第二章  4話  応戦

「もう少し頑張ってくれよ」


 そう語りかけ、奇襲隊に向け駆け出そうとした瞬間。


「鷹!」


 自らの名前を呼ばれ振り向くと、そこには鷹綱の槍を持った仁がいた。そして、槍を鷹綱に向けて投げ渡す。それを片手で掴むと、そのまま馬首を巡らせる。


「すまん!助かる!無理はするなよ!仁!」


「君もね!」


「それは出来ぬ相談だな。昔から無理や無茶は、俺の役目だよ」


「そうだったね」


 お互いに幼き日々を思い出すと、笑顔を浮かべる。だが、すぐに真顔に戻ると鷹綱は軽く手を上げ、馬に気合を入れると本陣に迫りつつある敵部隊へと向かって行った。これが、彼ら二人の交わす最後の言葉になるとは、この時の鷹綱には想像できなかったのであった。


 本陣に迫る敵部隊の只中に躍り出た鷹綱は、槍を眼前に構えると、馬の勢いを借りて敵に突き進む。馬の突進力を借りた彼の槍の一撃で、敵兵の一人は絶命した。

 槍を敵兵から引き抜くと、片手で易々と槍を振り回し、次の敵へと一撃を加える。その姿に敵は怯み、味方は勢いつく。

 数人の敵を切り伏せた彼だが、次の相手を探そうと敵部隊へ走らせたその瞳が、ある一点を見つめる。そこには、鉄砲を構えている数人の敵兵が彼に狙いをつけ、いままさに発砲しようとしていたのである。


種子島たねがしま!くっ!間に合わぬか!避けられん!)


 そう思った瞬間、彼の跨っていた馬が突然、後ろ足で立ち上がったのである。「ぱぱーん」と乾いた音が響いたのと同時であった。不意に制御を失ったが、落馬だけは免れた鷹綱であったが、馬が再び前足を地に付けると、一瞬だけ何かに耐える様に立ったが、すぐにその場に崩れ落ちた。


 馬から落ちるも、反転して受身を取り落馬の勢いを殺すと、何が起こったのか確認する為に、すぐに彼は振り返った。そして、その瞬間に全てを理解したのである。彼の跨っていた馬の腹部には、鉄砲による傷が数箇所ほど開いていたのである。


「お前!俺を庇ってくれた……のか……?」


 その優しい瞳を覗き込むと、鷹綱の無事を確認して満足気である様に思えた。そして、その瞳から光が消えて行ったのである。すぐに敵兵の方へと視線を戻したが、すでに鉄砲を構えていた敵兵はその場から居なくなっていた。

 破壊力のある鉄砲であったが、再装填に時間がかかる上に、命中率もあまり高くない為に、まだまだ戦では主流になっていないのである。


(ありがとう……)


 優しく馬の首筋を撫でるとしばし瞑目する。だが、何かの気配を感じ、すぐに目を開ける。


 その眼前には敵兵が迫っていたのである。敵兵は両手で太刀を振り上げると、微塵も動かない鷹綱に対し、必殺の間合いである事を確信して残忍な笑みを浮かべ見下ろしていた。

 しかし、その太刀が振り下ろされる事は永遠に無かったのである。残忍な笑みを浮かべたまま、敵兵はそのまま横に崩れ落ちる。敵兵の背後には黒装束に身を包み、小刀を構えた一人の人物が立っていた。鷹綱に切りかかろうとしていた敵兵は、自分に何が起こったかも理解しないまま、この人物によって葬られたのである。


