第5話 因縁の相手
じゃあ、頼むわ、と言い残し、
おじさんが岩場のそばに停めてあった船に乗り込む。
数人の仲間も、荷物を抱えて後を追った。
鉄っぽいガラクタの素材を袋に詰めて、ティカとカランもそれに続こうとした時、
アルアミカがティカの服を引っ張る。
子供が置いていかれたくないから、親の裾を引っ張るようにして。
今更の話。
アルアミカは、聞こえてきてしまった話し声で気づいてしまったのだった。
「……錬金、術師……?」
「…………」
ティカは深い溜息をついた後――、そうよ、と認めた。
「――騙してたのかッ!」
八重歯を剥き出しにし、アルアミカが敵意を見せる。
しかし、先に手を出したのはティカだった。
突然だ、
伸びてきた細いグリップの先端が、アルアミカの顎を突き上げる。
宙に浮いたアルアミカは空中で後転し、
着地せずに体をそのまま浮遊させた……そういう魔法らしい。
そして、アルアミカを突き上げたグリップの逆の先端には、重りが一つ。
岩場にずしりと重心を置く。
グリップも合わせたら丁字のようだった。
「ちょっとっ、ティカ!」
「仕方ないよ、カラン。
魔法使いが全力を出したら私なんて一瞬だもん。敵意を見せられた時点で先制しないと、私、死んじゃうんだよ?」
さすがに嫌だよそんなの、と。
それにはカランも、なにも言えなかった。
「それ……神器……ッ」
見た事があるぞ、とアルアミカ。
「そう。なら、威力がどれくらいなのかは、理解しているでしょう?」
「で、どれほど劣化してるわけ?」
むっ、と、ティカが面白くなさそうな顔をする。
「……まったく同じ、そっくりを作れはしないけど、
だからと言って劣化と言われるのは
「所詮はレプリカでしょ?」
「レプリカ・プラスアルファよ――。
オリジナルには敵わないけど、魔法使いを沈めるくらい、どうって事ないわ」
「言ってくれるじゃん……媚び売り錬金術師が」
「独断専行、孤高の大迷惑魔法使いに言われたくないわね」
二人の間で火花がバチバチと弾けていた。
あわわ……どうしよう、止めたいのに力がないから動けない。
カランも一緒で、あわあわと意味もなく自分のポケットからたくさんの道具を出していた。
収納力以上の物質が出てくるんだけど!
大決戦! の脇で密かに気になるファンタジーだ。
海の友達を頼ろうにも、魔法使いと錬金術師の衝突に巻き込まれたくないのか、近くには誰もいなかった。
こんな事は滅多にないんだけど、だからこそ、この衝突の脅威が分かる。
魔獣だって、逃げたくもなるものなのだろう。
魔法使い……、錬金術師。
「そりゃ、そうだよ……魔法使い、錬金術師、神器、神獣、魔獣……。
この並びに平然と入っちゃうくらい、個々としても、組織としても、
兵器と変わらない認識なんだから!」
もしも――、わたしに神器があれば。
この戦いを止めることができたのだろうか――。
ううん、そんなたらればを言ったって、なにも変わらない。
二人は友達だ。
二人の仲が悪くて、和解できないような因縁があったのだとしても、
二人が一緒にいることがなくとも、友達なのだ。
どっちかを失うなんて、嫌だし、考えられない。
だから飛び出した。
止めるカランを振り切って――火花散るまさにその中心に。
錬金術師――丁字の神器が振り上げられ。
魔法使い――両手に生み出される赤い光が視界に映っても、わたしは止まらない。
「絶対に、ダメ!!」
両手を広げて、目を瞑らずに。
それが私にできる事だ。
なにも持たないわたしができる、唯一の手。
「あっ――」
と激突する際、二人は一瞬、因縁の相手へ向ける怒りから、正気を取り戻した。
でも、振り上げた自分の攻撃は止められなくて。
しかし止まったのは、戦い慣れした大人の丁寧な手際のおかげだった。
人間よりも大きな魔獣を、部位から破壊していく彼らにとって、
人間一人を組み伏せるのは簡単だったらしい。
アルアミカもティカも、体はまだ子供だから、あっさりと拘束された。
「これでもこいつは姫様なんだよ」
狩猟者のおじさんがアルアミカの両手を後ろで縛り、
彼女をうつ伏せにし、その背中に片足を乗せながら。
ティカの方も同じで、両手を後ろで縛られてるけど、伏せられてはいなかった。
関節技が決まっているのか、身動きが取れず、顔を苦痛に歪めていた。
数人の狩猟者達が二人を無力化した。
「この島にいる限り、姫さんを困らせんな。
別にしてもいいが、その場合は俺ら狩猟者と騎士団がお前らを狙う。
海の底まで追い詰めるぞ」
「な、なによ……、
魔法使いにこんな事をして、ただで済むと思ってんじゃ――」
「知らねえな。
魔法使い? さも当然みたいに自分をえらく上に見ているらしいが、そうでもねえぞ?」
