第三章  3話  最後の一人、集結!

「はぁ~~~~~~。やっと追いつきましたよ~。二人とも足が速いですねぇ」


 そう呟きながら近づいて来た小柄な人物は、巫女装飾に身を包み、肩の辺りで整えられた髪を揺らし、一息つくように胸に手を置くと、大きく深呼吸をする。


「……………。ひょっとして、真夜まや……か?」


 しばらくその小柄な人物を見つめていた鷹綱は、何かを確認する様に問い正した。その声に視線を上げた真夜と呼ばれた女性は、笑顔を浮かべた。


「ああぁ~!鷹兄たかにいさん発見ですねぇ~!でも、真夜ではないですよ?」


 笑顔のままそう答える。その答えに驚くと、鷹綱は首を傾げる。


「そ・・そうか……いや、すまない。知っている人に似ていてな」


「いいえぇ~気にしないでくださいな。嘘ですから」


「へ?」


 自分の見間違みまちがいの非礼を謝る鷹綱に、笑顔のまま言葉を続ける真夜。そこで、鷹綱は頭を掻くと苦笑を浮かべる。


「間違いなく真夜だな。これは一本取られたぞ。久しぶりだな?息災そくさいか?」


「はい。お久しぶりです鷹兄さん。相変わらす素直に引っかかって下さって、私としても嬉しい限りですねぇ~」


「随分と礼儀正しくなったではないか。成長したのだな」


 少し懐かしむ様に微笑むと鷹綱だった。だが、次の瞬間、彼の胸に真夜は飛び込んで来た。


「うわぁ~、本物の鷹兄さんですねぇ~。鷹兄さんの匂いがしますよ?」


「まぁ、偽者ではないな。元気そうで何よりだ。大きくなったな」


 抱き付いて来た真夜を軽く抱えると、「とん」と目の前に降ろすし、その頭を撫でる鷹綱であったが、その行為に嬉しそうな表情を浮かべる真夜と対照的に、その光景を複雑な表情で眺める人物がいた。その人物の後ろにこっそりと回りこむと、エルヴィスは声をかける。


「おんやぁ~~~?桔梗殿は何故かご機嫌斜きげんななめの様ですのぉ~」


 からかう彼であったが「シュ」と音がしたかと思った瞬間に、自らの顔を覆う覆面の口元の部分が、ひらりと舞い落ちる。振り向き様に刀を振り上げた桔梗が、覆面のみを斬ったのである。


「忍者は消えるのが得意と申すが……。ご助勢致じょせいいたそうか?」


「いや、遠慮しておく……」


 桔梗の凄みに言葉少なく言い返すエルヴィス。彼の覆面の下には端整たんせいな顔立ちがあったが、その表情は引きつった笑顔を浮かべ、恐怖で歪んでいた。その言葉に鷹綱は彼等の方を見ると、苦笑を浮かべた。


「エル、お主、命知らずだな……」


「何だと?」


 鷹綱の軽口に答えたのは、複雑な表情のまま振り向いた桔梗であった。その答えに少し驚いたものの、笑顔を浮かべると、彼は横にいる真夜を桔梗の前に連れて来る。


神崎真夜かんざきまや殿だ。甲府の神社で巫女をしておられる。真夜、こちらは、桔梗殿だ」


「神崎真夜と申します。真に夜と書いて、「まや」です。よろしくお願いしますねぇ」


「き、桔梗と申す。こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言ってお互いに頭を下げるが、桔梗は何かに思い当たるように呟く。


