第四章  9話  神社にて

 鍛冶場から神社までの距離は、あまり長くは無かったが、出来るだけ二人はゆっくりと歩いた。神社に着くとゆっくりと手を離す。

 そして、神社の鳥居をくぐ本殿ほんでんへと足を向ける二人と、境内から出て来た一人の老人とすれ違う。


「こんにちは」


「はい、こんにちは」


 桔梗の挨拶に老人は笑顔で答える。鷹綱も軽く会釈えしゃくを返し挨拶をする。


夫婦めおと参拝さんぱいですかな?感心、感心」


「め・・夫婦に見えますか?」


 老人の言葉に桔梗は頬を赤らめ答える。


「ええ。仲の良い夫婦に見えますよ?わしも、よく死んだ婆さんとここへ来たものじゃ」


「そうなのですか……」


「こんな綺麗な嫁御よめごうらやましいの、お若いの?」


 老人の言葉に鷹綱は苦笑を浮かべたが、礼の言葉を返す。


「ほほほっ。末永く仲良くの?」


「はい!」


 鷹綱と違い、桔梗は満面の笑みで返事を返す。そして、老人は頭を下げ愉快そうにその場から立ち去ろうとした。

 桔梗は老人に返礼する為に頭を下げた。その瞬間、老人の手が桔梗の腰元に伸びた……

 が。桔梗に触れる前に何者かの手によって掴まれる。


「い・・痛たたたっ!?何をするのじゃ?」


「た・・鷹綱殿!!一体、何を!」


 桔梗は老人の行為に気が付いていなかったらしく、突然、老人の腕を締め上げる鷹綱の行為に驚きの言葉を上げる。


「そ・・そうじゃ。老人に何をする!」


「ご老体ろうたい、なかなか、どうして素早い動きでござったが……残念だったな」


 老人の苦言に、鷹綱は不適ふてきに笑う。


「な・・何の事じゃ?」


「鷹綱殿……?」


 その言葉に桔梗は鷹綱に問いかける。


「そうか。ご老体には心当たりがござらぬか……されば……」


 突然、鷹綱は老人を両手で掴むと、高々と頭上に上げ、そのままの勢いで前方へと思い切り投げ飛ばした。


「鷹綱殿!!」


 普段の鷹綱からは想像も出来ない行為に、桔梗は悲鳴に近い声を上げると、彼に投げ飛ばされた老人を振り返る。

 しかし、彼女の心配を他所に、その老人の四肢ししが伸びると、空中で回転し、優雅ゆうがに地面へと着地した。四肢は完全に違っているが、老人のままの顔に笑顔を浮かべると、楽しそうに言葉を発した。


「どうして、わかったかの?」


 先程までの老人の声とは違い、若々しい声が老人の口から聞こえた。その話し方と、声色に桔梗は思い当たる人物がいた。


「まぁ、見事な変装であったと思うぞ?しかし、肝心の手癖てぐせの悪さを隠しておらぬ」


 鷹綱は老人の言葉に笑顔で返答する。


「いや、そこはほれ、おとこにはゆずれぬ物がの……。」


「お主は節操せっそうが無さ過ぎる」


「へ・・・変装?」


 呆気あっけに取られていた桔梗に、老人は不適に微笑むと、自らの頬に手を添える。そして……。


「バコッ!」


 何かで思い切り叩かれた、乾いた音が響く。鷹綱と桔梗の視線の先には、竹箒を振り下ろして持つ巫女が立っていた。先程の音は、その竹箒で老人であった人物の頭を叩いた音だった。