魔法使いってのはいつの時代も使われる側だ。
と、おじさんが拘束を解く。
自由になったけど、アルアミカは動く気がなさそうだった。
同時に拘束を解かれたティカは痛む腕をさすりながら、丁字型の神器をしまう。
しゅっ、と一瞬で小さく折りたたまれた。
神器にそういう機能はないため、つまり、それがプラスアルファの部分なのだろう。
錬金術師が生み出した、一つだけの神器――レプリカ。
「さ、行こっか、カラン」
「……ティカ、大丈夫?」
ちょっと熱くなっちゃった、とティカは苦笑しながら、
狩猟者達の隣にある、もう一つの船に乗り込む。
カランが振り向き、目線でわたしを誘った。
だけども、わたしは首を左右に振る。
「……カラン」
う、うん、とティカに言われて、カランが船に乗った。
わたしは、あははー、とはにかみながら、手を振り、おじさんに合図。
遠慮なく船が出され、それはそれで予定通りではあるけど、
しかし、躊躇われないのもそれはそれでむすっとなるなー、とわがままな心境。
「よいしょー」
と、未だうつ伏せのままのアルアミカの隣に座り込み、
弱いけど、わたし達を濡らしてくる波を眺める。
遠くに見える島を見つめ、
……帰りは泳いでいくんだよね、どれくらいかな、と推測をする。
急げば三十分くらい。
ゆっくりいけば……、一時間くらい?
みんなに手伝ってもらえば、十五分くらいかな、と考えていた。
「……ニャオは、お姫様なんでしょ?」
アルアミカがうつ伏せから起き上がり、わたしの隣に座ってそう呟いた。
小さな声で、弱々しい。
アルアミカらしくないなあ。
それほど、さっきの言葉がショックだったり。
「そうだよ。
でも、頼りにならないお姫様って、みんなには呼ばれてる」
かと言って、嫌われてるわけじゃないと思うけど……、
だよね、そうだよね!?
ちょっと心配になってきた……。
「……魔法使いって、一番偉いんじゃないの……?」
「んー? どうなんだろうねー。一番偉いのは、神獣だと思うけど」
「そうだけどさ……。ニャオは、お姫様なのに知らないんだね」
「お姫様でも知らない事はあるよ」
ま、わたしの場合はほとんどだけど。
たぶん、他国と比べて一番、姫として役目を全うしていない気がする。
分かっていながら直そうとしないから、もっと悪いと思うけどね。
でも、堅苦しい、姫としての在り方が、わたしには合わないって感じがして。
今みたいにのん気に遊び回って、
国民のみんなとお喋りしてるのが、わたしらしいかなって、そう思うんだ。
「……のん気なものね」
「へへー。ダメかな」
ダメじゃないよ、とアルアミカは言ってくれた。
ただ、他国の食い物にされないか心配、とも言ったけど。
「そこは、まあ。……あとあと? 流れに任せて?
とにかく――なんとかなるよ」
「うわー、頼りにならないお姫様だなー」
しみじみと言われた。
けっけっけ、とイタズラっ子みたいな笑い顔を見せたアルアミカ。
ちょっとだけ、元気を取り戻したみたいだった。
「――もしもだよ?
もしも私とティカが本気で対立した時、ニャオはどっちにつくの?」
「アルアミカかなあ」
だって、ティカにはカランがいるし、とは言わなかった。
それも確かにあるけど、
まあ、アルアミカの方が良いって、わたしは答えを出してる。
こうして残ったのも、そうだから。
さすがにわたしでも、直接は言えないけどね。
恥ずかしいから見ないようにしてたけど、
返事がないから気になり、ちらっと隣を見てみると――、
アルアミカははっとしたまま、わたしを見つめて止まっていた。
「やば……私、ニャオのこと好きになったかも」
「な、なにそれ……」
嬉しくない、わけじゃない。
姫とか関係なく、対等な友達ってのは、案外いなくて。
みんなどこかで相手はお姫様だからって、遠慮しちゃうところがある。
けど、アルアミカは違う。
自分を一番偉いと思っていて、だからお姫様だからどうだとか、考えない。
その固定観念がさっき崩れかけたようだけど、否定してあげればいい。
一番偉いのは魔法使いだよ、って。
まあ、お姫様と同じくらい、とは付け足すつもり。
あくまで対等であって、格下に見られたくはないから。
「わたしも、アルアミカの事は、好きだよ」
ただし、友達として。
けれどその本音がアルアミカに伝わってるとは思えなくて……。
まあ、うん、別に変な勘違いはしないかなー。
大丈夫でしょ。
そう願って、
わたしとアルアミカは王城のある、王の離島へ泳いでいくことにした。
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