決したのなら、良かったよ」


 夜中、月明りが少年を照らす。

 金髪で、光が反射して輝くのは分かるんだけど、

 腕の肌まで輝いているのは、不思議だった。


 綺麗……。

 するとわたしの視線に気づいた少年が、まくっていた袖を戻す。

 恥ずかしそうに、腕を隠した。


「あ、あんまり見ないでほしい、な」


「ご、ごめんね。

 ……わたしはニャオ。ニャオーラって言うんだけど、ニャオでいいよ」


「知ってる。お姫様でしょ?」

 そりゃ知ってるか。嫌でも耳にするしね。


 国にいて、その王族の話を聞かないなんて事はあまりないし。

 意識しなくとも情報は入ってくる。


「僕はリタ。……これを、拾ったんだ」


 と、リタは一枚のピンク色の封筒を出した。

 果実のシールが貼ってあったけど、一度はずしたのか、よれよれだった。


 けど、それは別にいい。

 中身を読んでくれて、だからリタはわたしの部屋まできてくれたのか。


「アルアミカって子じゃなくて、悪かったけど……」

「い、いや、ううん。大丈夫。正直、読んでくれたら誰でも良かったから」


 誰でもってわけじゃないけど、少なくとも、リタが嫌ってわけじゃない。


 わたしの事を知っていて、

 初対面なのに、危険を冒してまで助けにきてくれるなんて……。


「――なにが狙いだーっ!」


「ええ!?」


「お金か! 王族に借りを作って、良いポジションに居座りたいのか!」


「ち、違うよっ、そんなこと考えてない!」


 リタは否定するけど、どうかな。

 相手が姫だと分かっていて助けにくるなんて……、

 お人好し過ぎるし、警戒するのは当たり前だよ。


 下心があるんでしょう? 

 男の子なんて、どうせそうだもん。


「ないって、わけじゃないけど――」

 やっぱり!


「王族とか、お金とか、そういうのは関係なくてさ……。

 ニャオとお近づきになれたらいいなー、と思って」


「……え?」

「あ、ごめん、ニャオ様だよね!?」


「いや、呼び方はどうでもいいけど……、

 それにこの国のみんなは『様』付けしないよ?」


 ん? もしかして、この国の子じゃない……? 


 リタは頷く。


「うん。ええっと――」

 方角で悩んでいるのか、指をふらふらさせ、

「あっちの方かなー。森の方からきたんだ」


「祭りの国の近くの、森かな、そうなると」


 その辺は確か、世界最大の大樹がある場所だった気がする。

 亜人達の国というか、街があって、人間なんて住めないはずだけど……。


 ま、まあ、魔獣達が棲む『巣窟そうくつ』生活の人もいるって言うし。

 変な事じゃない。

 それに、見た目は人と変わらなくとも、亜人の可能性もある。

 わたしが視線を向けると、あはは、とリタがはにかんだ。


 目が合って、慌てて逸らす。

 ……逸らさなくても良かったかな。


「そ、そうなんだ。へえ、この国じゃなくて……、

 じゃ、じゃあ! はるばる遠くからわたしに会いにきたってこと!?」


 いやいやさすがにそれはないか、どれだけ自信過剰なんだわたしは。


 旅をしながらこの国に寄って、たまたまわたしを見て、会いたいと思ったのだろう……、

 そうに違いない。

 つまり一過性のものだよね、と、うんうん自己完結して頷く。


「うん。ニャオに、会いにきた」

 と、頷かれた。


 わたしは固まる。

 かっちこち。

 思考がパニックで、遂に最後には溶けちゃった。


 な、なななななっ、こ、こいつはなにを言ってるんだろう……。


「そりゃあね、ニャオを助けたら、ちょっとはお近づきになれるかなあって、そういう下心がなかったわけじゃないけどね。でも、あの手紙を見たら、助けないわけにはいかないよ」


 下心はあっても、利用する気なんてない。

 こうして話せただけで、充分だよ。


 リタは微笑みながら。

 そして再び目が合い、一瞬、困った顔。

 すぐにリタがその場から離れようとした。


「ニャオを困らせるためにきたわけじゃないんだ。

 だから、今日はこのまま帰るよ」


「ちがっ、困ってなんか――」


「でも、そういう顔してる。

 やっぱり、困るよね。いきなりこられちゃうと」


 違う! 困ってるわけじゃない! 

 けど、わたしには、その感情を言葉にできない!


 だから去ろうとするリタの腕を掴むしか、わたしにはできなかった。


「……ニャオ?」

「帰れ、ない。ここまで抱っこされてきたんだから、最後まで役目を果たしてよ!」


「……そうだよね。僕とした事が、うっかり。あの部屋に、戻ろうか」


 リタはわたしの体をひょいっと持ち上げて、お姫様抱っこをする。

 さっきと一緒なのに、胸がざわつく。

 死にそうなくらいの鼓動を、全身に伝える。


「今度は揺れてもいいよね?」


 うっさい、勝手にしろ、バーカっ。



 身軽なリタは、わたしを抱っこしたままでも、足場の悪い場所をとんとんと進んでいく。

 跳んで跳んで跳んで。重さを感じさせない動きだ。


「わたし、女の子としては見せちゃいけない姿をさっき見せたと思うんだけど……」


「うん? トイレをがまんしてたこと?」

 い、言うな! 振る舞いは紳士的なのに、発言にデリカシーがないよ!