「神崎?」


「ああ、仁の遠縁の者でな。仁の家は仏教で、真夜の家は神道tと違いはあるが……。まぁ、昔から付き合いのある、妹の様な……」


「いいえ~それは仮の姿で、実は鷹兄さんの許婚いいなずけなんですよ?」


 鷹綱の言葉が終わる前に、笑顔のまま真夜は続ける。


「ええええっ?い・・いい・・許婚?」


 その言葉に驚きの声をあげる鷹綱と桔梗であったが、静かに真夜は続けた。


「冗談ですよ」


「へ?」


「桔梗さんも、素直なお人なんですねぇ」


「え!?ええ??」


 笑顔の真夜の言葉に戸惑う桔梗に、苦笑浮かべた鷹綱が囁く。


「昔から真夜は、こうやって人をからかう癖があってな。悪気はないのだ、許してくれ」


「そうれは、まぁ、特に怒ったりはしてないけど……」


「うわぁ~やっぱり、桔梗さんも優しい女性なんですねぇ。それに、凄く髪が綺麗ですよね~。あの、もしよろしかったら、触ってもいいですか?」


「え?ええ、構わないですよ?」


「ありがとうごいざますー」


 桔梗は完全に真夜のペースに巻き込まれていた。真夜は戸惑う桔梗に近づくと、その美しい髪に触れた。彼女の触れた髪は、その手から滑らかにすべり落ちる。


「うわぁ~~~。やっぱり凄い綺麗ですねぇ。桔梗お姉さんの髪は、羨ましいなぁ」


「お、お姉さん?」


「はい。鷹兄さんに、天兄てんにいさん、それに桔梗お姉さんですよ?そう呼んでは駄目ですか?」


 少し不安そうに桔梗を見上げる真夜を、こちらも少し驚きの表示で見つめていた桔梗だったが、嬉しそうに微笑むと、すっと腕を伸ばして真夜の頭を撫でた。


「駄目ではないよ?私には姉妹も兄弟もいないから、むしろ嬉しいくらいだよ。改めてよろしく頼むわね。神崎さん」


「真夜です」


「え?」


「桔梗さんは、お姉さんになったんですからね。真夜でいいですよ?」


 撫でられる行為に嬉しそうに微笑みながら、真夜は桔梗に話かけていた。


「そうね。ごめんなさい。よろしくね。真夜ちゃん」


「はい!」


「ふぅ~本当に桔梗お姉さんが優しい人で良かったですよ。実は緊張してました」


 頭を撫でられながら、ほっと息を吐くと真夜は呟いた。


「そうなの?」


「はい!実は私は人見知り……するんですよねぇ」


 少し照れた様に告白する真夜に、桔梗は驚いて聞き返した。


「そ、そうなの?私にはそうは思わなかったけど……」


「それはですね。鷹兄さん達もいますし、桔梗お姉さんが優しい人だったからですよ!」


「私が優しいかはわからないけど、私も、その、人見知りする方だからね。お互い様だよ。真夜ちゃん。だから、ありがとう」


「あ~じゃ似たもの同士。ですねぇ」


 そう言い合う二人は、可笑しそうに笑い合っていた。二人の会話を聞いていた鷹綱は、その光景を嬉しそうに見つめていた。そして、天波の方へ視線を向けた。視線の合った天波は、軽く頷くと微笑を浮かべていた。


「ところで、何故、真夜もここへ来たのだ?」


「それはですねぇ~。仁兄さんに頼まれたからですよ」


 嬉しそうな笑顔のまま、鷹綱の問いに答える真夜の言葉に、彼女の頭を撫でながら桔梗が問う。


「仁殿に……か?」


「はい。数日前の朝のおつとめ、えっと、拝礼はいれいって言うのですが、その拝礼中に仁兄さんの魂が現れてですね。私は仁兄さんに託宣たくせんを賜ったんですよ」


「仁が来たのか……。それで、その託宣の内容と申すのは?」


「えっとですね。「試練の時が来たよ。鷹達の手伝いをしてやってくれないかい?」と」


「そうか……。仁の奴、死んでまで世話焼きと申すか、心配性なものだ……」


 真夜の様な巫女である神職は、毎朝の勤めとして神を祭っている拝殿で、朝の拝礼から一日が始まると聞いた事があった。その拝礼中に神の託宣を聞く事が、高位の神職には出来ると言う。

 その託宣で戦の吉凶や天候等を占う事もある。だが、ごく稀にだが、今回の真夜と仁の事例の様に、死者の霊が現れて、生者に託宣を託す。


「それで、天兄さんに事情を説明したんですよ。そしたら、丁度、鷹兄さんの所へ行くと聞きまして。それで、鷹兄さん、天兄さん、桔梗お姉さんの手伝いに来たんですよ。」


「あのぉ~真夜ちゃん?俺の事忘れてないかの?」


 その会話を聞いていた、もう一人の人物が呟く。鷹綱はその声の方へ振り向く、そこには苦笑を浮かべているエルヴィスの姿があった。


(鷹兄さんに、天兄さん、桔梗お姉さんの手伝いに来たんですよ……)


