第四章  7話  神社への道のり

 宴への参加の為に服装を整え、政宗とあずさに見送られて、鷹綱と桔梗は屋敷を後にした。

 真夜の仕える神社は、鷹綱の屋敷から徒歩で数分の所にあった。天波やエルヴィス、そして仁や真夜の住む屋敷もその神社を中心に存在しており。幼少の頃から彼等にとってその神社は遊び場でもあった。

 鷹綱は楽しそうに昔話を桔梗に聞かせながら神社へと向かっていた。

 鷹綱の屋敷と神社の中間に差し掛かった所で、金属を叩く音が響いて来た。桔梗がその音のする方へと視線を向けると、そこには大きな炉を備えた鍛冶場が見えた。鷹綱は桔梗の視線に気がつくと、同じく鍛冶場へと視線を向けた。丁度その時に、鍛冶場の中から現れた少年と目が合った。少年は鷹綱に気が付くと満面の笑みを浮かべる。


「よぉ!鷹あにぃ!」


「鷹虎。息災そくさいか?」


「見ての通り元気だぜ!」


 鷹綱の問い掛けに、少年は右手で力拳を作ると、ポンポンと叩く。


「鷹綱殿?」


「三男の鷹虎だ。虎。こちらは……」


「おう!あんたが、桔梗さんですね?あずさから聞いてますや!」


「えっ、は・・始めまして鷹虎さん」


「こちらこそ、始めましてでさぁ!」


 鷹虎の言葉使いに驚きつつも、桔梗は挨拶を交わした。鷹虎も屈託の無い笑顔で答える。


「虎。お主、親方おやかたの言葉使いを真似致さずとも……」


「何言ってんだい!鷹兄!おいらぁこの喋りで……ふがぁ!」


「ゴツン」と大きな音がすると、鷹虎の頭に拳が落ちた。


「この馬鹿野郎め!おめぇがそんなナマ言うのは、百年早いんでぇい!」


 鷹虎の背後から怒鳴りながら現れた人物は、日焼けし真っ黒に焼けた顔に、真っ白な歯を浮かべて鷹綱と桔梗に笑顔を向ける。壮年期を迎えている様だが、鍛え抜かれた筋肉はまだまだ職人としても、戦いに挑む戦士としても若い鷹綱達に遅れを取る様には思えなかった。


「お久しぶりにございます。蒼龍殿そうりゅうどの


「おう!鷹坊たかぼう!おめぇも息災で何よりだ!」


「いや、親方……いい加減、その呼び方は……」


「鷹……坊?」


 鷹綱へと視線を向ける桔梗は、悪戯っぽく笑っていた。鷹綱は苦笑を浮かべる。


「こちらは、虎の鍛冶屋の師であり、義理の父君であらせられる。蒼龍金次郎殿だ。金次郎殿と、奥方おくがたのさやかさんは、拙者の両親と何度も共に死線を潜り抜けた戦友でもある。親方殿、こちらは桔梗殿と申しまして……」


「やだよ!鷹坊!奥方なんて、柄じゃないさね!」


 再び豪快な女性の声が響いて来たかと思うと、鷹綱は言葉を遮られる。そして金次郎の背後から一人の女性が現れる。彼女も鍛冶師なのであろう。女性にしては鍛え抜かれた肉体を持っているが、その全身からは優しさも滲み出ていた。


「さ・・さやかさんまで……」


 ため息混じりに頭を抱える鷹綱の姿に、桔梗は楽しそうに彼の姿を見つめていた。しばらく鷹綱を見つめていた桔梗だったが、「ふっ」と視線を感じて、そちらへと視線を向けた。そこには鷹虎を初め、金次郎、さやかの三人が笑顔を浮かべて二人を見つめていた。


