第3話 海浜のお姫様
「ん……」
ぱちくり、と目を開けてから、きょとんと首を傾げる。
そんな魔法使いの至近距離で、わたしはじっとその子を見つめていた。
「ニャオちゃん、近いよ……」
「あれ? ぜんぜん驚かないなー」
普通、目を開けて目の前に人がいたらびっくりすると思うのに……、
魔法使いって、鋼の心臓でもしてるのかな。
「自分が誰よりも偉いと思ってるから、鋼の心臓とも言えるんじゃないかな?」
「ティカも大概じゃない?」
そお? と本人は自覚していないようだった。
たとえ片腕片足が吹っ飛んでも、その猫被りはやめなさそう……。
「……あんた、なによ」
魔法使いの女の子は、目を細めた。
敵意はないよー、と、縛っておきながらそう主張するわたし。
縛ったのは敵意があるからじゃなくて、そっち側に敵意がありそうだったからなんだよ?
「けっこう失礼なこと言ってない?」
「で、でもこの子がもしも大量殺人犯とかだったらどうするの!?」
「そういうのは本人を目の前にして言っちゃダメだよ!」
カランは言うのが遅いよ!
しかし、この子は気にしてなさそうだった。
というか、それどころじゃない様子で。
挙動不審? さっきから、一度も目が合わない。
意識してわたしを見ていないんじゃないかってくらい……だとしたらショックだ!
相手は同い年くらいの女の子なのに!
「……? ニャオちゃん、もしかしてその子――」
と、カランがなにか思いついたのか、
リュックを漁り、柔らかいゴムボールを取り出した。
えいっ、と女の子の鼻先にめがけて投げる――けど。
「あいた」
と女の子は避ける気がなく、ボールを受け止めた。
――というより、見えていない?
「やっぱり。その子、目が見えないんだよ」
「で、でも、さっきわたし達の事を見下してたよ?
見下すって事は、見えてなくちゃいけないんじゃ……」
「魔法使いは」と、ティカ。
嫌いなくせに詳しいんだよねー。
ツンデレ? いや、嫌いだからこそ、詳しいのかもしれないけど。
「体内にある魔力がなくなると、体に弊害が出るらしいって聞いた事がある。
もしかしたら、それの弊害って、視力が落ちるって事なんじゃない?」
へー、と勉強になった。
さり気なくティカはこの子を『それ』扱いしてたけど……いいや気にしないでおこう。
さっき名乗っていたけど、正直、覚えてないし。
だからわたしも『その子』、『魔法使い』と呼んで誤魔化してるわけだから。
「わ、私を縛って、どうするつもりなのよ……ッ」
「……どうしよっかな」
縛ってるのは、とりあえず敵意があるかどうか分からないから、縛っているだけであって、それ以上の意味はないのだ。
この子に敵意はなさそうな気がするけど、さっきのように見下されたりしたら……。
いざ戦いになったら、相手は魔法使いだし、対抗できない。
錬金術師がいるとは言っても、戦闘タイプじゃないからなー。
「私は戦えないからね」
作る専門だから、と戦力外宣告してくれた。
じゃあ私もだよ。
遅れてカランも慌てて手をあげる。
はいはいっ、と大声で。
分かってるのに……、微笑ましい。
「ふんっ、私を魔法使いだと知りながら、こんな扱いをするなんて……、
中々、肝が据わってるじゃない」
「そーだよー、超据わってるよー」
「カラン、このアホみたいな会話、どうにかできない?」
「あはは……」
苦笑いで終わらせないで!
どうにかできないレベルって言われてるみたいじゃん!
「そっちこそ。あれだけの事をされて、まだ平常心を保ててるなんて、大したものだよ」
「へえ……」
あ、今、なんの事か分からないけどこのまま突っ切ってしまおうか、みたいな心境が手に取るように分かった。
魔法使いも同じ人間なんだなあって、なんか安心したよ。
「まあね。あんたじゃ私をどうこうするのは無理よ。私は、魔法使いなの」
グレンヌ家、と言えば、分かるわよね……と自信満々に言われた。
……やばい、分かんない……。
魔法使いの中でも有名なのかな。
助けを求めるようにティカを見たら、視線を逸らされた。
そのままカランとお喋りをし始める――、う、カランを奪われた……!
