第四章  2話  戦いの歴史

「およそ百年前に始まった応仁の乱……。その騒乱の只中に世の負の力を受けて再び開門してしまった地獄門……。乱の終焉しゅうえんと共に地獄門は封印された……」


「それは知っている。だが、その開門の時に多くの悪鬼羅刹あっきらせつが世に放たれた……と」


「うむ、それは表向きの話でな……」


「お、表向き?」


「実は乱の終焉の際に閉じられた地獄門は、完全には封印されてはいなかったのだ」


 淡々と話す鷹綱であったが、その事実を始めて聞く桔梗は驚きを隠せないでいた。


「悪鬼等の暗躍も加わり、疑心暗鬼に捕らわれた人々は、やがて戦を繰り返し、憎しみ、悲しみの支配する世へと変貌しつつあった。だが、天下泰平てんかたいへいの世を真に望む人々の声も上がり、世は戦国の時を迎える」


 そこまで一気に話すと、鷹綱は視線を再び諏訪湖へ向ける。


「もちろん、未だに癒えない人々の憎しみ、悲しみ、野心、その様な感情が渦巻く天下戦国の時だ。大きな戦も起こる。その度に、地獄門の封印は揺らいだ……」


 無意識の行為であろう。鷹綱は腰の太刀を握り締めていた。


「そして今から十年前……。地獄門の封印が解かれそうになった事件が起こった。ある国の大名が天下統一の力を得る為の手段として、あろう事か地獄の住人の力を利用しようと、地獄門を開門し地獄の者と契約を交わそうとしたのだ……」


「だが、それを知った諸国の勇士達が立ち上がった。国の枠を超え、年齢を超え、身分の差も超え、人々は協力した。開門直後の地獄門の前では人と悪鬼の、壮絶な戦いが繰り広げられた…。そして、再び地獄門は閉ざされた……」


「その戦いにご両親が……?」


「うむ、父は侍で母は巫女であったのだ……。二人は共に参戦し、そして、戻って来なかった」


「あの鬼神との戦いでみせた鷹綱殿の力は……」


「ああ、母の血の力だ。母は破邪の力を持つ巫女の一族の出身でな。拙者にもその力が少し流れておる。もっとも、真夜の様に強い力はないがな」


「そうだったの……」


 鷹綱の話で桔梗は、あの戦いの最中に見せた彼の力について納得した。彼の母の様に鬼等の悪鬼羅刹、魑魅魍魎と呼ばれる物の怪を、古の神より与えられし力や、真夜や亡き仁の様に神や仏の代弁者として力を振るう人々は、「退魔士」「破邪の一族」等と呼ばれていた。

 彼等の特殊な力は人々を救い、物の怪には大きな脅威となる。その力を使い、或いは能力者の加護を受け、鷹綱や彼の父の様に、剣術を得意とした侍達は「鬼斬り」と呼ばれ、時には神宿りの御神剣をも使いこなし、古より悪鬼羅刹に戦いを挑んでいた。


「しかし、その様な出来事があったとは、今まで何一つ知らなかった……」


「その時の事は、諸大名の会合で極秘とされたからな……人々は知らぬ。否、知られてはならぬ事なのかもしれぬ」


 太古の昔から、世に騒乱訪れる時、人々の負の力によって開門して来た地獄門。それは、異界である地獄へと続き、この世と地獄を通じる道へとなる。

 地獄門が開かれる時、死者は生者の世界へと悪霊となり立ち戻り。その悪霊達を支配し人の世を地獄へと変えんと、魑魅魍魎や悪鬼羅刹が人々の心を惑わし、悪事や殺戮の限りを尽くす。

 その都度、人々は地獄の亡者達と死闘を繰り返し、地獄門を封印して来たのである。その地獄門を、己の野心の為だけに開門した人物が居た事が世に広まれば、ますます人々は疑心暗鬼に捕らわれる事になる。そうなれば、地獄の亡者の思惑通りになってしまう危険があると、桔梗にも理解出来た。


「天下泰平の世であれば良いが、天下戦国の上は、泰平の世が訪れる為にも、戦を避けて通れぬ……。そうなれば暫く戦が続く。なんと皮肉な事かと……よく父が話しておられたよ」


「そうか……。鷹綱殿も苦労されたのだな……」


 少し俯き加減に話す桔梗の寂しそうな表情を見た鷹綱は、心が痛むのを感じた。


(う~む、少し話が重すぎたな……相手が桔梗だと普段言わぬ心の声まで素直に話してしまうな……。ありがたい事だが桔梗に負担をかけ過ぎてしまっては、意味が無いな……)


 そう思った鷹綱は、感謝の気持ちを深く心に刻み、この心優しい相手の気持ちを楽にする為の行為へと話を進めた。


「まったく!苦労したでござる!幼き弟や妹を養うために、兄は必死で奉公したぞ」


 突然の口調の変化に驚いた桔梗が視線を上げると、大袈裟に苦笑を浮かべる鷹綱の姿が目に入って来た。


「幼き弟や妹?」


「うむ、拙者には弟が二人に末に妹の、下に三人の兄弟が居てな」


「三人も?」


「ああ、しかも、寛大も、エルも幼馴染とは言え年下なんじゃ。そして、真夜も居る。いやはや誠に苦労させられた!」


「随分と大人数だな。でも、楽しそうだ」


「ああ、かなり騒がしいが、それはそれで楽しい日々だったからな。次男の政宗は頭が良いが理屈ばかりだし、三男の鷹虎はいつも何か得体の知れぬ物を作り出し、末の妹のあずさは真夜に負けぬ性格であるからなぁ。だから、あまり悲しむ暇も無かったよ」

 笑顔で答える鷹綱に、自分に心配させたくないとの気持ちを桔梗は理解した。


(まったく、こんな時くらいは素直に甘えてくれた方が、嬉しいのだけれど……)


 そんな考えが浮かんで来たが、桔梗は苦笑を浮かべるが、鷹綱の心遣いを嬉しくも思った。


「真夜ちゃんにも言ったが、私には姉妹も兄弟もいない。羨ましいよ」


「うむ、だが、真夜は桔梗と姉妹になったであろう?それに、寛大や、特にあの助平忍者をやり込める事が出来たのだ、すぐに慣れるさ」


「えっ?」


「これからは、桔梗も拙者達と一緒って事だ。どうだ?あまりに騒がしそうで、寂しく思う暇などありそうもないだろう?何も恐れる事はない……」


 笑顔の鷹綱の一言に、桔梗は心を打たれた。桔梗は心の奥底で恐れていたのである。天涯孤独の身である自分は、誰にも必要とされず、受け入れられず、拒絶されてしまうのではないかとの不安に対してである。

 鷹綱はそんな彼女の恐れに気がつき、自分達と共に居て良いと言ってくれたのだ。事実、この時、桔梗は嬉しくもあったが、それ以上に次の言葉で心が弾む思いに駆られていた。ただ一言であったが、万感の思いが込められていた。


「楽しそう!」


 桔梗の心からの笑顔に満足すると、鷹綱も笑顔を浮かべ桔梗へと手を差し出す。


「さぁ、戻ろうか?」


「はい……」


 鷹綱の差し出した手を握り返し桔梗は答えた。立ち上がり二人で並ぶと、もう一度、桔梗の両親の眠る墓に頭下げ、その場から去る。その背後では彼等を優しく祝福する様に、桔梗の花が揺れていた。

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