最終章  5話  それぞれの決意 1

 甲府の町へと帰りついた鷹綱は、彼の暮らす屋敷の近くにある。蒼龍一家の鍛冶場へと足を向けた。

 先日、真夜を迎えに甲府へ立ち寄った時に、頼んでいた品物を受け取る為である。鍛冶場の近くまで来ると、彼の弟で、蒼龍家に養子に入った鷹虎の姿が見えた。


「虎、親方は在宅か?」


「おう!鷹あにぃ!帰っていたんだな。親方なら炉の方にいるぜ?」


「そうか……。では、そちらへ向かうと致そう」


 鷹虎に案内で、鷹綱は鍛冶場の命とも言える場所に顔を出す。そこには大きな炉があり、鷹虎の養父である蒼龍金次郎と、彼の夫人で鷹虎の養母であるさやかの姿があった。

 二人の周りにも数人の職人が武具の製造に精を出していた。鷹綱はしばらく彼等の邪魔にならない様に見守っていたが、金次郎が彼の存在に気がついた。


「おう!なんでぇ!鷹坊じゃねぇか?いつ帰ってきたんだ?」


 全身から噴出す汗を手ぬぐいで拭き、満面の笑顔で彼は鷹綱に話かけた。


「ご機嫌麗しく。親方、さやかさん。実は昨日でござる」


 鷹綱は軽く会釈をし、金次郎の声に振り返ったさやかの二人と挨拶を交わす。


「そうかい、そうかい、それで、を取りに来たのかい?」


 さやかも全身の汗を拭き取りつつ、愉快に笑みを浮かべ話しかける。


「はい。実はいくさ下知げちが下りました……。それゆえ……」


「そうか……噂は聞いていたが、始まるかぁ……」


 鷹綱の言葉に金次郎は思いに更ける。その彼をさやかが小突いた。


「ほらほら!お前さん、何、しんみりしてんだい!鷹坊に早くあれを見せておやりよ」


「おっと、そうだったなぁ。おう!鷹坊、おめぇの頼みの品は、きっちり仕上がってるぜ。虎、鷹坊を武具庫へ案内してやんな。俺等もすぐ行くからよ!」


「わかったよ!親方。鷹あにぃ。こっちだぜ」


 鷹虎は金次郎の言葉に元気に返事をすると、兄を引き連れて鍛冶場の奥へと案内する。


「おいらも手伝ったんだぜ?」


「ほう、そうなのか?どうだ?少しは腕を上げたか?」


「当たり前……と言いたいけど、中々、厳しいよ……」



 鷹綱の問いかけに、少し俯き加減に鷹虎は答える。元気な彼にしては珍しく落ち込んでいる様子であった。そんな彼に鷹綱は励ましの思いも込めて言葉をかける。


「どの様な職業、あるいは道であれ……。優しい道は存在せぬよ。極めれば極めるほど、奥が深く感じる物。何事も日々の精進……と、兄は思うぞ?」


「うん、おいらもそう思う……。それでな。鷹兄。おいら、近江おうみに行こうと思う……」


「近江?」


 鷹虎の言葉に鷹綱は少し驚きの声で聞き返した。


「しかし、お前、以前からあった、近江の今浜の鍛冶場への修行は断っていたではないか?まだ蒼龍親方の元で学ぶ事があると」


「うん、それは今でも変わらない……おいら、まだまだここでも半人前だ……だけど……」


 そこまで言葉に出すと、鷹虎は意を決した様に、真っ直ぐに鷹綱へと向き直った。


「自分の力を試してみたいんだ。今浜いまはまには種子島たねがしまの技術もある。たくさんの腕の良い鍛冶師が居る。そこでしか学べない事があると思う。それで、いつの日か、俺も立派な鍛冶師になって、鷹兄の力になりたい!」


 真っ直ぐに鷹綱を見つめる鷹虎の表情を、彼は黙って見返した。そこには、まだ幼さは残している物の、立派な一人のおとこと瞳があった。


「そうか……。うむ。その日が来るのを兄は楽しく待っていよう」


「ああ!楽しみに待っててくれよ!さぁ、鷹兄、ここが目的の場所だ」


 鷹綱の言葉に、満面の笑みを浮かべ、普段の彼らしく元気に返事を返した。そして、踵を返すと、鷹綱の横をすり抜け、鍛冶場へと駆け出した。


「親方と女将さんを呼んでくるよ!」


 元気に走り去る弟に、鷹綱は笑みを浮かべると、彼に負けずに元気に言葉をかけた。


「虎!誰にも負けるなよ!お前は、松本家と蒼龍家の漢だからな!」


 その言葉に一瞬、驚きの顔を向けた鷹虎だが、再び元気に頷いて駆け出した。その姿を見送っていたが、鷹虎と入れ違いの様に金次郎とさやかが現れた。


「すまねぇな。待たせちまったか?と、どうした鷹坊?」


 金次郎達が鷹綱に近づいて来たが、鷹綱は彼の弟が去った方向へと視線を向けていた。金次郎の問いかけに、吐息を漏らし、寂しげに微笑みを浮かべると、鷹綱は答える。


「いや……。いつまでも可愛い弟や妹と思っておったのですが、いつの間にやら、大人になっていたのだな……と」


「おやおや、鷹坊は切なさ全開だねぇ~親離れされた父親の心情かい?」


 鷹綱の言葉にさやかは楽しそうに笑い声をあげる。苦笑を浮かべ鷹綱はさやかに言葉を返すと、彼等に視線を移す。


「からかわないで下され、さやかさん」


「妹と言ったが、あずさに何かあったのか?」


 金次郎は真顔で鷹綱に問いかける。その問いに鷹綱は、昨日の事を彼等に語り出した。

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