第四章  14話  裁かれる者

 怯んだ部下を叱咤しったする様に石田は叫ぶ。


「この人数で負けるはずがない!かかれ!」


 その言葉で暗殺者達は一斉に鷹綱へと襲い掛かった。だが、次の瞬間、石田は自らの目を疑った。

 さらに何が起こったか理解出来ないでいた。彼の部下は彼の言葉で一斉に斬りかかった。

 しかし、彼等の前に居たはずの鷹綱は、一瞬のうちに部下七人の背後に片膝を着き、左手の鞘に太刀を半分納めていたのである。

 鷹綱の眼前で「カチン」と太刀が全て鞘に納められた音と同時に、鷹綱の背後で動かないでいた暗殺者達は「バタバタッ」と、その場に一斉に倒れた。彼等はすでに絶命していた。


「な・・馬鹿な!何が起こったのだ!あの人数を一瞬で……。しかも、太刀筋どころか、あいつの動きすら見えなかったぞ!」


 驚愕きょうがくの表情を浮かべ、石田は信じられないと繰り返す。その石田に再び立ち上がった鷹綱が歩みよる。その彼に恐怖の表情を向けると、石田は慌てて鷹綱を制止しる。


「ま・・待て!落ち着け!お前も俺に加担かたんしろ!二人で晴信を打ち倒して、甲斐の国を手に入れ支配しよう!」


 右手で太刀を持っている石田は左手を上げると、鷹綱を静止する様に手を振る。しかし、鷹綱の歩みは止まらない。その左手には鞘に納まったままの桔梗の太刀が握られている。


「な!頼む!命だけは!!甲斐の国をゆずる!」


 その言葉に鷹綱は歩みを止め、不適に微笑んだ。


「甲斐の支配……か」


「ああ。そうだ」


 石田には鷹綱が彼の言葉に耳を貸したのだと思った。鷹綱の太刀が鞘に納められているのを確認すると、ゆっくりと愛想笑いを浮かべながら、間合いを詰める。


「死ね!」


 会心の笑みを浮かべ石田は鷹綱に斬りかかった。鷹綱は太刀を鞘に納めている。石田は必殺の瞬間で斬りかかった――と確信していた。

 しかし、石田の眼前で彼の振り下ろした太刀は半分から折れていた。見ると鷹綱の右手には太刀が握られていた。石田は顔に痛みを感じた。太刀が折られた高さと同じ場所に、顔が横一文に斬られていた。


「へ?はやっ!」


 その石田にゆっくりと鷹綱が歩み寄る。


「お前の様な畜生道ちくしょうどうに、情けをけるほど、拙者は人間出来てはおらぬ!」


 鷹綱が太刀を上段に構えると、素早く振り下ろした。


「ぐがぁ!」


「シュ」と振り下ろした太刀を素早く薙ぎ払うと、刃に付着した血が綺麗に飛び散る。「ティン」太刀を鞘に納めつつ鷹綱は言い放った。


「我が名は鷹綱!冥土めいどの土産に覚えてけ!」


 その言葉を最後に聞き石田は、本当の闇へと堕ちて行った。暗殺部隊が全滅した事で、やっと晴信から解放された湖衣姫は、涙を流しながら桔梗の元へと向かった。


「桔梗!桔梗!」


 桔梗の遺体を優しく抱き締めると、湖衣姫は泣き声を上げる。それは、桔梗の前だけで見せていた、彼女本来の年に相応しい行為であった。そんな湖衣姫に、鷹綱は片膝をつくと、深々とこうべを下げて言葉をかけた。


「お許し下さい。湖衣姫様……。それがしは桔梗を守る事が、出来ませんでした……」


 湖衣姫に深々と頭を垂れ、鷹綱は桔梗を守る事が出来なかった事を謝罪したのである。

 その言葉に湖衣姫は一瞬驚きの表情で鷹綱に視線を向ける。

 鷹綱は頭を下げていた為に、彼の表情を読み取る事は出来なかったが、彼の気持ちは痛い程、湖衣姫に伝わって来た。

 湖衣姫は再び桔梗に視線を向ける。湖衣姫はしばらく桔梗を見つめていたが、優しく微笑むと鷹綱に声をかける。


「何を申しておるのですか……。鷹綱殿は桔梗の最期を看取みとったのであろう?」


 湖衣姫の問いに、鷹綱は頷く。


「そうでしょうね。見てごらんなさい。何と美しい死に顔でしょう。私が見たことも無い様な素敵な笑みを浮かべて……。武家の娘に産まれたからには、死は覚悟の上です。ですが、桔梗は最期の最期で、鷹綱殿に看取られて安らいでけたのですよ?礼を申さねばならないのは、私の方です。謝る事は何もありません」