勉強をサボり続けたツケがこんなところで回収されるなんて。
えと、ええっと……いいや! とにかくテンポよくツッコんじゃえ!
「グレンヌ家、ね……知ってるよ、そんな事はね」
「!?」と女の子が驚いた。
やば、選択肢を間違えた?
「ふーん、知っていながら私を狙ったって事は……その手の人なのかしら?」
どの手なの!? 待って待ってっ!
なんだかこのまま進んだら、すれ違っていく気がする!!
その手の人じゃないよー、と伝えようとしたら、
嫌な汗をかいていた女の子の目が、本当の敵意を見せる。
わたしを見たわけじゃない。
だけど、目の前にいる正体の分からない誰かを、敵と判断したみたいだった。
今の会話で、わたし達を敵だと勘違いした?
目が見えないから……、正確に言えば、見えにくいから、
同い年くらいの年齢の女の子だって、分からずに。
「あんたらが何者か知らないけど……やられる前に、やる」
「ちょっと待っ――」
その時、女の子のヤバさを感じ取ってくれたのか、
触手ちゃんが数本の触手を操り、魔法使いの全身を縛る。
腕は使えず、足もまともに動かせない。
浮いているから、移動もできない。
けれど、ティカはそれを見て声を荒げた。
「それじゃあ意味ない!
いや、どう縛ったところで意味なんかないの! いいから逃げてっ!」
でないと――、
そんなティカの叫び声は、心に直接響くような声によってかき消された。
聞き慣れない言葉。
わたし達が日頃から使っている言語じゃなかった。
魔法使いだけが、使う、魔法使いだけの言葉、文字――、
触手ちゃんの姿が見えないくらいの規模で、爆発が起こった。
使用者さえも巻き込むような、決死の覚悟で放った自滅覚悟の大技。
というよりかは、暴発させたような印象だった。
爆風に吹き飛ばされたわたしはカランに助けられて、そのカランもティカに助けられて――、
なんとか岩壁に打ち付けられるくらいで済んだ。
けど、ティカのダメージが一番大きい!
「ティカ!」
「カラン……前見て……くるよ、魔法使い――」
爆炎の中から、あの女の子が歩いてくる。
この子も服装はぼろぼろで……ん?
一瞬、目の錯覚かと思ったけど、服装にデザインされている文字のようなそれが、蠢いた。
「アナグラム」
と、目をごしごししながら呟いた。
「文字の組み換え、そして組み立て……」
どうかしら下賤民、と挑発するように。
「これが魔法使いよ」
セリフを格好良く決めたけど、足元はふらふらだった。
この子だって、かなりダメージを負っている。
それに、瞳の光がなくなっていた。
さっきまでとは違う……、完全に、見えなくなってる。
「でも、あと一発くらいなら……」
キッとわたし達を睨み(見えていないだろうけど)、なにかを呟いた。
その途中で、わたしは微かな音だったけども、口笛を吹く。
その音を翻訳すれば、助けて、という意味になる。
海はわたしの味方なの!
「なに、あれ……」
カランが驚きを隠せない様子で、わたしの服をぎゅっと掴む。
ティカもカランを抱きしめて、見届けていた。
魔法使いはなにがなんやら見えていないから分かっていなさそうだったけども、
でも、身の危険は感じたようで、魔法の行使をやめた。
もしも魔法を発動していたら、ただじゃ済まなかったのかなー。
「わたしは友達を呼んだつもりだったんだけど……あはは」
まさか、ねー。
海浜の国じゃない、他の国の神獣が、まさか近辺の空を泳いでいたなんて思わなかった。
島三つを覆ってもまだ余裕があり、顔の半分さえも覗かせていない
……あの子を見ていた。
無表情で、瞳はまったく凶悪でないから、それが逆に、恐怖を生む。
呼んだわたしでさえ、腰が抜けて、崩れ落ちそうなのに。
現に今、カランに背中を預けて、カランも体をわたしの背中に預けてる。
支え合って、まさに人って感じだった。
「あ、あ……」
魔法使いの女の子は、見えないはずなのに、真上を見上げて。
そして、それでもなお、矛先はわたしに向いていた。
「な、なんなのよあんた――――ッ!」
「この国のお姫様です、にかっ」
わたしはできるだけ、快活に笑った。
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