第三章  2話  挨拶

「やったぞぉ!鷹綱殿!」


 幻夢斎の一言を聞いて、勝負がついた瞬間に桔梗は鷹綱を振り向くと、満面の笑みで勝利を宣言した。そして、あまりの嬉しさなのか、全身で喜びを表すように、両手を挙げて飛び跳ねる。


(桔梗も変わった。りんとした姿も良いが、最近は素直に感情を表す様になったなぁ)


「くぅう~~~~~!師から初めて一本取れた!」


 出逢った当初から、つとめて凛々りりしくしく振る舞う桔梗であったが、最近ではこうして自らの感情が高ぶると素直に喜びを表に出す事があった。その変化が嬉しくもある彼は、桔梗に微笑み返した。


「やれやれ。なかなかどうして、よくここまで腕を上げたもんじゃのぉ~」


 負けたはずである幻夢斎も、嬉しそうに笑みを浮かべた。そんな幻夢斎に一礼する桔梗、二人の元へ歩みよろうとした瞬間。鷹綱はその場の異常に気がつく。視線のみを右と左に向ける。桔梗は何も気がつかないように彼に近づいてくる。


(一人……。二人……か?)


「さがれ!桔梗!」


「え?」


 そう叫んだ瞬間、彼に向かい影が飛び掛った。影の数は二つ。その影は鷹綱を挟み込む様に素早く近づいて来る。前方の影は懐に手を入れると、懐から取り出した何かを鷹綱に向けて投げつける。

「シュルルル」と鋭い音を鳴らし投げつけられた物体は、十字の形をした手裏剣であった。その数は二つ。寸分違すんぶんたがわずに鷹綱に向かい飛んでくる。「カキィ。カキィン」と乾いた音がしたかと思うと、鷹綱の刀によって弾き返された手裏剣は、そのまま投げた本人に向かう。


「うほっ!」


 驚きの声をあげ、弾き返された手裏剣を避ける。鷹綱は反転すると背後の影から繰り出された一撃をかわす。そして、影に向かい刀を振り下ろすが、難なくかわされてしまう。その影は鷹綱の一撃をかわすと、凄まじい速さで反撃を繰り出してきた。

「ガキィイイン」その影の一撃を刀で受け止めると、力で押し返す鷹綱。彼の元へ桔梗が自らの模擬刀を投げる。


「鷹綱殿!これを!」


 桔梗の投げた刀を回転しながら左手で受け取ると、逆手に構える。そして二刀を構えると「すぅー」と力を抜き、瞳を閉じ自然体で構える。

 その姿を見届けた襲撃者の二人にも笑みが浮かぶ。襲撃者の二人は頷き合うと、再び鷹綱へ向かい跳躍する。

「カッ」と目を開ける鷹綱。次の瞬間に全ての動きは止まっていた。鷹綱の右手の刀は前面の一人の首筋で止まっていたが、その前面者の刀も鷹綱の首筋で止まっていた。そして、逆手に構えた左手の刀は、背後に回り込んだ相手の首筋に、背後の人物の刀もやはり鷹綱の首筋で止まっていた。三者が寸止めしている剣先は、一歩間違えれば相手に致命傷を与える程に正確であった。その姿のまま微動だにしない3人の姿は、まるで一枚の絵画の中から現世に抜け出して来た様であった。