「まったく!この変態忍者さんは、神社でなんと不埒ふらちな事を……反省してくださいよ?」


「ま・・真夜、今、俺が格好良かっこうよくく変装を解こうと……」


「何をくだらぬ……」


 非難の声を上げる変装者の背後から人物が現れる。

 その人物は手を出すと顔を鷲摑わしづかみする。そして、素早く手を引くと、老人の顔が剥がれ、中から若い男の顔が現れる。


「こら!寛大!何をするんじゃ!」


「エルヴィス殿……か?」


 老人の顔の下から現れたのはエルヴィスであった。彼は鷹綱や桔梗に変装して近づいて来ていたのである。だが、彼、生来の性格の為か鷹綱に見破られた。


「鷹に桔梗殿!元気そうで何よりじゃの!」


「何故、変装など?」


「な・・何、挨拶変りに脅かそうと思っての」


 桔梗の問いに、苦笑を浮かべつつエルヴィスは答える。


「何が挨拶ですか!私の時は着替え中に忍び込むし、桔梗お姉さんのお尻に触ろうと、変装までする始末です……本当に天罰がくだ《《》》りますよ?」


「なっ!そうなのか?」


 真夜の言葉に桔梗は慌てる。


「大丈夫ですよ~。桔梗お姉さん。ちゃんと鷹兄さんが守ってくれましたかね」


 にっこり微笑んで視線を鷹綱に向ける真夜の視線を、追いかける様に桔梗も鷹綱に視線を向けた。二人の視線を受けて鷹綱は恥かしそうに視線を逸らす。


「ありがとう。鷹綱殿」


「いや、何、礼には及ばぬ」


 桔梗の感謝の言葉に、鷹綱は短く答えた。


「ほれ!見ろ!わしの計画通りじゃろうが!鷹と桔梗殿の為に、わざと変装までしての、二人の仲を親密にしようと……」


 エルヴィスの言葉が終わる前に、再び神社に乾いた音が鳴り響いた。


「さて、変態忍者さんの存在は無視しましょう。それよりも……」


 見事にエルヴィスに二本目を決めた真夜は、桔梗へと視線を戻す。


「桔梗お姉さん!」


「は・・・・はい?」


 真夜の突然の呼び掛けに、桔梗は慌てて返事を返す。


「凄く綺麗ですね!素敵過ぎます!」


「えっ?…………………あっ!」


 一瞬、何事かと呆気に取られていた桔梗だが、真夜の視線で自分が着物に身を包んでいた事を思い出す。


「に・・似合う・・かな?」


「もちろんですよ!似合い過ぎですよ。いいですねぇ。羨ましいです」


「真夜ちゃん、褒めすぎだと思うけど……。ありがとう。嬉しいよ」


 恥かしそうに赤面しながら聞く桔梗に、真夜は目を輝かせて答える。そして、着物の事に話は進み二人の会話は終わりそうに無かった。その光景を見ながら鷹綱は、先程の桔梗とあずさの二人の会話を思い出していた。


(いやはや、女子と申す生き物は、着物等の話になると、どうしてこう……)


