第三章 4話 鬼退治
渓谷の底から吹き上げてくる風の音が不気味に響き渡る。眼下を見下ろせば、遥か先に太陽の光を反射して輝く川面が見える。
ここから見える川は光を反射して煌く一筋の光に見る。さらに見上げたその先には大きな巨石が見える。その巨石に向かい渓谷を登って行く男女5人の姿が見えた。完全武装に身を包んだ侍が3人に、巫女装飾が1人、黒い装飾の忍が1人である。
「あの巨石の近くに鬼がいるのか?」
槍を持つ先頭の侍、天波寛大に鷹綱が声をかけた。
「ああ」
短く答えた天波は歩みを止めると立ち止まり、目の前に迫った巨石に目を向ける。かなりの高さを昇って来たにも関わらず、雄大な姿で目の前に聳え立つ。後の世に「円覚峰」と呼ばれる巨石であった。少し開けた場所に到達した為、全員で少し休みを取る事にする。
「普段は、この様な高台に人は来ぬからの。鬼も住み易かろうて」
天波の言葉の補足を忍びであるエルヴィスが続ける。恐らく忍びである彼が鬼の住処であるこの場所を探しあてたのであろう。
「そうか」
彼等の回答に頷く鷹綱であったが、ふと視線を桔梗に向けた。視線の先で桔梗は大事そうに太刀を握り締めていた。そして巨石の方へ視線を向けていた。
「桔梗?その太刀は?」
突然、声をかけると桔梗は驚いた表情を見せたが、すぐに微笑むと、大事そうに抱え込み懐かしそうに言葉を続けた。
「この太刀は、父上の形見の品なのだ」
「父君の?」
「ああ。息子が欲しかった父上は、女の私にも男と変わらぬ様に剣を教えてくれた」
優しく太刀を撫で、その時の光景を思い出しながら桔梗は言葉を続けた。
「稽古を頑張れば、父上をはよく頭を撫でて褒めてくれたよ。私はそれが嬉しくてな。それはそれは、稽古を頑張ったものだ」
懐かしそうに目を細めていた桔梗だが、鷹綱の方へと視線を向けると笑顔で続けた。
「母上は、女の子に剣の稽古など……と、そう言ってよく嘆いておられた」
桔梗の笑顔に鷹綱も優しく微笑み返す。天波もエルヴィスも真夜も、桔梗の言葉を静かに聞いていた。だが再び桔梗は太刀に視線を戻した。
「父上は戦で……。その後、母上も病で還らぬ人となったが、この太刀と一緒に見守っていてくれてる気がしてな」
「そうか……」
そう呟き、大事そうに太刀を撫で続ける桔梗の側に鷹綱は近づくと、その背中を軽く叩く。
「亡きご両親も、きっと見守って下さっていよう。心強い限りっだな……」
「ええ、そうですよ桔梗お姉さん。その太刀にはご両親の「想い」が詰まってます」
「ありがとう。鷹綱殿に真夜ちゃん」
「いえいえ、私がもっと力があればご両親の姿も見えたかもですが。私も桔梗お姉さんに負けないくらい頑張らないと、ですね」
「私も負けられないな。頑張ろう。真夜ちゃん」
「はい!です!」
笑い合う二人の姿を見つめていた鷹綱が、言葉を続ける。
「しかし、残念なのは、ご両親は天国にいるだろうから鬼退治をしても、見せてやれぬな」
「まったくだ、鬼はそのまま地獄にでも還るだろうしな」
「違いない」
鷹綱の軽口に天波、エルヴィスが続き、しばらくその場の全員が笑い合った。
「さぁ、行こうか。どうやら、鬼は痺れを切らしておる様だ……」
真顔に戻った鷹綱が振り向いたその先には、彼等の数倍の大きさもある赤膚の怪物。鬼がこちらに向かってゆっくりとその巨体を近づけていた。その手には鷹綱と同じ大きさではないかと思えるほどの棍棒を持っていた。
「がぁあ」
低く獣の様な声を出している鬼の姿を目にした瞬間、それぞれが臨戦態勢に入る。天波は槍を回転させて構え、エルヴィスは懐から二本の小刀を抜き出す。
桔梗は形見の品である太刀を抜くと構えたが、前回の鬼退治での事を思い出したのか、緊張している様に少し震えたいた。その姿に気がついた鷹綱は、自らの太刀を抜き出そうとした手を止める。そして、天波へと視線を向けた。
(先に頼む……)
鷹綱の視線の意味を理解し、頷くと天波とエルヴィスは駆け出した。
同時に「しゃんしゃん」と鈴の音が当たりに響き渡った。巫女である真夜が神楽鈴を片手に舞を舞い始めたのである。
「祓い賜へ、清め賜へ、守り賜へ、幸わい賜へ」
美しい音色と共に真夜の口から神への祈りの言葉が発せられる。その言葉と神への神楽で彼女達は神の力を代弁し、味方に強力な守りや加護を与え、敵には災いをもたらす。
「高天原に神留座す。我らの前に在りし敵を、恐れぬ勇気、打ち砕く力の源になりたまわぬ事を願い奉りたもう~」
真夜の言葉が終わった瞬間に、5人の中に敵を恐れぬ勇気が湧き上がってきた。真夜の
