第6話 無知の姫
「あんのニート兄貴めっ! 珍しく本当のことを言ってたんだなー」
アルアミカとわたしは、背ビレのないイルカの魔獣の背に乗りながら、目的地を目指す。
これから王城にいき、アルアミカと一緒に遊ぶ予定を立てたのだ。
とりあえず庭で魔法を見せてもらおう、と今から楽しみでわくわく。
そんな時、アルアミカはそう呟いた。
「なにがー?」
「ほら、さっきニャオが『魔法使いは一番偉い』って教えてくれたでしょー?」
正確には、お姫様と対等ね。
そこは間違えないよーに。
「まあまあ」
どっちでもいいじゃない、みたいな扱いだ。
なんだかわたしの方が納得いかなくて、
わがままを言ってるみたいな雰囲気を出すのやめて。
「ニートの兄貴がいるって言ったじゃない? そのニートが、教えてくれたんだよ。
『魔法使いは一番偉いから、なにをしても許されるし、許されなくとも自然と周りが尻拭いしてくれるから、超楽ちん』ってね」
うわー、その兄貴、クズだなあ。
妹にそう吹き込むところも。
一回、地獄を見ればいいと思うな。
というか、見よう。幼馴染のお嫁さんにフラれればいいと思う。
「そりゃ無理かなー。お姉ちゃん、兄貴のこと大好きだし」
「だからさらにつけあがるんだと思うけど……」
一回、びしっと言ってあげればいいのに。
でも、だらしない人がいいのかも。
大変そうだけどそのお姉ちゃんからしたら、楽しくて仕方ないのかもね。
わたしにその気持ちは分からないけど。
夫は楽ちん、妻は楽しい――、ウィンウィンの関係ができてるじゃん。
「嘘みたいな本当と、本当みたいな嘘を言ってくるから、ごちゃごちゃでよく分かんなくなっちゃって、あんまり信じてなかったんだけどね」
「え、信じてなかったのに偉そうに振る舞ってたの?」
「嘘じゃなかったら損するなー、と思って。
でも、魔法使いは偉いんでしょ。なんとなく自分でも分かったから、偉そうにしてただけ。
それが結局、正解だったわけだから、良かった良かった!」
……ごめん、アルアミカ。
実際、どれくらい偉いのか分からない。
神器や魔獣と同じで、国同士で奪い合っている、と言われてるんでしょ。
って事は、それって結局、国に使われる存在であるってわけで、
貴重ではあっても偉いってわけじゃないんじゃ……と思ったけども、思うだけにした。
ふんふふーん、と鼻歌を気分よく歌うアルアミカに水を差したくなかった。
今のところ、水には浸かりっぱなしだし、水はもういいよ。
話を聞くだけでアルアミカの兄貴はかなりのクズだと分かり、
そして、かなりのひねくれた性格らしい事が分かって、見てもいないのに印象がかなり強い。
そして、アルアミカがお兄ちゃんを大好き過ぎる。
世話好き幼馴染と結婚してて、
ニートであり妹に好かれながらも魔法使いとして最強って、どんなスペックなんだ。
「ほんと、あいつは一回、地獄を見るべきだよねー」
嬉しそうに言われてもなー。
こういうので同意すると、怒られるしなー。
言い過ぎだよぉ、と言って、なんとか正解の返答をする。
とりあえず、
そのニートのお兄ちゃんへ抱く、このむすっとした感情をどうにかしたいな。
王城へ入った瞬間、背筋が凍るような怖気がした。
海と浜辺があって、照り付ける太陽があって、
シチュエーションは完璧なのに感覚は極寒だった。
浜辺に着いた時に、ありがとー、と別れたあのイルカの子達を、もう一度ここに呼び出したいくらいだ。
隣のアルアミカは気づいていないようで、のん気に庭を進む進む。
怖いもの知らずっていうか、気づいていないのか。
わたしが勝手に感じただけで、
「ニャオー、疲れたー。
浜辺は砂が熱いし、お城までの階段も長いし、
毎日上り下りするの、あれじゃあ大変でしょ」
「んー、特に感じないかなー」
だってうんと小さな頃からあれだから。
昔は一段一段が高くて苦労したものだけど、最近じゃあ低くて。
なんか楽ちん。逆に、物足りないくらいだった。
もうちょっと上り下りに体力を使ってもいいと思う。
「うわ、マゾなの……?
確かにニャオって、運動してるって感じの体つきだけど」
そーかなー? まあ、体力を使う環境が多い場所だし、
アルアミカみたいに魔法っていう便利な力もないしね。
高度な技術は人が楽をするために習得するようなものだし。
そうすると、発展した技術もなく、大自然と一体になっているこの国で暮らす人は、必然とアナログ的に体を使うわけで、良い感じに鍛えられるのだ。
ほら、わたしも、ちょっとは筋肉あるんだよ?
「ぷにぷにだけどね」
「そこは胸!」
うん、だから胸筋、とアルアミカ。
な、なるほど……、
しかし一発目にそこへいくかな。
……ぷにぷに、かあ。
スラッシュできなくとも、パイはやっぱりあるじゃん!
「縦にスキャンはできないけどね」
寄せればなんとかぎりぎりで、と反論したい。
「スキャンするにはもうちょっと胸がないと無理だよね」
「もうちょっと……?」
「相当ないとね!」
っておい、アルアミカだって!
ふ、不毛だからやめよう。
なんで貧乳同士で傷に塩を塗ってるんだろう。
ここは舐め合うべきじゃないの?
