第三章  7話  解放されるもの

 鷹綱は笑みを浮かべたが、未だに桔梗はいぶかしげな表情であった。


「桔梗。拙者を信じてくれるか?」


 その桔梗に鷹綱は笑顔のまま問う。桔梗は真っ直ぐ鷹綱の瞳を見つめて即答した。


「聞くまでもない」


「感謝する。では、太刀を前へ構えてくれ。先程と同様。止めは桔梗に任せる。あの鬼神の面に一発叩き込め」


「ああ!任せろ!」


 不適に笑う鷹綱に、桔梗も笑顔で返す。二人は鬼神へと視線を戻す。そこでは、天波とエルヴィスが鬼神の攻撃を巧みに交わしていた。


「寛大!エル!真夜!準備は出来た!そろそろ、こ奴の間抜け面も見飽きたであろう?早々に地獄に戻ってもらうといたそうか!」


「ああ!あまり男前では無いしな」


「そうじゃの!わしのが俄然、男前じゃしの!」


「心得ました!鷹兄さん!」


 三者三様に鷹綱の呼び声に返事を返す。その声は無論、鬼神にも聞こえていた。


「笑止!人の子の分際で!」


 怒りの一撃は、天波へと向けられたが、天波はすでに鬼神の攻撃を完全に見切っていた。そして、その攻撃を交わし鬼神の前から退く。

 その彼に代わって鬼の前へと現れたのは、何と真夜であった。真夜は神楽鈴を払い棒に持ち替えていた。祈るように目を瞑っていた彼女だったが、大きく息を吸い込むと「カッ!」と目を開け叫ぶ。


「喝っ!」


 真夜の視線と恫喝どうかつを聞いた鬼神は自らの肉体の変化に戸惑う。が、身動きが取れずにいた。真夜は己の気力で鬼神に金縛りをかけたのである。


「今です鷹兄さん!私の力ではあまり長い時間、鬼神の動きは止められないです!」


「承知した!この時間だけでも十分だ!」


 そう答えた鷹綱は左手を鬼に向け、その左手に右手に持った太刀の剣先を据え置いていた。そして重心を低く構え、まさに力をためていた。


「我、蒼天に願わん。我が声に答よ。我が御剣みつるぎに宿りて、邪を滅する力となれ!」


 鷹綱の言葉が発せられると、暗く厚い雲は飛び去り、その合間から覗く蒼く広がる空から一筋の光が差すと、彼と桔梗の太刀に塗られた鷹綱の血へと吸い込まれる。そして光を受けた太刀の刀身に淡い光が宿る。


「我が、全身全霊をかけた一撃!受けてみよ!」


 鷹綱が叫び、鬼神の胸の中心へと身体ごと突きを繰り出す瞬間と、鬼神の金縛りが解け、鬼神が動き出す瞬間が重なった。だが、鷹綱の渾身の一撃は見事に鬼神の胸へ突き刺さる。


「ぐっがぁああああああああああああああ!」


 凄まじい衝撃音が辺りに響くと、鬼神は力の限りに苦痛の叫び声をあげた。それでも鬼神は息絶える事は無かった。

 今更ながら「鬼神」と言う存在に驚くが、鷹綱は鬼神の胸元に深々と突き刺さった太刀を引き抜く事はせず、素早く太刀を手放すと、自由になった右腕に力を込め、全身を落とし低く構える。


「この痛み!この力は破邪の力!おのれぇ!お前は鬼斬りの一族の者かぁ!」


「来い!桔梗!」


 鬼神の絶叫を無視したまま鷹綱は半身を後ろへと向けると、すでに彼へと走り出していた桔梗に叫ぶ。数日前に幻夢斎との修行で見せた彼等の連携技であった。

 素早く鷹綱の右腕に飛び乗る桔梗。それを確かめる必要が無いかの様に鷹綱は思い切り腕を振るう。彼の力と自らの跳躍力で数日前とは比べ物にならない程、高く、速く、桔梗は舞い上がると、一直線に鬼神の眉間目掛けて突きを繰り出す。


「やぁあああ!」


「ドスッ」驚きに見開かれた鬼神の瞳の間に桔梗の太刀が突き刺さった。


「お見事!」


 桔梗の太刀が鬼神の眉間へと突き刺さった瞬間に、天波、エルヴィス、真夜の3人が同時に声をあげる。

 鬼神の網膜が最後に映し出した光景は、美しい黒髪の女武者の姿であった。鬼神の巨体がゆっくりと後ろへと倒れていく。桔梗は太刀を鬼神の眉間に残したまま、鬼神の肩を蹴り後ろへと跳躍した。美しい黒髪が風に舞う。


「鷹綱!受け止めて!」


「へ?」


 後ろへ跳躍しながら、鷹綱の方へ振り向き、笑顔で桔梗は叫んだ。言葉の意味を理解するより先に鷹綱の身体は、半ば条件反射の様に動き出した。桔梗が落下してくる地点の真下まで慌てて駆け寄る。そして、桔梗を両の腕でしっかりと受け止めた。