 先程の真夜の言葉を思い出した鷹綱は、確かに彼の名が入ってない事に気がつく。そして、真夜と、まだ彼女の頭を優しく撫で続けていた桔梗の二人の方へ視線を戻した。嬉しそうに頭を撫でられていた真夜だが、笑顔のまま彼等の方へ向き直った。


「あなた誰ですか?」


「えっ?いや、ほら、俺はじゃの?」


「私の知っている人は鷹兄さん、天兄さん、桔梗お姉さん。別に忘れてないですよ?」


 笑顔のまま答える真夜だったが、その笑顔を見て鷹綱は全てを理解した。


(エルの奴、何か仕出かしおったな。あの笑顔は笑ってないぞ……)


「ただ、不・純ふじゅん!さんなんて、居なくていいだけです!」


「おい、純。お前、真夜に何をしたのだ?」


 エルヴィスの本名の名前に、力強く「不」などと付けて答える真夜に、事情を説明する様にと、鷹綱もあえて本名を出して問いかけた。


「いやぁ~何。天に話を聞いて、真夜を迎えに行った時にじゃの~。ほれ、兄貴分の一人としては、妹の成長が気になる年頃な訳じゃろうが?」


「いや、そこで同意を求められても、お前の行為を行わん」


 エルの言葉を聞いて、事情を知る一人である天波は呆れた様に答えた。その一言で、鷹綱は彼が行ったであろう行為を察すると、大きくため息をつき言葉に出した。


「お主……。のぞいたのか?」


「そりゃ~そこの成長も気になるのが、おとこ心と言うじゃろうが?」


「覗き?」


 だが、その言葉に返事を返したのは、鷹綱でなく桔梗であった。


「うわああああ~~ん、聞いて下さい!桔梗お姉さん!あの変態忍者さん、忍の術を覗きなんかに使ったのですよ~。忍者はあらゆる状況を絶え忍ぶって言うのに、全然、忍んでなんかいない行為ですよねぇ。もうお嫁に行けません!」


 そう言って泣きながら桔梗の胸に飛び込む真夜。桔梗はそんな彼女を優しく抱きしめた。


「うほぉ!真夜、上手い事いいよるのぉ!」


 非難された張本人が、可笑しそうに声をあげた。だが、その言葉を聞いた桔梗が、凄まじい形相でエルヴィスを睨みつけた。


(ああぁ~あ。この馬鹿忍者、墓穴を掘りおったな)


「この阿呆あほめ……」


 その行為に鷹綱は心の声で、天波は短く言葉に出して呟いた。だが、二人の視線の先で、桔梗の胸にうずくまっていた真夜が、こっそりと彼等二人に振り向くと「ぺろっ」と可愛らしい舌を出した。その姿に呆気に取られた二人であったが、笑顔で頷き合うと同時に動き出した。


(真夜め。嘘泣きとはなぁ。相変わらずお茶目と申すか。あれにはよく騙されたものだ)


 懐かしい思い出が浮かんでは消えていった。だが、この真夜の行為の真意を、この時鷹綱は理解したのであった。それは、幼馴染である彼等4人の輪の中へと、桔梗を受け入れる為である事にであった。

 それは桔梗を認め、受け入れる事を意味している。その心使いに感謝の想いが込み上げて来る。事実、先程の話通り人見知りの激しいであろう桔梗が、すでに打ち解けていた。


(まぁ、半分は面白可笑しくて、はしゃいで行っておるのだろうけどな……)


 そして、彼と天波は真夜の思惑通りの行動を取る。左右からエルを掴んだのであった。


「お?おお?鷹!天!俺は男に抱き付かれても、嬉しくないんじゃが?」


「桔梗お姉さん!今ですよ!!あの変態忍者さんを成敗致しましょう!」


 その瞬間を待っていた真夜は、大声で叫ぶとエルのある部分を指差した。


「ああ、その様だな。二度と再び悪さの出来ぬ様にしてやろう」


「え?ええ?ちょ!!ちょ!待つのじゃ!桔梗殿!こら!鷹、放せ!」


「観念いたせ!!」


「案ずるな。すこ~し痛いだけだ。その後は、痛みはない……はずだ」


「いや!はずだって!!待って!神様!仏様!桔梗様!」


「成敗!」


「いやぁあああああああああああああああああああああああああああ~~~」


 穏やかな日差しの下、初夏の匂いとエルヴィスの叫びを乗せた風は、昇仙峡の隅々まで舞い踊って行った。

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