その間にも鷹綱は桔梗へと歩み寄ると、落ち着かせる様に優しく背中を何度も叩いた。
「桔梗。気負うな……落ち着け。ほらほら、どうした?肩の力を抜いてみよ」
「う……うむ」
「真夜の神楽の力で、少しは楽になったであろう?」
「ああ」
「何、稽古のつもりでやればよい。あの助平爺の
「……そうだな」
笑顔で桔梗に話しかける鷹綱に、ようやく肩の力を抜くと桔梗も微笑み返した。鷹綱は落ち着いた桔梗に笑顔のまま一度頷くと、すぐに鬼へと視線を戻す。
「とどめの一撃は桔梗に任せる。集中ろ!」
「はい!」
桔梗の返事を聞くや否や、彼は疾風の如く走り出した。視線の先では天波が鬼の目の前へ踊り出ていた。彼は槍を鬼へと向けて不適に微笑むと、槍を持っていない左手の手のひらを「くいくい」と動かし鬼へと挑発を始める。
「かかって来な……」
その言葉と挑発の仕草が通じたのか、鬼は怒りの形相と
そして大きな棍棒を易々と振り上げると、凄まじい速さで振り下ろした。棍棒は狙い違わず天波に向かって行く。その重く素早い一撃が彼の頭に打ち込まれた。と思った瞬間、彼の身体は棍棒の当たる寸前の所で横に避けた。
「ドガァ」と棍棒が、天波が先程まで居た場所の地面にめり込んだ。
「はぁ!」
棍棒を避けた勢いで回転すると、回転の勢いを利用して槍を思い切り鬼に叩き込む。
「がぁああ!」
鬼は痛みの声をあげるが、すぐに棍棒を地面から引き抜く。そして辺りを見渡し自らを傷付けた相手を探す。しかし、鬼の視線の先で素早く影が動いたかと思うと。一瞬の内にその影は鬼の眼前に現れる。
「くらえ!」
目の前に現れた影、エルヴィスは素早い攻撃を鬼の顔面に向け叩き込んだ。その一撃は正確に鬼の左目へと吸い込まれる。
「ぐぅおおおおぉおおおおお~!」
凄まじい咆哮が辺りに響き渡った。鬼の左目からは止め処なく血が噴出す。何が起こったか理解出来ないまま左目を潰された鬼は、怒りの形相で目の前の忍者を睨みつける。
手に持つ棍棒を高々と掲げる。怒りに燃える右目はしっかりとエルヴィスの姿を捉える。そして、勢いよく狙い違わずエルヴィスへと振り下ろす。
「真打ち登場じゃな!」
鬼へと走り込んで来ていた鷹綱は、鞘に差した太刀を気合の声と共に抜き放つ。居合い切りから発せられた見えない風の刃が、振り下ろされた鬼の右手に直撃する。
風の刃の攻撃を受けた為、僅かに軌道を逸れた鬼の攻撃を避けると、エルヴィスは鬼の前から退いた。鷹綱は左手にも刀を抜き放つと、二刀を構え、鬼へと凄まじいまでの連続攻撃を始める。
「我が剣の舞!受けてみよ!」
鷹綱は剣舞でも舞う様に巧みに両手の二刀を操ると、鬼へと攻撃を繰り返す。その攻撃に鬼は成す術も無く、おびただしい数の傷と出血が身体に刻まれた。鬼が肩膝を着いた瞬間に、今度は桔梗が鷹綱の背後から現れると、力を溜め込んだ三段突きを繰り出した。
「がぁあああ~~!」
鬼は頭、胸部、腹部への三段突きを受けると、断末魔の叫びを挙げる。苦痛から逃れる様に左手を天へ突き出し、血の滴る頭部で天を仰ぐと、右目を憎しみで満たし「カッ」と見開いたままの姿勢で動かなくなった。
「やった……のか?」
止めを刺した桔梗が半信半疑のまま、鬼の生死を確認する為に鬼へと近寄る。
「待て!桔梗!」
だが、その桔梗を静止する声が発せられる。桔梗が振り返ると声の主である鷹綱が近寄って来るのが見えた。彼は桔梗の側へと来ると視線を天波へと向けた
。
「どう、思う?」
鷹綱の質問に天波とエルヴィスは頷き合う。そして、天波は言葉を発した。
「おかしい……。何か、こう……。手ごたえが無さ過ぎる……」
「ああ、おかしいじゃろ。これは、弱すぎるな……」
「二人もそう思う……か」
天波の答えにエルヴィスも同意の意見を述べる。二人の意見を聞く鷹綱も同感だった。
(この全員で鬼に遅れを取る事は考えられん。まず、勝てる相手ではある。が、この胸騒ぎは何だ?何かがおかしい……)
「ああああああ!」
鷹綱達が意見を交し合った次の瞬間、突然の叫び声が響いた。驚いてその場の全員が叫び声の方へと向き直る。その視線の先では真夜が両手で自らの身体を抱え込む様にして、震えていたのである。その顔からは血の気が引いて、真っ青になっていた。
「どうした!!真夜!」
鷹綱が駆け寄ろうとした瞬間だった。俄かに空が厚く黒々しい雲で覆われる。辺りは薄暗くなり、どこからともなく吹き抜ける風は、重く肌に纏わりつく。
「く・・来る……邪気が……。恐ろしいまでの、瘴気の渦……が……」
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