「あ・・危ないではないか!?」


「でも、ちゃんと受け止めてくれるでしょ?」


 戸惑う鷹綱の顔を見ながら、彼の両腕に収まった桔梗は、笑顔で鷹綱に答える。その笑顔は自らに課した試練の終わりを実感した達成感と、鷹綱の両腕に抱かれた喜びに満ちていた。


「ああぁ~いいなぁ~桔梗お姉さん。抱っこですねぇ。しかも、何気に呼び捨て……」


 その光景を見つめながら真夜が小さく唸り「羨まし過ぎです」と囁く。だが、言葉とは裏腹に彼女もこの試練を乗り越えられた事を心底嬉しく思っていた。


「やれやれ、まったく一人身には鬼神の攻撃よりも応える」


 そう呟きながら笑顔を浮かべ肩を竦める天波の横で、エルヴィスも笑いを我慢出来ないでいた。彼等も鬼神を退治した充実感で満たされていた。


「違いない」


 可笑しく笑う親友二人の姿に自分の行動を思い出して赤面する鷹綱。そんな彼を桔梗も可笑しそうに微笑んで見上げていた。その視線に気がついた彼は「コホン」と咳払いすると桔梗をゆっくりと地面へと降ろす。そして2人並んで3人の元へと歩み寄る。


「みんな、あれを……」


 鷹綱と桔梗は歩みを止めると、真夜の指差す方向へと視線を向ける。そこには、鬼神の遺体が横たわっていたが、その全身から淡い光を放つ光の玉が幾つも浮かび上がり、蒼く晴れわたった青空へと昇って行く。


「鬼に食べられた人々の魂が成仏して行きます。よかったですね」


 真夜の一言は、鷹綱達の心に優しく響いた。彼等は一様に願う。今救われた魂が安らいでくれる事を。その最後の光が消えるまで彼等は見送った。再び、鷹綱と桔梗は並んで歩き出すと3人の元へと向かう。


「寛大にエルに真夜。3人共、助かった。ありがとう」


 3人と合流すると笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べた鷹綱。


「本当に助かりました。何とお礼を言ったら」


 鷹綱の横で、姿勢を正すと桔梗は深々と頭を下げる。


「いやいや、なかなかに楽しかったし、礼には及ばん」


「そうですよ。鷹兄さん、桔梗お姉さん、お見事でした。おめでとうですよ」


「まったくだ。鬼退治より面白いものも、見れたしの」


 三者三様に返事を返す。気負う訳でも無く、本心から試練の達成を祝福していた。


「高天原に神留座す。八百萬の神等よ。荒振神等から受けし、諸の傷、穢れを祓い賜へ清め賜へと、恐み恐み申す~」


 真夜が祀詞をあげると、全員の身体が淡い光に包まれ、傷が癒されていく。


「私の癒しは専門ではありませんからね。皆さん、ちゃんと手当てはして下さいよ?」


「ありがとう真夜ちゃん。しかし、みんな凄いな。あんなに強かった鬼神だったのに……」


 桔梗も心底歓心した様に呟いた。


「まぁ、日頃の行いの賜物じゃの」


「た、確かに、その、エルヴィス殿には驚かされた」


 桔梗の呟きに答えたエルヴィスに、桔梗は素直な感想を口に出してしまった。


「まぁ、エルの日頃の言動や、行動からは想像は出来んだろうて……」


「なんじゃ?寛大。わしが褒められて拗ねてるのかの?」


「ほざけ……」


「それさえなければ、まぁ、少しはまともな人なんですけどねぇ……」


 呆れ帰る天波と真夜であったが、調子に乗り始めたエルヴィスの軽口は止まらない。


「いやいや、何を言ってるんじゃ。真夜。桔梗殿がわしに惚れても、わしはちっとも気にせず真夜の愛も受け止めるぞ!いや、ここは二人同時でも全然平気じゃの。むしろその方がいいの~」


 軽口から妄想の世界へと旅立って行った彼の背後には、いつの間にか真夜が居た。


天罰覿面てんばつてきめん!喝!」


「ふごっ!」


 払い棒を気合の声と共に眼前へと出すと、エルヴィスは金縛りにあい硬直する。同時に桔梗が動けない彼の前に立っていた。その手には抜き放たれた脇差が握られていた。


「誰が、誰に惚れた……と?」


「…………!」


 必死に言葉を出そうとするが、金縛りにあっているエルヴィスは身動きが取れない。


「誰が、いつ、どなたに愛を?」


「…………!」


 桔梗と真夜の二人は笑顔のまま頷き合う。桔梗の脇差が輝いた。


「うほぉおおお!鬼よりこえぇええええええええええ!」


 何とか叫ぶ事の出来たエルヴィスから出た叫びで、その場に居た全員が笑い出した。


「しかし、いつの間にかあの二人は、本当に姉妹の様に息が合ってきたな」


「ああ。まったく、あの息の合い様は、なかなかどうして出来ぬ」


「うむ」


 鷹綱の言葉に普段は冷静な天波も、珍しく楽しそうな笑顔を浮かべたまま答える。鷹綱は未だに身動きのとれないエルヴィスをからかう桔梗と真夜を優しく見つめていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る