 桔梗の顔を優しく撫でながら湖衣姫は鷹綱に言葉をかけた、そして、ゆっくりと鷹綱を振り返る。鷹綱も顔を上げ湖衣姫に視線を向けた。


「鷹綱殿……。ありがとう。桔梗を愛してくれて……。桔梗は本当に果報者です……」


 その言葉に鷹綱は桔梗の最期の言葉を思い出す。

 桔梗を家族同然と想っていた湖衣姫だからこそ、その言葉が自然と口から発せられたのである。鷹綱はもう一度、深々と湖衣姫に頭を下げた。その時、一滴の涙が彼の頬を伝ったが、湖衣姫も晴信も気が付かない振りをした。




 同時刻、屋敷の中庭に面した一角では、壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 影の軍団との死闘を続けていた、天波とエルヴィスであったが、やはり数での劣勢は否めず。致命傷こそ避けているが、全身に無数の切り傷が刻まれていた。

 彼等の武器も、刃こぼれを起こし、体力も限界まで達していた。だが、二人は未だにその場を死守していた。彼等の主を、そして、かけがえの無い友を守る為である。


「さて、エル……。後、何人やれそうだ?」


「残り全部……と、言いたい所じゃが、寛大にも敵を分けてやらんとの……。四人……じゃの」


「ふっ、まだ軽口を叩けるなら、大丈夫そうだな」


 お互いに視線を交わし、笑みを浮かべる。そんな彼等に、数の優位を悟ってか、暗殺者達はゆっくりと包囲の輪を狭める。二人は頷き合うと、覚悟を決めて敵に襲い掛かろうとした。


 だが、その時に、どこからともなく美しい声が聞こえて来た。


高天原に神留座すたかまのはらにかむずなります甲斐國八代かいこくやしろ在りし、葦津姫命あしつひめのみことの加護願わんと、浅間大明神さまだいみょうじんの守護願わんと、祓い賜へ、清め賜へと、恐み申せば、彼の者に加護を。彼の者に守護を。御力与えん事をと、お願い奉り申す……」


 神楽を舞い、祈りを捧げた少女は、右手の人差し指と中指で挟んでいた護符を眼前に構え、念を込めると、素早く右手を前へと突き出す。

 その護符は彼女の手を離れると。まるで何かに導かれる様に天波と、エルヴィスの頭上で止まる。その瞬間、彼等の周りに不可思議な目には見えない力が働いた。


「天兄さん、エル兄さん、神の加護を授かりました。今、二人は結界に守られています」


 その少女は、彼等の良く知る人物の神崎真夜であった。真夜は天波達に声をかけると、その場に膝を着く。彼女の全身は汗で濡れ、大きく肩で息をついていた。

 そして、彼女の背後から武田家の兵士が次々と現れた。その先頭に立つ人物も彼等には馴染みのある人物である。


「天波殿、エルヴィス殿をお救い致そう!皆、拙者に続け!」


 若々しい声を上げ、先頭を走って来るのは、鷹綱の弟の政宗であった。彼の後には武田家の兵士が続く。一気に形勢は逆転していた。

 不利を悟った暗殺者達は、頷き合うと、きびすを返して、進入して来た時とは反対に、中庭から壁へと飛び上がり外へ着地する。だが、彼等が表通りの道に着地した次の瞬間に、左右から声がかけられる。


「おいおい。さんざん暴れといて、逃げるたぁ~考えが甘いじゃないのかい?」


「まったくだねぇ。男の風上にもおけないさね」


 沈みかかった月明かりが、暗殺者を左右から囲む人垣を照らし出す、その先頭に立つのは、蒼龍金次郎、鷹虎、さやかであった。彼等の背後にも武田家の兵士が居並ぶ。


「一人も生かして返すな!」


「おおおおおおおおお!」


 金次郎の声が響き渡る。その声に兵士の怒号が続いた。暗殺者達は、自らの命運を悟った。中庭での戦闘も終焉に近づいていた。武田家の兵士は暗殺者を追い詰め、確実に仕留めて行く。彼等の戦いぶりを見つめながら、天波とエルヴィスは安堵のため息をついた

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