第4話 天才とあれは紙一重

「し、信じられない……」

「確かに、神獣しんじゅうが散歩中、助けを求められて顔を出すとは思わないよね……」


「あんた、お姫様だったんだ……」

「さっきの神獣登場イベントよりもそれ!?」


 魔法使いともなると、着眼点もずれちゃうのかな。

 確かに、お姫様って感じがしないとは、自分でも思うけど……。

 褐色のお姫様はわたしくらいだろうし。


「ニャオちゃんもずれてるよ……」


 そういうカランは年齢と肉体と精神の成長具合がずれてるけどね。

 ともかく、カランはティカの介抱をしてあげて。

 岩壁に背中を打ちつけて、立てなくなってるから。


 それがさっきの爆風のせいだと気づいたらしくて、


 女の子がはっとして慌ててティカの元へ。


「――ごめん、大丈夫!? まさか軽く使った魔法でここまで怪我をするとは思わなくて。

 常識的に考えてさ。私が強過ぎたのかも。

 ほんと、弱い人への配慮が足らなかったわ」


「謝る気あるの……?」


 屈んで心配そうな顔をする魔法使いに、ちょっとイラッとした錬金術師がいた。

 ……怖いよ。

 女の子の方はティカが錬金術師だって気づいてなさそうだけど、

 たとえ気づいていたとしても、意識はしなさそうな感じがする。


 彼女、大雑把っぽいし。


 因縁がありそうな空気を醸し出してたけど、

 もしかしてティカの一方的なものだったりするのだろうか……。


「ええっと、ちょっと待っててね……私ってば魔力の回復が早いのよ。

 もうほとんど見えるようにもなったし、回復魔法も使えるから」


 女の子が、手をティカの背中にかざす。

 音がなく、口が動いた。

 緑色の泡のようなものが見え、それがティカの体に吸い込まれる。


 少し動いただけで激痛に顔を歪ませていたティカは、

 ふっと肩の荷が下りたように、表情をリラックスさせた。


「どう? もうなんともないでしょー?」

「……痛く、ない」


 そりゃそうでしょうよ、当たり前ー、と分かりやすく調子に乗る女の子。


 ティカは体を何度もねじり、

「わっ、怪我をする前より動きやすい……っ」と驚いていた。


 へえー、魔法ってそんな事までできるんだ……、便利なんだなー。


「感謝しなさいよね」

「元々、あなたの勘違いでした攻撃のせいなんだけど……」


 しかし、ティカはそれ以上、言葉を重ねる事はしなかった。

 勘違いさせるような事をしたのはこっちも悪いしね、と自分の中で完結させていた。


 ついでにカランとわたしも治してもらって――、

 寝不足も解消されたように、清々しい気分!


「一応、もう一回、名乗るけど……私はアルアミカ。――アルアミカ・グレンヌ」


「グレンヌ家と言えば、魔法使いの中でも一番有名な魔法一家だよ。

 確か長男は魔法使いの中でも最強って言われてるんだっけ?」


「あのニートはグレンヌ家の恥だけどね」

 と女の子――もとい、アルアミカは苦い顔だった。


「才能があって、実力もあって結果も出してるのに、すぐにサボるから。幼馴染の可愛いお嫁さんがいるから、尚更なにもしないし、働かないのよ。

 困ったもんよねー。

 お姉ちゃん……そのお嫁さんも世話焼きだから、かなり甘やかされて育ってるよあいつ……」


 魔法使いの評判を悪くしてるのはあいつだよまったく羨ましいなー……と、

 最後に本音が漏れていた。

 ちなみにグレンヌ家には長男、次女、三女、四女の四兄妹で、

 アルアミカは末っ子になるらしい。

 なぜか本人からじゃなくてカランから聞いた事なんだけども。


「魔法使いの事はよく話題になるし、神器じんぎと一緒で、国同士で奪い合いをしてるんだよ。だから頻繁に情報が入ってくるんだよね。

 それに、ティカがいるからなんとなく調べちゃうの」


 そうなんだ。

 今度、わたしも意識してニュースとか見てみよう……、

 ただ、部屋にテレビとかないんだよねー。

 放送の電波もよくないし……まあ、ウスタに頼んでみようっと。


「新聞を読むって発想はないんだね」

「字を見てると眠くなるんだよね」


「あ、それ分かる! 字の羅列って、もう催眠だよね」


 そうは言うけどアルアミカ、魔法使いは文字を扱うんだよね……? 