 苦笑を浮かべ、会話の弾む女性二人を眺めていた鷹綱に、天波も同じ事を考えていたのか、鷹綱と視線を合わせると、肩をすくめる。と、鷹綱は別の事も思い出していた。


「そう言えば、真夜。」


「はい?何ですか?鷹兄さん」


 二人の会話が一度落ち着くのを待ってから、鷹綱は真夜に話かけた。


「あずさに何を吹き込んだのだ?」


「何を言っているのですか、鷹兄さん。吹き込むなんて人聞きが悪いですよ?」


 問いただす鷹綱に笑顔のまま真夜は答える。


「あんなに、可愛らしいあずさちゃんに、桔梗お姉さんの事を報告しない鷹兄さんがいけないんです。本当に鷹兄さんは困ったものです」


「いや、桔梗殿の事は反省しておる。それでは無く。心得とか申すものでな……」


「あっ!桔梗お姉さん!心得をあずさちゃんに聞きましたか?」


 鷹綱の言葉が終わる前に、真夜は彼の言葉を遮ると桔梗に問い返した。


「え?ええ。何個か聞いたけど……」


「な・・何個もあるのか?」


 桔梗の返事に鷹綱は呆れて声を出した。その言葉を無視して真夜は続ける。


「そうですかぁ~。あの心得は私とあずさちゃんの二人で一生懸命考えたんですよね」


「そうみたいね」


「ええ。ですから、ちゃ~んと、守って下さいね?」


「う・・うん。わかった……」


 笑顔の真夜とは対象的に、何故か桔梗は赤面して鷹綱に視線を向ける。その理由が解らない鷹綱は軽い目眩を感じながら、再び真夜に問う。


「その心得の内容は……」


「鷹兄さんの事ですが、鷹兄さんには教えられませんよ?それに、心得は108ありますかね。ここでは話せません」


「そ・・そんなにか!」


「もちろん、冗談です」


 真夜の言葉に再び鷹綱は驚いてしまう。その表情が可笑しかったのか、桔梗と真夜は顔を見合わせて笑い出す。そこで、鷹綱は彼女達にからかわれた事に気がついた。


「色男が台無しだな?鷹」


「うるさい……」


 天波の言葉に鷹綱はため息混じりに答えるが、彼等の表情も笑っていた。


「さて、一度、本殿に手を合わせて、宴の席へ参るとするか?」


「うむ」


 鷹綱の言葉に全員がうなずくと、本殿へと歩き出した。


「真夜ちゃんは、今回は参加出来ないの?」


「ええ、そうなんですよ。どうしても、今日の神社のお勤めが外せなくて……」


「そうか。それは残念。湖衣姫様に頼めば、真夜ちゃんに似合う着物を用意して頂けたと思うのに……。きっと姫様も真夜ちゃんを気に入ると思うよ」


「そうですか?そうだと嬉しいですね」


「間違いないよ。だって、真夜ちゃん可愛いもの」


「いやだなぁ~桔梗お姉さん、可愛いだなんて……照れてしまいます」


 二人の楽しそうな会話を聞きながら、彼女達の後を鷹綱と天波が続く。だが、鷹綱は歩みを止めると後ろを振り向く。


「そこでいじけてないで、さっさと来いよ。エル」


 地面に「の」の字を書いていたエルヴィスに鷹綱は声をかけた。


「やっぱり鷹じゃの!」


 笑顔で鷹綱に答えるエルヴィスだが、鷹綱の次の言葉に肝を冷やす事になる。


「今度、桔梗に先程の様な真似をしようとしたら、次はこれを使うぞ?」


 笑顔で腰の太刀を叩きながら鷹綱は言い放った。その顔を見た幼馴染のエルヴィスは、彼が本気である事を確信していた。彼等は全員で本殿へ向かう。そこで、両手を合わせて祈る。


 鷹綱は祈り終えて視線を桔梗へと向けた。だが、桔梗は、しばらくの間熱心に拝んでいた。


「何を願ったのだ?」


 桔梗が拝み終わるのを待って、鷹綱は桔梗に問いかけた。


「それは……」


「それは?」


「内緒……」


 少し頬を染め、恥ずかしそうに桔梗は答えた。そんな桔梗に優しく微笑み返すと、鷹綱は全員に湖衣姫の館に向かう事を提案し、行動に移した。


「それでは、みなさん。私の分も楽しんで来てくださいね」


 境内の端まで鷹綱達を見送る真夜が笑顔で手を振る

 。

「ごめんね。真夜ちゃん……」


「何を言っているんですか、桔梗お姉さん。私の事は、どうか気にしないで下さいね?」


「うん。わかった。ありがとう。真夜ちゃんも、お勤め頑張って!」


「はい!頑張っちゃいます!」


 二人は手を取り合い、笑顔で挨拶を交わした。真夜は鷹綱達の姿が見えなくなるまで、見送り、彼等が見えなくなると空を見上げた。夕焼けで真っ赤に染まった空は、綺麗だったが、何故かこの時、真夜の胸中はざわついた。


「何故だろう……。少し胸騒ぎがしますね……」


 少し落ち着かせようと自らの手を胸に当て、深呼吸を繰り返した。その手には先程、手を繋いだ桔梗の温もりが残っている様で安心出来た。もう一度、真夜は鷹綱達が去った道へと振り返る。すでに太陽は沈みかけ、真夜の視線に広がる先は薄暗くなっていた。


「これは、少し、拝殿に向かってみないと……ですね」


 真夜は拳を握り閉めると、きびすを返した。その彼女を覆い隠す様に夜のとばりが落ちて来た。

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