「幻滅、したんじゃないの……?」


 きょとんと。

 リタは本当に、分からないと言った様子で。

 しかし数秒してから、ああ、と納得したらしい。


「女の子は、そりゃ気にするよね。大丈夫だよ、幻滅なんてしない。そういう姿を強気になって隠さず、僕に見せて、きちんと助けを求めてくれたところが、すっごく嬉しかった。そんなニャオを助けられた事が、役に立った事が、僕は凄く満足なんだ」


 だから、幻滅なんてしない。


「もっともっと、ニャオの事が好きになったよ」


「そ、そっか」


 やっぱり、発言にはもうちょっと意識をしてほしいな……。

 そんなにあっさりと好きとか言われると、わたしも反応に困る。

 両手で顔を覆うしかなくなるじゃん。


「着いたよ、ニャオ」


 窓枠に着地し、きちんと靴を脱いで(気にしなくていいのに)、

 ベッドにわたしを下ろしてくれる。そして、毛布までかけてくれた。


「夜は寒いから暖かくしてね。風邪を引いたら辛いよ」


「大丈夫、姫は風邪なんて引かないから」


「でも、念には念を入れてね。

 暖かくするのが悪い事じゃないし、辛いわけじゃないでしょ?」


 まあ、朝は暑いだろうけど。

 それにはわたしも同意。

 そういう時は自然と、毛布は蹴っ飛ばされてるから心配はないんだけど。


「あ、鎖……」

 窓の鎖が千切れていた事について、起き上がり、リタを問い詰める。


「ごめん、無理やり切っちゃった。駄目、だったかな?」


 ダメじゃない。

 だけどあれを切るなんて、一体どんな方法を使ったのだろう。

 そこは秘密らしく、リタが人差し指を唇にあてる。


 リタってば、謎が多いなあ。


「ニャオ、逃げないの?」


 課題が終わるまで、わたしはこの部屋から出られない。

 監禁されている事を、リタは知っている。


 だからわたしを誘ってくれたのだろう。

 でも、課題をしなくちゃいけないのは分かってるし、このままわたしが遊んでばかりいるのがダメなのも分かってる。


 だから、集中する時間も必要なんだと思う。

 それが強制的でも。


 監禁でもされなくちゃ、わたしはどうせ、やらないんだから。


「そっか……ニャオを監禁した人に、夜中に抜け出した事、ばれない方がいいよね?」


 窓の鎖を確認するとは思えないけど、ここは念を入れて。

 頷くと、リタはテキトーに鎖を絡めて、あたかも縛ってますよ感を出してくれた。


「うん。これでちょっと窓を押せば解けるし、外からでも簡単にはずせる。

 これでいつでも、ニャオは外に出られるよ」


「……リタ、ありがとう」

 いえいえ、と微笑むリタ。


 波の音だけが静寂の中で生きていた。


 その隙間を埋めるように。


 わたしは勇気を出して。


「リタ、夜、こうして会ってくれないかな。

 いや、夜だけじゃなくて、午後なら! たぶん抜け出してもばれないと思う! 

 午前中は勉強を頑張る! ほら、楽しみがあった方が、頑張れたりするでしょ? 

 だから――」


 一気にまくし立てるわたしの言葉に、リタは押され気味だったけど、全てを聞き終えてから、


「うん、分かった。それでニャオの力になれるなら、僕はなんでもするよ」


 ありがとう。

 こちらこそ、とリタ。


 リタから伸びた手がわたしの頬を撫で、わたしの手がリタの細腕を包む。

 そんな接触が心地良くて、しばらくの間、浸っていたら、そろそろ、夜が明けそうだった。


「あ、やば。ニャオもそろそろ寝ないと。明日、辛いよ?」


「うん……午後、海で泳ごうね」


 そう約束し、指切りをした。

 久しぶりにした指切りは、楽しかった。

 指切りが楽しいんじゃなくて、たぶん、リタと一緒だから楽しいんだと思う。


 リタは窓から帰る時に振り向き、最後におねだりをしていった。


「ニャオ、ええっと、みんながリクエストしてた、ごろにゃんってやってくれると――」


「ごろにゃんにゃん。また明日ね、リタにゃー」


 顔を真っ赤にしたリタは、挨拶もしないままに窓から飛び出していった。


 そしてわたしもまた、同じように顔が熱くて――、

 ああ、真っ赤なんだなって、分かった。


 う――――っっ! 

 

 と毛布の中で叫ぶ。


 ……こんな感情、初めてだ。

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