 指摘したら、それは眠くならないの! と謎理論で躱された。

 まあ、その感覚はなんだか分かる。

 好きな事だと夢中になって、眠くならないんだよね。


「でしょー!」

 二人の声が揃い、パチン! と合図がなくともハイタッチが成功した。


 さっきまでの戦闘が嘘みたいに、かなり気が合う。

 さっき分かった事だけど、同じ十四歳だから尚更、思う事が一緒なのかもしれない。

 わあ、今日一日で三人も友達ができるなんてついてるなー。


 姫様と知りながらも、わたしに敬語とか使ってこないし。

 ……まあ、国のみんなも親近感があり過ぎるのか、敬語を使ってこないんだけど。

 でもそれが一番、居心地が良いから、納得してる。


 ほんとはわたし、姫様ってタイプじゃないんだよね。


「ふふっ、子供がまた一人増えたみたいだね」


 ティカが微笑む。

 子供って……しかもまた、と言った。

 ってことは、わたしも子供だって思われてるって事!?


「ちょっとティカ! わたしはこれよりは大人だよ!?」

「ちょっ! 誰が『これ』だ! ニャオより私の方が大人よ!」


 そうでしょう、ティカ!? とアルアミカも自然とティカの名を呼ぶ。

 裏表がないと言えば、良い感じに聞こえるけど、ただ単に無礼なだけかもしれない。


 わたしも人のことは言えないけど……、

 そう言えば、ティカって年上なんだよね……。

 カランよりはそう見えるけど、やっぱり、一つ上ってのは同い年と考えてもいいと思う。


 しかしティカはその辺、しっかりと考えていて。


「アルアミカ……、ティカ『さん』でしょ?」

「私だけ!?」


 ニャオは、ほら、お姫様だし、とわたしはセーフだった。


 こればっかりはくせだしなー。


 わたし、誰に対してもこんな感じで、

 敬語とか使おうとすると変な言葉遣いになっちゃうんだよね。


 だからいいやと思って、ずっとこの喋り方。

 お姫様って立場がちょうど良く効いてるから良かった。


 でも、そうではないアルアミカはやっぱり敬語は使わないといけないらしくて……、

 しかし本人は絶対に敬語を使う気がなさそうだった。


「私は魔法使いよ? お姫様って理由でいいなら、私も当てはまるじゃない」

「魔法使いって言うより、あなたの場合は魔法痛快って感じよね」


 それある! と思い切り同意してしまった。

 確かに見てて気持ちいい。

 ストレスを吹き飛ばしてくれるような、思い切りの良さがアルアミカにはある気がする。


「むー、どういう意味かは知らないけど、きっとバカにしてるな!」


「分からないんだ……」


 意味としては、バカにはしてないと思うけど……、

 でもまあ、ティカの言い方はそれっぽいよねー。

 