「こりゃ~、俺の勝ち……だろ?二人相手だし」


 その静寂せいじゃくを破ったのは鷹綱であったが、その顔には笑顔が浮かんでいた。


「いやいや、俺の方が早かった」


 前面の人物も不適な笑みを浮かべると、勝ち誇った様に宣言する。


「いや……俺に違いない」


 背後の人物。その素顔は黒い覆面で覆われていたが、愉快そうに言い放つ。


「お主達二人が来たと言う事は、もう一ヶ月経ったのか……」


「ああ」


 二人の襲撃者。それは鷹綱の親友である二人。侍の天波寛大と忍者のエルヴィスであった。


 力を抜き、その場で姿勢を正そうとする3人であったが、その3人に駆け寄る人物がいた。


「大丈夫か!鷹綱殿!」


「お?おお?」


 全力で走って来た桔梗は、新しい武器を片手に彼を庇う様に天波と鷹綱の間に入る。


助太刀致すけだちいたす!鷹綱殿は背後の敵を!」


 鋭く発すると、天波を睨みつけ、攻撃態勢に入る。一瞬、何が起こったか理解出来ないでいた3人であったが、桔梗が彼らに会うのが初めてである事に鷹綱は気がついた。


「ああ!!いや、待て待て!!桔梗!落ち着け!」


「え?」


 鷹綱の言葉に、いぶかしそうに振り向く桔梗の表情は、混乱していた。


「ふっ、おいおい、お前、ちゃんと修行しているのか?鷹」


「まったくじゃの。こりゃ、怪しいもんじゃ」


 愉快そうに鷹綱をからかう言葉をかける二人に、またも桔梗は混乱する。


「た……鷹??」


 キョトンとし、まぶたを何度も開いたり閉じたりすると、助けを求める様に鷹綱を見つめる。


「えっと、だな。彼等二人は拙者の幼馴染で、こちらの侍は天波寛大殿だ。」


 そう言って目の前の天波を紹介する。天波は軽く笑みを浮かべると、「以後よしなに」と一言と短く挨拶を告げると桔梗に一礼する。桔梗も慌てて一礼する。


「そして、この忍者が、通り名なのだが、エルヴィスと申す」


「はぁあああ?」


 その名前を聞いた桔梗は、思わず大声をあげてしまった。覆面の下で笑みを浮かべ、嬉しそうに頷く忍者を、怪しい者でも見る視線を向ける。


「まぁ、当然の反応だな」


 天波はそんな彼女の姿を見ると、呆れたように呟く。鷹綱は彼に同意する様に頷くと、桔梗に近づくき彼女にだけ聞こえる小声で言葉をかける。


「実はな、本名は柩純ひいらぎじゅんと申すのだがな……。南蛮好きが災いしてな。何と申すか……。切支丹の洗礼名が気に入ったらしく、あの通り名に決めたらしい……」


 その言葉を聞いた桔梗は、もう一度、その忍者に向き直る。


「深く考えるな……。考えると余計に嫌な気分になるぞ?」


 その背中に鷹綱は言葉をかける。しばらく、エルヴィスを睨んでいた桔梗だが、何かを諦めた様に肩の力を抜くと、「よろしく」と一礼する。しかし、すぐに鷹綱の方へ向き直る。


「では、か、彼等は鷹綱殿の幼馴染……友と申すのか?」


「うむ、幼き日から共にあった、かけがえの無い友だ」


「では、今の襲撃……は?」


「ああ、あれはな。「挨拶」みたいなものじゃ。修行中だから、彼等にはいつでも襲い掛かって来いと、申しておってな。いつでも気が抜けぬし、お互いの実力を知るには一番いいからな」


 そう言って、笑顔で桔梗に語る鷹綱であったが、その言葉を聞いた桔梗は俯く。


「あ・い・さ・つ?」


 笑顔の鷹綱の前で、俯く桔梗の周りに、只ならぬ気配が生まれた。その気配を感じた彼は、慌てて桔梗を見返す。その美しく長い髪が、心なしか浮かび上がっている様に見える。


「き……桔梗?」


 その気配から、底知れぬ不安を感じた鷹綱は、背筋に冷たい物を感じながら聞き返す。


「私は本気で心配したんだぞ!」


 再び顔を上げた桔梗は、目に涙を浮かべたまま、鷹綱を睨みつける。


(あぁ~しまった……。本気で怒っておるなぁ……これは……)


 冷や汗を流しながら、笑顔を浮かべる鷹綱であった。内心は穏やかではなかった。


「鷹綱!そこになおれ!叩き斬ってやる!」


 そう叫ぶと、持っている太刀を鷹綱めがけて、振り回し初めた。


「ま・・待て!桔梗!それは真剣だぞ?」


「うるさい!乙女の純情を返せ!」


「いや……乙女って?」


「何だと!!文句があるのか!」


 桔梗の攻撃をかわしつつ、何とか落ち着かせようとする鷹綱。そんな二人の姿を天波とエルヴィスは呆気あっけに取られて見つめていたが、可笑おかしそうに笑い出すと言葉をかわしていた。


「なんじゃ。いきなり痴話喧嘩ちわげんかか?」


「くくく、違いない」


「ひひひ、仲良き事は美しきかな」


 再び笑い出す二人の背後から声が聞こえ、二人はその声のほうへ振り向いた。


「幻夢斎殿」


「うむ、久しいの二人とも……。それで、急かして悪いのじゃが。例の件はどうじゃ?」


「ああ、それは大丈夫だ。これから、あの二人を連れて行くつもりだ……がな」


 幻夢斎の問いに答えた天波は、その視線を鷹綱と桔梗にむける。


「急げよ~そうでないと、鷹綱が桔梗に斬られてしまうぞ」


「くくく、違いないな」


 幻夢斎の言葉に愉快そうに返事をしながら、エルヴィスも視線を向けた先には、先程同様に、太刀を振り上げ、鷹綱を追いかける桔梗の姿が見える。


「またぬかぁ!鷹綱!覚悟いたせ!」


「待て!話せばわかる!」


 その姿に再び笑い出す3人。だが、その笑みは二人の微笑ましい姿を喜ぶ物であった。


「ありゃ~間違いなく尻に引かれるの」


「南無、南無」


 エルヴィスの言葉に、天波は片手をあげて拝む仕草をする。そんな彼等の前に鷹綱とやっと落ち着いた桔梗が戻ってきた。


「はぁ……はぁ……、な、何を拝んでいるんだ寛大…」


 息も絶え絶えに、恨めしそうに天波に視線を向け、問いかけた鷹綱だが、天波の背後からこちらへと近づいて来る人物に気がつく。

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