「よう!助平すけべ忍者。遅かったじゃないか?誰ぞ、敵兵に綺麗な姫武者でもいたか?」


 その人物に、何事も無かったかの様に軽々しく笑みを浮かべ、話かける鷹綱。


「ああ、思わず敵に寝返りそうじゃった!」


 黒装束に身を包んでいる為、覆面の下の素顔を見る事は出来ないが、愉快そうに鷹綱に返事を返す。

「やめとけ、やめとけ。どうせ相手にされんのが落ちじゃ」


「違いない」


 笑みを浮かべつつ立ち上がる鷹綱。その黒装束の忍者も彼にとっては、幼馴染の一人であった。そして、もう一人の人物も彼等の元へと駆けてきた。


「お?もう、戻ってきたのか?さすが「韋駄天いだてんの寛大」じゃの」


「うるさい!このエロ忍者め!敵の女武者の尻追いかけるな!」


「おまえ……。本当に追いかけてたのか?」


 二人の会話を聞き、呆れたように呟く鷹綱の横に、天波が合流する。


「いやいや、あまりに綺麗じゃったからの~。そりゃ、追いかけたくもなる」


 悪びれる素振りも見せずに、そう答える。


「だいたい、二人ともなんじゃ!助平とかエロとか、俺には立派な「エルヴィス」と言う、通り名がある。と言うとるじゃろ?」


「…………………………………………」


「いや、そこで二人共黙られるのも、微妙に困るんじゃが……」


「そんな南蛮かぶれの通り名など、本気で使うなぞ、誰も思わんて……」


 呆れ果てた様に鷹綱が呟く。忍者は普段、潜入、隠密等の諜報活動を主な役割としている。


 そんな彼ら忍にとって、本名を明かすことは死を意味する。そこで「通り名」や「偽名」と言った名前を彼らは使用する事が多い。


「何でじぁ?」


南蛮寺なんばんでらに潜入した時に、切支丹キリシタンの洗礼名の一つだった、その、エルヴィスとか言う呼び名が気にいった……。だっけか?」


 肩をすくめながら、ため息混じりに寛大がエルヴィスから聞いた理由を思い出す。


「そうじゃ~いい響きじゃろう?」


「おおかた、そこの南蛮巫女殿シスターに、一目惚れでもして、口説く時につけてもらったんじゃないのか?「今日からあなたの為に切支丹になります」とか、都合のよい事を言って……。呆れたもんだ……」


「………………………………」


「図星か……。相変わらずな奴」


 鷹綱の鋭い突っ込みに、沈黙で返答してしまったエルヴィスであったが。


「鷹、やっぱりお主には才能がある!俺の目に狂いは無かった!!」


「そんな力説いらん」


「まぁ、こいつの名前なぞ、どうでもいい。それより、先陣部隊も撤退に入ったぞ?そろろ、俺らも撤退しよう」


「うむ、それがいいじゃろうな」


 頷くエルヴィスに切り替えの早い奴だと思いながら、もう一度戦況を見渡した鷹綱であったが、その視線がある敵集団を捕らえた。彼らから不思議な言葉の旋律が聞こえて来た次の瞬間、味方部隊の中心で爆発が起こり、多くの味方を巻き込む炎を見たのである。


(あれは!陰陽の術か!)


 敵方の陰陽師部隊の唱える方術が、味方の部隊を焼き尽くす。その凄惨な光景に思わず立ち尽くす鷹綱であったが、すぐに正気を取り戻すと、陰陽部隊に視線を移す

 。

「数は7人、あやつら!7人同時に術の詠唱を?」


「どうやら、その様だな……」


 鷹綱の呻きに、天波が冷静に答える。


「あれだけの人数が同時に詠唱に入れば、その全ての術を止める事は出来そうにないな」


 陰陽師の唱える方術には、古の言葉による詠唱と、複雑な手振りにより方式を組み立て、術を繰り出す。その為、術の詠唱中に他者に邪魔をされる事などがあれば、術はその効果を示さない。

 また、自らの精神力を消耗し、術を繰り出す為、陰陽師の術は連続で放つ事は出来ない。だが、この陰陽部隊は、数を揃える事によってその弱点を補う意図であると、鷹綱達は読み取った。


「まぁ、それが敵の意図だろうな……、なかなかどうして、奇襲部隊としては効果があるだろうな」


 冷静に答える親友に目線を戻すと、その表情から彼に何か考えがある事に気が付く。


「それで?どうすればいい?」


「俺に聞くな。たまには自分で考えろ」


「さっき、仁にも言ったんだが、無理や無茶をするのが、俺と純……でなく、エルの役目で。それをいさめるのが仁の役目だ」


「それで?」


「それで、考えるのはてんくんの役目って事だ。お主が考えて出来ないのなら、他の誰にも出来ないって事さ」


 当然の答えだと言う風に言い放つ鷹綱の笑顔に、しばし、何も言い返せない天波であったが次第に笑みをこぼす。鷹綱に乗せられているのは百も承知なのだが、何故か彼に乗せられるのは嫌な気がしない。と天波は思ってしまう。


「まぁ、いいさ……。覚えてるか?弓術の修行の時に、どちらが多く同時に的を射抜けるか……競った事があったろう?」


 そして、顔を「くいっ」と本陣の方へ向ける。そこには弓や槍などを立てかけている武具置き場があった。


「弓術か……。懐かしいな。お主と俺で奴らに矢の雨を降らすといこうか」


「そう言う事だ。エルは手裏剣を投げまくれ」


「おう、任せとけ」


 不適に笑い頷き合った後、走り出した3人であったが、敵方の術で倒れた味方部隊の中心に歩み寄る一人の人物が鷹綱の瞳に映った。

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