「わあー、お姫様は意外とむっつり……」
「一応、舐め合うのは傷であって、胸じゃないからね!」
「勉強をサボって遊びに出掛け、
帰ってきたと思ったらなんて不健全な会話をしているんですか、ニャオーラ姫」
げっ、ウスタ……。
「ニャオーラ?」
「あ、わたし、ニャオじゃなくて、本当の名前はニャオーラなの」
いや、分かるけど、とアルアミカ。
わたし自身、ニャオとしか呼ばれなくて忘れそうになるけど、
本当はニャオーラという名前なのだ。
ニャオというのは愛称。
まあ、ニャオーラ、と伸ばすのが面倒な人が一番先に呼んで、
それが今に至るまでに定着した感じなんだろうけど。
今では、ニャオーラときっちり呼ぶのはウスタくらいなものだ。
病院とかでもそうそうその名前では呼ばれないし。
姫様ー、って呼ばれるのは、あの場では意外と恥ずかしいんだけどね……。
「ほんとにお姫様なんだよね……なんでそんなに庶民派なの?」
「専属でわたしについてくれる医者がこの国にはいないんだよ」
いても、わたしはいらないと言うけど。
わたしにつく分、他の人を診てあげてほしい。
だってわたしって怪我しないし。
馬鹿は風邪を引かない、それと一緒で、姫は怪我をしないのだ。
「あなただけですよ、姫様。ここまで放ったらかしな姫もあなたくらいです。
――さあ、サボった分の勉強を始めますよ。今日という今日こそは逃がしませんから」
「えー!? これからアルアミカと遊ぶのに!」
「遊びから帰ってきてまた遊ぶ計画を立てるとは……。
のこのこと戻ってくるところが無邪気なのか抜けているのか分かりませんね」
ぐっ、確かに。
勉強をサボって外出している身で王城に戻ってきたら、そりゃ連れ戻されるよね。
それに気づかなかったわたし、バカだ。
アルアミカと遊ぶことにテンションが上がって、そんな考えが抜け切っていた。
ああ、これじゃあ無邪気じゃなくて、抜けてるって方に確定しちゃうじゃん!
「ちょっとくらい、いいんじゃないのー?
勉強勉強勉強……、無理やりやっても身に付かないわよ?」
「ええ、今は身に付かなくとも構いませんよ。
ただ、姫様はほとんどではなく、無知ですからね」
「ほとんどだってば!」
「目を通し、頭に入れるくらいの事をしていただかないと、この国が終わります」
そろそろ限界ですから、とウスタの視線がわたしに向けられる。
……わ、分かってる。
ウスタだけじゃなく、みんなに苦労をかけちゃってるのは、わたしが不甲斐ないせいだから。
でも分かって!
一日中、家に閉じこもってたら、頭がおかしくなっちゃうよ!
「三十分も部屋にこもってないじゃないですか」
「それくらいはこもってるよ!
挫折する、ぎりぎりがそれくらいだってば!」
「早いなあ」
アルアミカが声に出して笑う。
ちょっ、同じ人種のくせに!
「魔法使いって、知識と応用力が必要なの。
魔法使いが大昔に生み出したと言われる文字と文法。
組み合わせ。
それ単体じゃ成り立たない、欠片と欠片を合わせて作られる文章のパターンは、かなりの数があって、文字の一つ一つがアナグラム用の文字の一つになるの。
何千、何万通りの文章と、その意味を覚え、
それを戦いの中でぱぱっと思い出して、組み替えて成立させなくちゃいけないのよ?
頭は良くないと。
ちなみに私はかなり成績は良い方なの。特に記憶力がね」
ふふん、と仰け反るアルアミカ。
うん、でも、やっぱり同じ人種だ。
「どこを見て――そこはもういい!」
「ええ、もういいです。
ニャオーラ姫、いきますよ。勉強です」
「うー、やだやだ! つまんないもん!
というかウスタは執事服が似合ってない!」
「今は関係ないでしょ……。人が気にしてる事を抉らないでください。
仕方ないです。元々、こういう服を着る立場の人間ではないのですから」
「おにーさん、もしかして手練れだった?」
アルアミカがちょっと顔つきを変えた。
ウスタの事はなにも説明してないし、ウスタ自身も気にならないように配慮しているはずだけど、それでもなにかを掴んだらしい。
魔法使いは、やっぱりそっち側なのだ。
オールバックに固めた髪を撫で、
「……それなりには」とウスタ。
本音を言っていない、というのは丸分かりだけども、
アルアミカは、ふーん、と流した。
「勉強、いつ終わるの?」
待っててあげる、とわたしにとっては嫌な流れ。
「ニャオーラ姫次第ですかね。
ほら、お友達が待っていますよ、早く動いてください、姫」
「様をつけなくなったし、しかもその前に、『ほら』って言ったでしょ!
『それ』とか『これ』とかに通ずるものがある!」
「いちいち気にしないでください。この言葉遣いも、不愉快なのです」
「わたしへの言葉遣いなのに!? え、嫌だったのっ!?」
というか、元々言葉遣いを指定したつもりはないんだけど……。
いつの間にかこんな喋り方に。
そして主従関係が出来上がった。
ウスタはわたしよりも、パパへ忠誠を誓っていて、主はわたしじゃない。
わたしに気を遣う必要はないんだけど……、そういうわけにもいかないよね。
「そうですね、じゃあ少し崩します」
「風船みたいな忠誠だー」
軽いし、しかも一人で勝手に飛んでいく。
しっかりと紐を掴めないわたしのせいでもあるけど。
ウスタは、姫っていうわたしを掴んでいるって言うのに、ね。
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