第四章  10話  運命の幕開け

 鷹綱達一行は、約束の刻限こくげんの少し前に湖衣姫の屋敷へと到着した。

 門衛に挨拶を交わすと、桔梗の案内で屋敷の中庭に面する大きな部屋へと通される。それぞれ用意された席へと着座する。

 鷹綱も天波も、エルヴィスでさえも、彼等の主である晴信直々の祝いの席である為か緊張している様子だった。しばらく沈黙の時間が流れた。その沈黙を破ったのは桔梗の忍び笑いだった。


「どうしたのだ?桔梗?」


「あっ。すまない。鷹綱達と出会って初めての事だと思って……」


「ん?何がだ?」


「こんなに長い時間、皆が黙っている事が」


 鷹綱が声をかけると、桔梗は楽しそうに答えた。桔梗の言葉に鷹綱達は顔を見合わせる。


「俺は、普段から鷹やエルの様に無駄口むだぐちたたかんがな」


「うほ、無駄口と来たか!こりゃ、参ったの?鷹」


「お前は無駄口に軽口も加わるがな……」


「む、鷹め。裏切りやがった!」


 彼等のいつも通りのやり取りに、再び桔梗は笑い声をあげる。その笑顔に他の三人も笑みを浮かべた。その時、扉が開いて一人の女中が現れた。


「お館様、湖衣姫様。おなりにございます……」


 その言葉に全員が上座に向き直ると、頭を下げて二人の入室に備える。

 しばらくすると、室内に入室してくる足音が聞こえてくる。その足音は上座で止まると着座した。

 その後に続く着物を床にこする音も、上座の人物の横で立ち止まり、そこで着座する。二人が着座するのを待ったから鷹綱達は顔を上げる。


「お館様、本日は我らの為に祝いの宴を開いて頂き。恐悦至極きょうえつしごくにございまする」


 鷹綱の挨拶が終わると再び四人は頭を下げる。


「うむ。今宵はよくぞ参った。鬼退治の件。見事であった」


「桔梗と共に戦ってくれた事。私からも感謝いたします」


 晴信に続いて湖衣姫も労いの言葉をかける。鷹綱達は湖衣姫へも返礼をする。


「まぁ、堅い挨拶はここまでじゃ。さぁ!今宵は無礼講ぶれいこうだ。もうぞ!」


 晴信の言葉を合図に宴が開始され、様々な料理が運ばれて来る。

 しばらくは、鬼退治の話を晴信や湖衣姫に説明しつつ宴は進行していく。最初は緊張していた鷹綱達も、自然と緊張が解けて行き。楽しい時間が流れていったが、湖衣姫が思い出した様に鷹綱に言葉をかけた。


「そうだ。鷹綱殿?いつ桔梗を嫁にもろうて下さるのじゃ?」


「へ?」


「ひ・・姫様!」


 湖衣姫の突然の質問に鷹綱は間抜けな声で返事を返し、桔梗は慌てて姫を止める。だが、姫の言葉に話を続けたのは晴信であった。


「なんじゃ?そんな話があるのか?」


「はい。私は常日頃から、桔梗にも良き殿御とのごを……と思っておりましたが。どうやら、私の取り越し苦労だった様でして。桔梗もやっと恋をいたした模様で、これでやっと私の肩の荷も降りたと申すもの……」


 晴信に湖衣姫は嬉しそうに答える。その湖衣姫の言葉に天波が言葉を続けた。


「鷹にとっては、桔梗殿の心を射止めたのが、この度の鬼退治での最大の武勲かと……」


「違いない。違いない」


「まぁ、そうかもしれませんね……」


「鷹綱、そちもなかなかやるではないか」


 天波の言葉にエルヴィスが頷き、その後に姫と晴信が言葉を続け、一同は楽しそうに笑い、鷹綱と桔梗は黙って赤面していた。

 その後も二人をからかい宴の部屋からは、笑い声が絶えなかった。その笑い声は屋敷の中庭にも聞こえていた。その場を警護していた衛兵も、宴の様子に満足気な気分になっていた。