「あんたが?桔梗さんかい?」


「あっ、挨拶が遅れました。始めまして、桔梗と申します」


 さやかの問いに桔梗は礼儀正しく答える。その仕草に優しく微笑み返すとさやかは続ける。


「硬い挨拶はなしだよ!鷹坊の良い女性なんだって?それなら、あたし達にとっては、家族も同然だからね。遠慮はいらないよ?」


「は・・はい。ありがとうございます」


「そうだぜぇ。俺達の事は、親父とお袋と思ってくれやい!」


「そうですよ。おいらの事は弟と思ってくださいや!」


 両腕を胸の前で組んで白い歯を輝かせながら金次郎と、その真似をしながら鷹虎が言葉を出す。その姿に桔梗は先程感じた疑問を言葉にだした。


「あの、鷹虎殿は蒼龍様のご子息に?」


「おうよ!俺達には残念ながら子供が出来なくてなぁ。鷹坊の親父に頼み込んで三男坊の虎を養子縁組に貰ったのさ」


「そうだったのですか」


「以前、申したであろう?鷹虎は奇妙な物ばかり作っていてだな」


「鷹兄、それは酷いぞ……」


 拗ねる様に口を尖らせる鷹虎に、笑顔を浮かべ鷹綱は大きな手で鷹虎の頭を撫でる。


「や・・やめろよ!鷹兄」


 嫌がる言葉とは裏腹に、鷹虎は笑顔を浮かべていた。


(そうか……。鷹綱殿がよく頭を撫でるのは、長兄であるからなのかも)


 桔梗は鷹綱がよく自分を褒めたり、落ち着かせたりする時にも頭を撫でられていた。その行為を受けると、子供じみているとは思っていても、嬉しく思っていた。長兄であり。両親の不在で幼い兄妹の面倒を見て来た鷹綱だからこその行為であったのだと、桔梗は改めて納得する。面倒見がいいのも理解出来た。


「しかし、綺麗だねぇ。こんな綺麗な娘を手玉てだまに取るなんて、鷹坊も隅に置けないねぇ」


「いや、その言い方はどうかと……」


 さやかの言葉に鷹綱は非難の声を上げるが、さやかは聞こえてない振りをする。


(これは形勢が不利だな……)


「さて、ゆるりと話をしていたいのですが、拙者達は用がありますので、これにて……」


 内心を悟られない様に鷹綱は蒼龍一家に頭を下げた。桔梗も慌てて頭を下げる。


「おやおや、そうかい?またゆっくり遊びに来なさいよ。桔梗ちゃん!」


「はい」


「そうだぜ。婚礼の時は、俺達が媒酌人になってもいいぜ?」


 金次郎の言葉に桔梗は赤面する。


(あ~今日は、どこに行ってもその話題だな……)


 桔梗が受け入れられるのは嬉しいが、まだ、照れもある鷹綱は桔梗の手を取り走り出した。


「では、急ぎますゆえ。これにて!御免!」


「ちょ・・鷹綱殿!待ってくれ!」


 突然走り出した鷹綱に手を引かれながら、桔梗は頭だけ振り返りもう一度礼をした。


「鷹坊の野郎。ありゃ、逃げやがったな」


「鷹兄、照れてるんだよ」


「まぁ、何にせよ。いい娘じゃないかい。鷹坊も両親がいなくなって、苦労したからねぇ。


 あの二人もきっと喜んでるさ……」


 さやかはそう呟き、空を見上げると、そこに誰かが居るかの様に微笑んだ。


「鷹兄には幸せになってほしいよ」


「そうだなぁ」


 鷹虎の言葉に返事をし。彼等二人もさやか同様に空を見上げた。空は静かに夕暮れへと向かっていた。桔梗の手を取り走り出した鷹綱は、鍛冶場から少し離れると手を離した。


「あっ……」


 その瞬間に桔梗が声をあげた。声を出した桔梗の姿を見て鷹綱は微笑むと、再び桔梗の手を取り歩きだした。


「じ・・神社の鳥居までじゃぞ?寛大やエル。まして真夜に見つかっては面倒だし」


「はい」


 鷹綱の手が離れた瞬間に淋しそうな表情を浮かべていた桔梗は、再び嬉しそうに微笑んだ。

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