 真実は分からないけど。

 イントネーションで見破るアルアミカは、

 意味が分からなかったからこそ、分かったのかもしれない。


 魔法使いを嫌うティカを知っている立場から見てるから、

 もしかしたら、そう思えちゃうだけかもしれないけど。


 アルアミカの文句を、あーあー聞こえなーい、と耳を塞ぎながら流すティカ。

 うがー、と苛立ちが限界を越えたのか、アルアミカが丸い岩に座るティカを押し倒す。

 しかしすぐに関節技を決められていた。


 ばんばんっ、と、ギブアップをするアルアミカを無視し、締め上げるティカ。

 おほほ、とお上品に笑いながら、まったく緩める気配がなかった。


 ……楽しんでるなあ。

 ティカからしても、アルアミカとは打ち解けられそうなのかな。


「カランは嫉妬してたりー?」

「えー? もうっ、私ってば子供じゃないんだよー?」


 だよねー、二つ上だもんねー。

 だったら寂しそうな顔しないで欲しいなー。

 心配でわたし、隣まで寄り添いにきちゃったじゃん。


 微笑ましく眺めるカランだけど、

 仲に混ざりたいのか、少しずつ近づいていってるのが分かった。


 ダメって言われてるけど、気になって近づいちゃう小さな子みたいな反応で可愛かった。

 なにをしてもカランを表現する比喩って、小さな子になっちゃうんだよね。


 仕方ないよね、だってそういうキャラって印象になっちゃってるんだから。


「あ――、この足音。

 ニャオちゃんっ、みんなが戻ってきたかも」


 カランが振り向き、岩壁を見上げた。

 ――すると、真上から降りてくる、数人の男達。


 向かった時よりも大きな荷物を背負っていた。

 中で獲った食材や素材……魔獣のものだろう。


 服装はぼろぼろだけど、傷は一切、負っていない。

 掠り傷さえもなかった。さすが狩猟者。

 まあ、毎日のルーチンワークだし、必勝のマニュアルがあるのかもね。


「あ、あ――――――ッ! さっきのクソオヤジ!」


「あん? ああ、自称魔法使いのガキじゃねえか。無事だったのか」


「無事じゃない結果を想定していたのか!」


 そう言えば、忘れていたけど最初、アルアミカは岩壁の上から落ちてきたのだ。

 誰も追及しなかったけど、アルアミカはこの崖の内側にいた、としか思えないわけで。


 どうやって入ったのか、かなり気になった。


「どうって……、いや普通に、魔法で?」


「俺らよりも先に中にいたからな、そいつ。

 で、バカなもんで爆発魔法を撃ってやがったから、つまみ出したんだよ。

 あんなにうるさかったら魔獣が逃げるだろうが」


「よくも人を、腕の一振りで投げてくれたわね! 部屋の隅にあるゴミ箱に、丸めたゴミを投げるみたいに、あっさりとあの飛距離をどうやって出すんだ!」


「子供とは筋力が違うんだよ、バカ」

「そんなんで説明になるか! お前がバカだ!」


 あと、魔法を撃ってるところを見たなら、自称魔法使いじゃないって分かるじゃん! とアルアミカはさっきから叫んでばかりだった。

 あーあ、相手にするだけ疲れるだけなのに。


「おいおい、あんまり叫ぶとそれ以上に身長が伸びないぞ」

「マジで!?」


 むぐぅ、と口を押さえるアルアミカ。

 ……信じた? 

 だとしても叫ばなければいいだけで、喋ってもいいとは思うんだけども……。


 グレンヌ家の魔法使いは優秀だと言うし、これはあれかな。

 魔法以外の部分はバカの方に針が振り切ってるパターンなのかな。

 だとしたら色々納得だ。しっくりくる。


 ああ、アルアミカだなあ、って、そんな感じ。


「……ニャオ?」

「どしたのアルアミカ」


「魔法って、攻撃するだけじゃないんだよ?」

 ニッコリと笑って。


 しかし、いまいちピンとこない。

 回復魔法は知ってるけど……?


「たとえば、蛙に変える事もできるんだから。言葉には気を付けて」


「うん……、うん? 

 アルアミカ、言葉には気を付けて。ダジャレになってる」


 うっさい、とちょっと顔を赤くした。

 それは恥ずかしいからなのか、怒りなのか分からなかった。

 どっちも? どっちもどっちかな。――どっちでもいいや。


「おいガキども、くだらないことを言ってないで帰るぞ」


 狩猟者のおじさんは、手に持つガラクタをいくつか、ティカに投げ渡した。


「――で、依頼できるか、錬金術師れんきんじゅつしのお嬢ちゃん。

 その素材なら、希望の物は作れるかい?」


「さっき貰ったリストの中なら……、いくつか作れますね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る