 だが、彼の背後の闇に突然、怪しく光る二つの目がきらめいた。闇から現れた影から音も無く衛兵の口に手をかける。


「ふっ……ふごっ!」


 口を塞がれ驚く間も無く、衛兵は喉元を鋭い刃物で切られ、鮮血を吹き上げ絶命した。

 彼の隣でも同様に衛兵が音も無く殺されていた。それを合図に中庭に面した壁から、次々と影が現れ、音も無く中庭へと着地する。その塀の外でも数人の警護兵が絶命していた。

 影の軍団はゆっくりと、闇を滑る様に中庭に面している大部屋。つまり鷹綱達が居る部屋へと忍び寄る。影の軍団の数は時間と共に増えて行く。


「……………」


 部屋の中では一瞬だけ静寂せいじゃくが流れた。

 鷹綱は目で天波とエルヴィスと合図を交わし、頷き合うと、鷹綱は桔梗に視線を向ける。桔梗も真剣な眼差しで頷いた。

 鷹綱は最後に晴信に一礼すると立ち上がった。この場で異変に気が付いていないのは、湖衣姫だけであったが、桔梗がゆっくりと姫の側へと向かう。


「されば!拙者が剣舞けんぶでも御覧ごらんいたしまする……」


 立ち上がった鷹綱は何事も無かったかの様に言葉を出すと、側に置いてあった愛刀を腰に据え、そのまま腰の太刀を抜き放つ。


「よ!鷹、待ってました!」


 エルヴィスも掛け声をかけるが、彼も天波も腰に太刀を据えると、静かにゆっくりと抜き放つ。

 部屋の外では影達が障子しょうじの側まで迫っていた。その障子に映る鷹綱の影は、外から見ても剣舞を踊っているかの様にみえた。

 鷹綱は剣舞を舞いながら二人の合図を待った。彼等が頷くのを確認すると、舞いながら障子との距離を詰めて行く。

 そして、舞の回転の勢いを利用して障子越しに外の影に斬りかかった。

「ズバっ!」と音が響くと、障子に大量の血がまるで桶をひっくり返したかの様に飛び散る。「バリバリ」と障子を突き破り、影の一人が部屋の中へと倒れ込んだ。


「きゃああああああああああああ!」


 事情を理解出来なかった湖衣姫が悲鳴の声を上げる。だが、その姫の左右には晴信と桔梗が彼女を庇う様に立って居た。


曲者くせものである!であえ!であえ!」


 鷹綱は、壊れた障子の反対側の障子を蹴り開けると大声で叫んだ。彼の左右に天波とエルヴィスが立ち並ぶ。

 影の軍団は一瞬怯んだが、再び彼等に襲い掛かる。だが、先頭を進んでいた影の忍びの後ろにエルヴィスが現れると、その忍びの背中に深々と刃を突き立てる。


「遅い……の」


 鷹綱達が影の軍団をその場で防いでいると、屋敷の表方面から警護の兵が現れ、影の軍団と交戦を始める。


警護頭けいごがしらの石田弥平にござる!」


 影の軍団のかこいを越え、警護頭と数名の警護兵が鷹綱達に合流する。


「賊の侵入をここまで許すとは、何事か!」


「め・・面目ございません」


 警護頭に向かい、晴信が怒りの声を上げる。


「お館様、その件はいずれまたの機会に!」


 敵を斬り捨てながら鷹綱が晴信を諭す。晴信もすぐに冷静になり、頷き返す。


「石田殿!お主は警護の兵と共に、お館様、湖衣姫様をお守り致せ!」


「お・・お主達はどうするのじゃ?」


「拙者達はここで食い止める!」


「こ・・心得た!」


 声を交わす間も鷹綱には影が襲い掛かる、だが、彼等三人の壁は敵にはとても脅威になっていた。石田は彼の側の警護兵に声をかけると、晴信の元へ駆け寄った。


「お館様、ここはひとまず屋敷の奥へと避難されますよう」


「うむ、そうするか……」


 晴信は湖衣姫を支えながら、屋敷の奥へと向かう。石田を初め警護の兵士も彼に続く。その彼等と入れ違いに桔梗が彼女の父が残した形見の太刀を抱いて戻って来る。


「助太刀致す!」


 桔梗の声に鷹綱は敵と交戦しながらこたえる。


「桔梗は湖衣姫をお守り致せ!」


「こ、心得た」


 一瞬、ためらったが桔梗は鷹綱の指示に従う。その桔梗に敵を斬り捨てた鷹綱が振り向くと笑顔を向ける。二人の視線は重なり合った。

 それは数瞬であったが、桔梗は微笑むと今度はしっかりと頷くと踵を返し、屋敷の奥へと向かった晴信と湖衣姫を追いかけた。

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