第二章  7話  月夜の語らい

 かっと目を開くと、そこには真っ暗な世界が見えた。

 しばらくすると、そこが暗闇の広がる天井である事がわかった。鷹綱は半身を起こす。全身にひどく汗をかいている様だった。


 自分が何故その場にいるのか、先程まで自分がいた光景を思い出す。曖昧だった記憶が次第にハッキリとしてくる。自分が居るのは、先程まで桔梗と幻夢斎と酒宴をしていた小屋だ。


(さっきのは……、夢……か)


 酒のせいか、あるいは、その戦の事が話題にあがった為か、彼は当時の夢を見たのであった。


 先程までささやかな酒宴を開いていたが、早々に幻夢斎が酔い潰れた為、桔梗を別室へと向かわせて、そのままこの場に戻り眠ってしまった事を思い出す。視線を横に向けると、先程のまま豪快に眠っている幻夢斎の姿が見えた。


(少し酔い覚ましに、夜風にでもあたってくるかな………)


 幻夢斎を起こさない様に、気配を殺してそのまま小屋の外へと向かう。


 夜空に浮かぶ満天の星空。


 その星空の中でひときわ輝きを放つ満月。その蒼白くはかない月明かりに照らされた昇仙峡は、この世のものとは思えない静寂と、幻想に包まれていた。

 月は今や天高く上り、その光を反射して輝く川面には、たくさんの光が舞っていた。その美しくも儚い幻想の世界は、魑魅魍魎ちみもうりょうがばっこする人外魔境である昇仙峡のもう一つの顔であった。


(月が高いな……。まぁ、お陰で灯りは無くとも、このまま歩けるな)


 月夜の蒼白い明かりを頼りに、そのまま川辺の岩場に腰を下ろす。しばらく川面で舞う光をぼんやりと眺めていた鷹綱だったが、自分に近づいて来る気配に顔を上げる。その視線の先に木陰に佇む一人の人物が立っていたのである。


「桔梗殿……か?」


「うん」


 そう返事をして木陰から姿を現した桔梗は、そのまま鷹綱の側へと歩み寄る。


「すまないな。起こしてしまったか?」


「いや、私もなかなか寝付けなくてな。気にしないでもいい」


 笑顔で答えると、鷹綱の座る岩場の側で歩みを止めると、川面を眺める。


「それよりも、鷹綱殿も眠れないのか?」


「いや、良く寝ていたよ。久しぶりに飲んだからな。だが、ちょっとな……目が覚めて少し酔い覚ましに、月夜の散歩でも……と思ってな」


「そ……。そうか」


 鷹綱の答えに少し言いよどむ桔梗の姿に、何か言いたげな気配を感じ自分から話題を作る。


「懐かしい………。まだ、そう言うまでも時間が経ってないが、忘れぬ事の出来ない人達の夢を見てな」


 桔梗にそう答えた鷹綱は、もう一度川面へと視線を戻す。その姿に少し戸惑っていた桔梗は、しばらく鷹綱を見つめていたが、意を決した様に頷くと、口を開いた。


「そ……その、あの……まさか、先程、私が話題に上げた為に昔の事を……?」


(やはり、その事を気にしていたのか、これは俺がうかつだったかな……)


「いやいや、その様に申す事はないぞ?桔梗殿は何も気にする事はない」


「だが、あの時、私が聞き返さなければ!」


 真摯に鷹綱を見つめる桔梗に、少し戸惑うと、しかし、彼は笑みを浮かべる。


「こらこら、気にするな、と申しておるよ?」


「しかし!」


「しかし、も、かかしもない。それより、拙者の方こそ悪かったな、桔梗殿に至らぬ気を使わせてしまった様じゃ。すまない」


「た・・・・鷹綱殿が誤る事はないぞ!」


「桔梗殿は優しいの~」


「はぁ?べ……別に私は優しくないぞ!」


「優しいであろう?武田で肩身の狭い思いをしている湖衣姫様の為や、鬼に襲われた村人の為に奮迅ふんきし、そして、拙者を心配してここに来ているではないか?」


「なっ!」


 鷹綱の言葉に、一気に全身を赤くする桔梗であったが、鷹綱の表情を見てある結論を出す。


「鷹綱殿!私をからかっておるんだな?」


「む!ばれてしまったか!」


「まったく!人が心配して後をつけて来たのに、人をからかう……あっ!」


 そこまで言ってまたも赤くなる桔梗を見て、鷹綱は救われた気になった。


(普段は強がっておるが、やはり桔梗殿は真っ直ぐで優しい性格の持ち主だな……)


「正直は美徳だな。桔梗殿」


「くぅ~~~~~~~」


 可笑しそうに笑う鷹綱に、悔しそうなうめき声を上げる桔梗であったが、しばらくすると桔梗も鷹綱につられ笑い出した。しばらくすると、鷹綱は真顔になり話出した。


「それにな、たまには、彼等の事も思い出してやらないと……だしな」


「そうなのか?」


「ああ、生きてる者も、死者も、一番辛いのは忘れ去られる事だと思う。だから、思い出話をすれば死者も喜ぶ……。そう語っていた親友がいてな」


「……………………」


 懐かしむ様に微笑む鷹綱の表情は、とても安らかだな…そう桔梗は感じた。


「少し長くなるが、拙者の昔話に付き合ってもらってもよいか?」


「……私でよければ。」


「ありがとう。」


 そう礼を述べて鷹綱は先程の夢の内容を全て語り初めたのである。

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